深瀬家

 雨の上がる気配がした。

 柔らかな光が射して、ベッドの上で正座をしていた悠月先輩が窓の外を見た。

 横を向いた時に先輩の前髪が目にかかる。


「……ート……」


 悠月先輩の唇が僅かに動いた。

 だけど、小さな声だったからよく聞き取れない。

 黙ったままでいると、指先で前髪を流しながら先輩は俺の方を見た。

 

「デート、どこに行くつもりなの?」


 綺麗な栗色の瞳が揺れる。

 

「悠月先輩はどこか行きたい場所とかありますか?」


 そう尋ねると首を左右に振った。


「それは俺の行きたい場所でいいって事ですか?」


 再び、尋ねると首をコクコクと上下に振った。

 だ、誰なんだ、この人……

 さっきまでのエロモード全開な悠月先輩が嘘みたいだ。

 俺は思わず頭を掻いた。

 

「遊園地はどうですか?」


 どうしたのだろう。

 先輩がフリーズしている。

 もしかして、映画の方が良かったのだろうか?

 そう思っていると、突然ぱあぁぁぁぁぁ!と後光が差して来た。

 ま、眩しい……

 俺の錯覚かと思って、目をゴシゴシと擦る。


「行きたい!」

「えっ?」

「あっ!急に大きな声を出してごめんね。実は……デートで遊園地に行った事がなくて……」

「そうなんですか?」

「うん……」


 膝の上でぎゅっと手を握りながら、悠月先輩が見つめてくる。

 今日は知らない先輩ばかりで……

 どうも、調子が狂う。


「それなら遊園地で決まりですね。楽しみにしてます」

「本当にそう思ってる?」

「はい」

「そ、そう、よかった……」

 

 そう言って唇の端を緩めて……悠月先輩は微笑んだ。

 その笑顔は、今まで見てきたエフェクト掛かった笑顔よりも数倍魅力的だった。


 だけど……

 同時に俺の中で、悠月先輩への気持ちが薄まっている事に気づいた。


 窓の外では柔らかな光が消えて、短い夕方が終わり、薄紫色の夜が落ちてくる。


 どうにも切ない気持ちになるのは、瞬きするほど短かった初恋のせいだろうか?


「遥君、私ね……」


 悠月先輩が何かを言いかけた時だった。

 部屋のドアをノックする音が聞こえてすぐに、末っ子のソラが部屋へ入って来る。


「遥兄、ラグナ○リムゾンの最新巻ある?つって……はっ?誰っ?エルフ?美しっ……えっ、えっ、僕……異世界に転移したの?」


 そして、天は悠月先輩リアル妖精を見て取り乱したのだった。

 


 ◆



 現在、俺は深瀬家の居間で正座をさせられていた。

 卓袱台を挟んで、義姉さん梅ちゃんが胡座を掻いて腕を組んでいる。

 さらさらロングの金髪を掻き上げて、鋭い目つきで俺を睨んでいた。

 緑色の芋ジャージ。

 昭和の頑固オヤジスタイルで、梅ちゃんは夜露死苦!をしていた。

 属性過多な兄嫁。

 それが梅ちゃんだった。

 どうやら天が騒いでいるうちに、アオと一緒に帰ってきたらしい。

 最悪だ……

 

「で、ヤッたのか?ヤッてないのかどっちなんだ!」

「言い方っ!すげー如何わしいニュアンスで話すなよ……」

「アタシに内緒で連れ込みやがって」

「だから言い方……」

「全く夕飯のメニューに関わるだろうが……スーパー閉まったら、赤飯用の胡麻塩買えねぇだろ?」


 想定内の答えだが、やはりブッ込んで来た。

 悠月先輩の顔も、若干引き攣っている。



 俺がそう言うと、悠月先輩の肩がピクリと反応する。


「そうか?アタシには満更でもない感じに見えるけどな。蒼もそう思うよな?」

「まあ、そうかも」


 クールな蒼が言うと、どうにも説得力があって、悠月先輩の方を横目で見ると耳の先が赤くなっていた。


「…………」

「…………」


 俺と悠月先輩の間に微妙な空気が流れた。


「まあ、いいけどよ。そうだ、悠月だっけ?腹減ってるだろ?夕飯、食べて行きな」


 そう言うとさらさらの金髪を掻き上げて、梅ちゃんはニッと笑った。

 その梅ちゃんの笑顔とは裏腹に、俺は時計を見て溜息を吐く。

 どうやら……

 クラスの打ち上げには参加出来そうになかった。



 ◆

 


 沢山の応援をありがとうございます。

 二人は恋人未満の関係になりました。

 引き続き、宜しければご覧ください。

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