雷と嵐

 午後一から、Aクラスのバレー組は準決勝を戦っていた。

 大分、時間が押しているらしい。

 ちなみに一年はAからGまでの七クラスあって、現在はくじ引きでシード権を引き当てたFクラスと試合をしている。

 球技大会はトーナメント方式なので、あと二回勝てば優勝だったが、絹ちゃんは宣言通り応援に回っていた。

 そして、なぜかもう一人……

 俺と絹ちゃんの間に久遠クドウさんがいた。

 昼休みに「疲れて、動けない〜」と机に突っ伏していたのを戸村君が見兼ねて選手交代をしてくれたらしい。

 気遣いの出来るイケメンって凄い。

 ただ、この二人が抜けてAクラスは大幅な戦力ダウンをしていた。

 それに……


「あの可愛い二人組は?」

「スゲー楽しみにしてたんだけど」

「あの茶髪の子、俺のどストライクだわ」

「俺は黒髪パッツンの方だな」

「ぐうかわだよな〜」

「それにめっちゃ上手かったよな」

「シンプルに試合が面白かったわ」

「もう一回、試合出ねぇかなー」


 バレーコートの周囲に大勢の野次馬ギャラリーが集まって騒いでいた。

 しかし、そのカオスな状況を、二人は歯牙にも掛けない様子で穏やかに談笑していた。 

 波長が合うのか、いつもは人見知りをする絹ちゃんも普通に話せている。


「キヌキヌ、飴食べる?」

「大丈夫」

「レモン味で美味しいんだけどな。ガムは?」

「大丈夫」

「んー。じゃーキャラメルは?」

「貰う」

「お〜当たった〜」


 肩から下げた四角いミニポーチを開いて、久遠さんは嬉しそうにキャラメルを渡していた。

 二人でキャラメルを食べながら「甘いねぇ」とか言っている。

 か、かわええ。

 そして、俺にもキャラメルをくれた。

 

「久遠さん、ありがとう」

「うん、えっと……」


 ……俺の名前がわからないのだろう。

 悲しいけど、ボッチあるあるだ。

 簡単に自己紹介をする。


「同じクラスの深瀬です」 

「りょ。フカちゃんだね」 

「ふ、フカちゃん?」

「そーそー」


 どこか地方の御当地ゆるキャラになった気分だ。

 そんな事を考えていると、絹ちゃんと目が合った。

 絹ちゃんは口元を手で押さえて笑いを堪えている。


「で、フカちゃん、私のことはアラシでいいよ」

「えっ?」

「だから、嵐」

「あ、嵐さん?」

「さん付けは気持ち悪いかも〜」

「嵐……」

「そーそー」


 辿々しいながらも下の名前で呼ぶと、くしゃっと目を細めて満面の笑みで見つめられる。

 その屈託のない笑顔に、一気に打ち解けた気持ちになった。

 いい人だな、と瞬間的に思ってしまう。

 もしかしたら、絹ちゃんもそう思ったから一緒にいるのかもしれない。

 それからは、三人で平和に観戦していたのだが……

 

「嵐〜」

 

 突然、背後から声が聞こえてきて……

 次の瞬間、久遠さんが綺麗な女の人にハグされていた。

 赤いジャージを着ているから二年生だろう。

 

ライちゃん?」

「正解〜」

「あれ?何でこっちにいるの?今日はバスケに出るって言ってなかったっけ?」

「うーん、そうなんだけど、ちょっと用事が出来ちゃってサボり中かな。それでこの二人は嵐のお友達かな?」

「そーそー」

「いつも妹がお世話になってます」

「雷ちゃん、恥ずかしいから」


 会話の内容から久遠さんのお姉さんだとは思うが、俺は全く正反対の印象を持ってしまう。

 上から下まで品定めをするような視線を感じたからだ。


「志倉です」

「深瀬です」


 俺も絹ちゃんも警戒するように名前を告げる。


「ふ〜ん、志倉さんって言うんだ」


 見た目は久遠さんをキツめにした感じで、上手くは言えないけれど、恐らく近寄ってはいけないタイプの人間だと思った。

 あくまで俺の直感でしかないが……


「ですって、先輩〜ちゃんと聞こえました?」


 後ろを振り返って誰かに話し掛けている。

 

「雷、お前、バカか?下の名前もちゃんと聞いとけよ」


 その聞き覚えのある声に体が反応する。

 血がどくりと粟立った。


 佐久間……


「えー私、頑張ったじゃないですか?それに何で私がこんな事をしなくちゃいけないんですか?」

「あ?俺の為に決まってんだろ」 

「うわ〜本当に佐久間先輩って自己中ですよね〜」


 そう言うと、佐久間の腕に自分の腕を絡めている。


「佐久間……」

「よう、雑魚」


 俺が睨みつけると、佐久間は俺を見て鼻で笑った。


「ちゃんと悠月と別れたか?」

「…………」

「あれは俺の女だ。今は貸しといてやるが手は出すなよ。それより今日はお前じゃねぇんだよ。おい、志倉、お前の連絡先を教えろ」

「佐久間……いい加減にしろよ……」

「はっ?お前に関係ねぇだろ、雑魚は黙ってろよ。ボコんぞ」


 そう言うと、またシャドーの素振りを始める。

 顎、上がり過ぎなんだよ、そう思いながら拳の力を強める。

 多分、今の俺なら一発で仕留められる。  

 だけど、ジムに所属してプロを目指している以上、暴力沙汰は御法度であり、ジムにも多大な迷惑が掛かる。

 それに佐久間はボクシングをしているとはいえ素人だ。

 そんな相手を殴る趣味は俺にはない。

 しかし、許せない気持ちも強い。

 反比例する気持ちを理解してくれたのか、絹ちゃんが俺のジャージの袖を掴んで「深瀬、挑発に乗ったら駄目だからな」と俺にだけ聞こえる声で伝えてくれる。


「わかってる」


 一瞬だけ目を瞑る、気持ちを切り替えようとした、その時だった。


「雷ちゃん、私の友達に嫌がらせをする為にその人を連れて来たの?」

「えっ?」

「どうなの?」

「ま、待って、嵐!」

「意地悪するなら待たないよ」


 久遠さんは手の指をポキポキ鳴らしながら、殺気立った様子で佐久間達に近づいて行く。


 そして、一閃!!!!!!!!


 寸止めはしていたが、佐久間達の間に鋭い蹴りが落ちる。

 

「はぁぁぁ?」


 その勢いに押されて、佐久間は腰を抜かしたように床へ座り込んだ。

 

「今度は止めないよ!」

「あ、嵐、ごめんなさい!せ、先輩行きますよ。ほら立って!」

「クソが、覚えてろよ!」


 また、三流の悪役並みの捨て台詞を残して、佐久間は体育館を出て行った。


 その様子を見て、俺達は顔を見合わせて苦笑したのだった。



 ◆



 沢山の応援をありがとうございます!

 続きが気になる方は、引き続き応援をよろしくお願いします。

 頑張れます。


 改稿……誤字脱字を修正しました。

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