藤間累

 備品室に入って、藤間先輩に指示された場所へと向かう。

 ここまでの道すがら、藤間先輩からネットの追加が必要になった経緯を聞いた。

 どうやら一年生のバレーが白熱した為、時間が相当押しているらしい。

 その為、一年用のコートを急遽増やす事になったそうだ。

 確かに、さっきのAとBクラスの試合は決勝戦みたいだった。


 ……ふいに、クールにアタックを決めている絹ちゃんを思い出した。


 出来れば最後まで見届けたかった。

 そう思いながら左奥にある棚からネットを取り出していると、内側から鍵を掛ける音が聞こえてきたので振り返る。


「ふふっ」


 藤間先輩が口元に手を当てて、クスクスと愉しそうに笑っていた。


「どうして、鍵を掛けたんですか?」

「うーん、どうしてかしら?」

「藤間先輩!」 

「本当にわからない?」

「はい……」

「ふふふ、あなたを監禁してみたの」

「えっ?」


 静かな備品室に、緊張感のない間延びした声が響いた。

 その為、あとから藤間先輩の言葉の意味が伝わってくる。


「いやいや、おかしいですって!」

「あら、そうかしら?」

「……普通じゃないです」

「普通って何かしら?」

「…………」


 スローモーションのように……

 俺の首元に藤間先輩の白い腕が伸びてくる。

 そのまま、グッと体を寄せてこようとする先輩を咄嗟に制止した。

 そういう態度を取られると思っていなかったのだろう。

 藤間先輩は不思議そうに小首を傾げていた。


「別にいいじゃない?」


 この人は何を言っているんだ?


「いつもは悠月ちゃんと楽しんでいるのよね?」


 ……会話にならない。


「ふふふ、ジムでも見たけれど凄い体しているものね」


 い、意味が分からない。

 腹筋を触りながら話さないで欲しい。

 ヤバい、この人から逃げないと……

 

「いま、私から逃げようと思ったでしょう?逃げたら、大声を出してあなたに襲われそうになったって言おうかしら?」

「…………」

「ふふふ」


 動揺して、足が固まって動けない。

 そうしている間にも藤間先輩が近づいて来る。

 先輩の長い髪が俺の肩に触れた。

 そのまま、俺の目の前で藤間先輩はゆっくりとジャージを脱ぎ始めた。

 

「あなたは脱がないのかしら?」


 不意に投げかけられたその言葉に、首を激しく左右に振った。


「ふふっ、私には魅力がない?やっぱり悠月ちゃんの方がいい?」


 今にも唇が触れそうな距離で笑う。


「悠月先輩とは」


 ……言葉が出てこなくて喉の奥が熱い。


「手を繋いだ事もないです」

「はっ?冗談でしょう?」

「本当です。悠月先輩に連絡しましょうか?」


 藤間先輩は目を見開いて驚いている。


「嘘でしょう。悠月ちゃんがまだ手を出してないなんてありえない。普通に付き合ってるってこと?」


 藤間先輩は何かを考え込むようにひとり言をブツブツと言い出し始めたので、その隙に俺はネットを抱えて備品室をダッシュで出て行った。


 何だったんだろう?

 俺はガクブル震えながら、とりあえずネットを運んだ。



 ◆



 先生にネットを渡し終えて、急いで絹ちゃんの所へ向かう。


「遅かったけど、何かあったのか?」

 

 開口一番に俺の心配をしてくれる絹ちゃんに、心がホッとする。

 

「遅くなってごめん。三年の先輩から頼まれてバレー用のネットを運んでた」

「そうか。お疲れさま」

「そうだ。無事勝利おめでとう!これ温くなったけど差入れ」

「ん、助かる。深瀬ありがとう」

「絹ちゃん、飛ばしてたもんね」

「午後からは出れないと言ってきた」

「それ大丈夫なの?」

「代わりに春川さんが出てくれる事になった」


 俺は絹ちゃんにそう告げられた戸村君達のキョトンとする姿を想像して、思わず吹き出してしまった。


「絹ちゃんありがとう。俺さ何か元気出てきたよ」

「そうか……よく分からないが、元気になったのなら良かった」


 そう言うと絹ちゃんは、本当にポ○リスウェットのCMに出ているような眩しい笑顔で笑った。

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