パッセージ
朝、起きると地味に顔が痛い。
昨日はスパーリング中に、何度かいいパンチを貰ってしまった。
油断したつもりはないけど、コーチが言っていたように集中力を欠いていたのは確かだ。
何してんだよ、俺。
先輩の事を自分の中で消化して割り切ったと思っていても、そうじゃなかったのかもしれない。
こんなんじゃダメだ!
切り替えていかないと。
時間を気にしながら、朝の支度をして家を出る。
空からは予報通りの雨が降っていた。
……待ち合わせ場所には、いつも通り悠月先輩が先に着いていた。
一瞬、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
昨日の悠月先輩の佐久間への態度と写真の中の二人の姿がフラッシュバックする。
多分、あれが悠月先輩の素なんだよな?
参ったな……
俺、めっちゃ凹んでる。
それでもスマホなんか見ないで、背筋をピンと伸ばして、ただ俺を待ってくれている姿に心が揺れた。
多分、俺は先輩のこういう所を好きになったのだと思う。
「おはようございます!」
「おはよう、遥君……」
いつもと変わらず微笑んでくれる。
そうだよな、この笑顔も……
俺は好きになったんだ。
◆
学校に着いて、すぐにジャージに着替えた。
出番がないのだから、わざわざ着替えなくてもいいんじゃないかと思うが、集団行動に重きを置いている学校ではそうもいかないらしい。
着替え終わると、ボッチの習性で教室の机に突っ伏して寝たふりをする。
当然、両耳ガードのイヤフォンも忘れない。
ランダム再生すると弟の
さユ○の「タワー・オブ・フラワー」
はぁ。
エモい、泣ける、でも元気になる!
蒼、ありがとう!
心の中で弟に感謝していると、急に首筋に冷たさを感じて慌てて体を起こした。
「冷たっ!」
顔を上げると、絹ちゃんが目の前に立っていた。
後で髪を一つに束ねて、青いジャージを羽織っている。
相変わらずの美少女っぷりに、ついポカ○スウェットのCMに出てましたっけ?と尋ねそうになった。
「おはよう、絹ちゃん」
「ん、おはよう。そろそろ体育館に移動するらしい。深瀬も早くしろ」
「わかった」
「それから大丈夫か?」
「何が?」
「顔」
「あー、あの後スパーリングでさ、いいようにやられた」
「そうか……」
そう言うと濡れたハンカチをそっと手渡してくれた。
僅かに腫れているだけなのに気づいてくれたのか……
有り難く左瞼に当てた。
冷んやりして気持ちがいい。
「ありがとう」
「ん」
そう短く返事を返した絹ちゃんは、なぜか珍しく不機嫌だった。
◆
私、松島悠月は体育館でクラスメイトの応援をしながらイライラしていた。
今朝は考え直した彼から「やっぱり別れて欲しい」と言われると思っていた。
でも、遥君は何事もなかったように接してきた。
昨日の彼の言葉を思い出す。
「俺、気にしてませんから」
……信じられない。
「大丈夫ですから」
嘘よ。
「無理矢理ではないんですよね?」
無理矢理どころか、佐久間と楽しんだし。
「それならよかったです。悠月先輩が怖い思いをしてなくて」
バカじゃないの……
私の心配じゃなく、自分の心配をしなさいよ。
調子が狂う。
あんたなんか、ただの遊びなのに。
はぁ……
でも、バレーコートの近くにいる遥君から目が離せない。
……彼とは佐久間の通っているボクシングジムで出会った。
第一印象は冴えない感じだったけれど、リングに上がった彼は別人みたいに強くて格好良かった。
それに佐久間みたいな人達の軽い感じに慣れていた私には、遥君のひたむきさが新鮮に映った。
真面目で奥手そうだから、私の方から告白をした。
適当に付き合って、一回か二回して合わなければ、すぐに別れようと思っていた。
だから、彼の事は
それなのに……
遥君がクラスメイトを応援している姿を見てモヤッとする。
誰よ、あの子……
こんな感情は初めてで、私は戸惑うしかなかった。
◆
ラブコメ日間で9位をいただきました。
沢山の応援ありがとうございます。
続きの気になる方は、引き続き応援をよろしくお願いします。
がんばれます。
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