トリウィア・フロネシスー1つの灯 その2ー
四日ほど前、「彼」と自分、そして今頃サバトの生け贄になっているであろう龍人族主席、それに各学年の成績上位者数人が行ったものだ。無論御影もフォンも一緒だった。
王国の北の方で繁殖期に入った魔獣の群れが人里を襲うという事件があった。
数年に一度起きることがある魔獣災害の一つ。しかしかなり大規模なものだった。
王国の退魔獣組織である≪不死鳥騎士団≫も出動し、トリウィアたちも魔獣を撃退した。
それに関するレポートである。
たかがレポート一つではあるが、それでも主席である以上は一定のクオリティが求められるし「彼」自身そうであるように心がけている。
なので、「彼」が書いたものをトリウィアが添削することはさほど珍しくはなかった。
「……ふむ」
片手で煙草を、片手でマグカップを持っているので書類を魔法で浮かす。単純な浮遊魔法だが、書類や本に目を通す際は便利で有用性が高い。
紫煙を燻らせながら一通り最後まで目を通し、
「えぇ、これなら問題ないでしょう。後輩君も随分この手の課題が上手になりましたね」
書類を纏めて「彼」に返すとわかりやすくほっとしていた。
が、すぐに顔を引き締めて、まだ怒っていますよ、という言わんばかり。
思わず苦笑してしまう。
「……えぇ、ちゃんと反省します。流石に根を詰め込みました。ほら、卒業試験だけではなく私は研究員試験もありますからね」
基本的に学園は3年制だが、成績優秀者且希望者は卒業後も学園に残り研究生として在籍が可能となる。かなり難易度が高く、数年に1人2人程度いるかどうかの珍しいものだ。
そもそも学園に来るのは卒業後の進路の為という理由が多いので、卒業できるなら卒業していく。
トリウィアのようにずっと研究室に籠りたがる方が稀なのだ。
基本的に研究員試験は年末前にあり、年明けには合否が決まる。
故に秋は大詰めの季節だ。
大丈夫ですかと、「彼」が首をかしげながら問いかける。
「彼」の癖だ。
御影はその首筋にむしゃぶりつきたいとか、その仕草だけで酒が飲めるとかよく言っているが、ちょっと分からない。
鬼は性欲の発現の仕方がワイルドすぎる。
同意を求められても困るのだ、あの肉食系お姫様は。
まぁ、可愛いことは間違いないと思う。
「えぇ。大枠はそれこそ気絶するまで時間を掛けたので終わりました。後は細部の調整くらいですね。この手の作業は得意だったし、時間の余裕はそれなりに」
あまりこういう課題で追い込まれるのは好きじゃない。
というか、時間に余裕があると「知りたい」欲が暴走して、結局時間が足りなくなるのだ。
「なので、私の方は心配いりませんよ。……えぇ、はい。体調も気を付けます」
中々信じてくれない。
わりとかっこいい先輩をしているはずなのだけど。
なぜか分からないが、何かイベントを熟すたびに「彼」からの尊敬度が減っていき、むしろ仕方ないなぁというかお世話されることが多くなっている気がする。
そういえばこの前は碌に使っていない自室の掃除をしてくれた。
概ね携帯食料や高カロリーのエネルギーバーで食事を済ますことが多いが、何かと食堂に連れて行ってくれたり、夜食を作ってくれたりもする。
研究者の誇りたる白衣に珈琲をうっかり零した時も、妙に慣れた様子で染み抜きをしてくれた。
「おや……?」
わりと先輩らしいことをできていない……?
否、とトリウィアは短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しいものを咥えて火をつける。
火をつけようとしたら、パチンと「彼」が指を鳴らして火をつけてくれた。
初歩的な「加熱」単一系統使用で、トリウィアが着火の際に口に咥えたまま行うもの。
「…………すぅ――」
煙を吸い込み、
「―――ふぅ」
吐き出し、思った。
おやおや……? この後輩君、完璧か……?
いや、良くない。かっこいい先輩として、してもらっているばかりでは決して良くない。
今しがたレポートを見たばかり。そのレポートは特に修正することはなかったけれど。
であれば、先輩としてそれっぽいことを言うのならば、
「後輩君は、卒業後の進路とか考えていますか? 君の場合、引手数多でしょう?」
おそらく史上初の全属性全系統持ちだ。
その上でこのまま学園主席で卒業すれば王国だろうとどこだろうと食事には困らないだろう。
「それに、君の場合≪皇国≫の王族や鳥人族という手もありますしね」
途端に「彼」が何とも言えない表情をした。
原因は当然御影のことだろう。
あのスーパーアグレッシブ皇女は着々と「彼」を攻略している。
最近、一緒に風呂に入るまでいったとか聞かされた。
一線を超えにいくつもりはないらしいが、越えなければ何しても良いと思っている節がある。
彼女が「彼」をあの手この手で攻めるかはもはや学園の名物になりつつあり、一部ではいつ一線を越えるか賭けにもなっている。
「彼」もまんざらではないが、その好意を直接受け入れる様子がない。
同性が好きなのかとか、恋愛に興味がないのかとか、そもそも性欲が無いのかと思ったことはあるがそんな様子はない。
御影は勿論、自分やフォンにもたまに視線が行ったり、赤くなったりしているのは知っている。
ただ―――それは彼の根幹に関わる問題だと、トリウィアは思う。
それはきっと、簡単には解決しないものだ。だからこそ御影は3年かけてどうにかしようと思っている。
或いは、これはトリウィア自身のただの所見だが―――踏み出すことそのものを恐れているようにも見えた。
「ま、あと2年少しありますし、君の可能性は沢山ありますからね」
例えば、
「私も研究員は2年ほどの予定ですし―――一緒に、帝国に来るとか」
ぽつりと、よく考えずに漏れた言葉を呟いた。
えっ? と彼が目を丸くして、
「……」
自分も漏らした言葉を振り返り。
あれ、わりと凄いことを言ってしまったのではと今更ながらに思った。
「……」
しばらく秋の夜の風と妙に気まずい、けれど頭の先がムズムズするような空気が流れて、
「……あー、一本吸います?」
誤魔化すように煙草を一本差し出して、慌てた動きで「彼」も受け取った。
意外だったが、「彼」も煙草は吸える。といっても好きというわけではなく、たまに自分の付き合いで一服する程度だ。
「彼」も浄化系統持ちなので体に悪影響が出ないので安心だし。
煙草を咥えた「彼」は立ち上がり窓際に移動して、さっきの要領で火をつける。風属性の魔法を使えば匂いや煙は他人に及ぼさなかったり、匂いを付けずに吸えるのだが彼はそのあたり気にして、外か窓際かでしか吸わない。
悪いことではない。
折角なので同じように窓際へ。
日が沈み、もう夜だ。
一服したら明かりをつけないといけない時間帯だ。
運動場に目を向ければ、2年主席の龍人が十字架に掛けられて周囲を松明で囲っていた。
やはりサバトだ。
「…………後輩君、火、いいですか」
「彼」は指を鳴らそうとして、しかし身体を寄せて来たトリウィアの意図に気づいたのか手を止め、「彼」も少し体を屈める。
じりりと、「彼」とトリウィアの煙草が触れ合い、火が移る。
2人は真っ暗な部屋に包まれて―――明かりが一つ灯っていた。
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