第9話
時は流れても、やるべき事は変わらないのだと感じる。
雨が降る機会が多くなった梅雨の6月。
この休日だったこの日、俺は紗恵と勉強会の約束をしていた。
普段ならば、大抵なんとか理由を探して断ろうとするのだが、今回は勉強会と言うことで快諾したのだ。
そして、俺は指定されたファミレスで自習をしながら待っている。
俺の周りでは、2年生になってから色々な事があったが、"6月の下旬に期末テスト"と言う事実は何も変わらない。
数学の練習問題解く。
考え事をやめてまた無心になろうとした時だった。
「いらっしゃいませー」
集中しようとする俺を現実世界に引き戻す声。
からんからんと鳴った音の方を見ると、そこには人影がある。
紗恵が来たのだろう。
待ち合わせの時刻の10分程過ぎていて、俺が上司ならば紗恵の人事評価は最低の部類だ。
しかし、紗恵1人にしては足音が不自然である。
足音の間隔が短い上に音が干渉している気がする。
そもそも人間はこのような音を正確に聞き分ける機能が無いのだから、俺がどんなに努力しても限界はあるはずだ。
「夜彩ー。遅れてごめーん」
そこに現れたのは、紗恵である。
スポーティーな白と英文が書かれたTシャツにカーキパンツ。
少女と女性を融合させたような印象を受け、いつもより大人びた印象だ。
確かに、可愛らしい部類に入るのは間違いはないが、俺にはそれを上回る関心を持つものがあり、そちらに意識が行ってしまう。
「それより、何故クリスタがいるんだ?」
ポロシャツと、スカートを着たクリスタに問うが返事がない。
クリスタはぷいっとそっぽを向く。
…ただのしかばねのようだ。
クリスタの変わりに、紗恵は拗ねたような声で俺の問いに答える。
「ほら、人数多いほうが勉強会楽しいかなって」
紗恵が何故拗ねたか疑問だが、それ以上に発言内容に疑問を感じた。
「勉強会は人数少ない方が効率上がるぞ」
人数が多ければ、誰かが話し出す。
誰が話し出せば、それに誰かが釣られる。
元々、勉強とは個人競技なのだから、個人でじっくりやるべきなのだ。
だからこそ、人数が多いより個々でやりやすい少人数の方が良い。
「でも、ほら、人数少ないと人間性は勉強できないよ。夜彩みたいになるよ」
紗恵は「えー」と考えた後に、パンと思いついたように手を叩き言う。
こんなポンコツが、学年9位だとはこの学校も終わっている。
しかし、真面目に反論しても埒が明かないと思い、詭弁には詭弁を返す事にする。
「夜彩が増えれば、俺としては居やすくなるんだよな。むしろ増えてほしい」
これは、本心だ。
夜彩を相手に話すのなら、相手の考えていることもわかるし、接しやすい。
俺としては大変ありがたいのだが、紗恵には不評だったようでドン引きした顔をしていた。
「嫌だよ!私は嫌だよ!何人も要らないよ!」
紗恵は身振り手振りで全力否定をする。
流石にそこまで全力否定をされると、俺も少し悲しい思いをした。
そういわれると理解はできていたんだけどな。
「…そうか」
俺は悲しそうに言うと、紗恵が少し申し訳なさそうに「ごめんね」と言いい、クリスタを奥に座らせて自分は手前に座る。
俺も仕方無く諦め、勉強会を始める事にした。
さあ、何の教科をやろうか?
そう聞こうと、2人を見ると、彼女らは一つのファミレスのメニューを2人で見て、ガールズトークに花を咲かせていた。
会話もさることながら、何故、ファミレスのメニューが一つしかないのか。
そう疑問に思いながら、彼女らから目を逸らすため下を見ると、俺の手前にメニューが一つ置いてあった。
そうか、俺のせいだったのか。
もう注文したから、言ってくれればあげたのに。
「クリスちゃん、何食べる?」
「私、スパゲティ」
「あー、私も麺食べたい」
などと、クリスタと紗恵は、自分で決めろよと突っ込みたくなる、会話をしている。
クリスタと紗恵は注文を決めたのかボタンを押す。
注文が決まったようだ。
ピーンポーンと間抜けな音がすると思うと、少しして若い店員の女性が現れた。
バイトだとすぐに分かる。おそらく学生だろう。
紗恵は目線で先にどうぞ、と言ってきた。
俺は既にドリンクバーを頼んでいたため、答える。
「もう、ドリンクバーを頼んだ」
そういうと、紗恵は分かったと頷いて、クリスタの方を見る。
クリスタは紗恵にどうぞとジェスチャーをした。
「あ、私、カルボナーラとセットのドリンクバー」
紗恵は言うと、クリスタにメニューを渡す。
「スパゲティとドリンクバーで」
クリスタがそういうと、店員は業務的な復唱をする。
確認が取り終わると、店員は気持ちが微塵もこもっていない挨拶with営業スマイルをすると、去っていった。
さあ、やっと勉強会ができる。
俺は、そう感じた。
他人と接するのは好きではないが、勉強ならば出来る限り遮断でき個々でできる。
と思い、再び見ると、紗恵は席を立っていた。俺は、何か用かと視線で聞く。
「私、飲み物取ってくるね、クリスちゃん何飲みたい?」
なるほど、飲み物を持ってくるのか。2
人以上でファミレスに行った事は少ない俺は新しい知識を得た気分になる。
「オレンジジュース」
クリスタは答える。少し冷たい印象を受けたが、紗恵は慣れているのか気にしていない様子だ。
「はいはい。夜彩は?」
紗恵はクリスタと同じように聞いてくる。
俺はさらりと省かなかったあたり、空気を読んだなと思う。
マジ空気清浄機⭐︎紗恵さんは伊達ではない。
しかし、空気は読めても、ポンコツさは変わらないようで一つの事実に俺は気付く。
「お前、腕2本しか無いだろ。自分で取るから良いよ」
3つのジュースを2つの腕で運ぶのは難しいだろう。
しかし、紗恵は恥ずかしがる様子もなく
「分かった」
と答えた。
もしかしたら、2回に分けて運ぶつもりだったのかもしれない。
そして、紗恵と並んで歩き出すと、ちょうどクリスタが見えなくなる位置の時俺に小声で俺に話しかけてきた。
「夜彩、クリスちゃんに相変わらず無視されてるよね…。その…仲良くできなくても、話くらいはすれば?」
それは紗恵らしいアドバイスで、俺たちの事も考えての助言だったんだと思う。
しかし、俺がどうにか無理に話しかけるのは良い選択だとは思わない。
相手が話したくないならその意思を尊重するべきだ。
「いや、別に俺は話す意思はあるけど、あっちが無視する以上どうしようもない」
俺は話す意思はあったので、嘘を言ったつもりはない。
ありのままに伝えた。
「あのさ…。過去に何があったか知らないけど…。今は同級生として接せないの?」
紗恵は先程より、より言葉を詰まらせて言った。
それはたとえ俺たちの事を考えての助言でも、第三者からの無責任なものに聞こえ、不快感を感じた。
「クリスタから何か聞いた?」
その不快感の一部を吐き出すように言うと、紗恵は黙って首を横に振る。
「いや…。図書室の時、雪ちゃんと夜彩、明らかに様子が変だったから」
図書室の時。
きっと、5月のあの時の話だ。
あれでは察しの良い紗恵から見れば、答えを言っているのとほぼ同意味だったかもしれない。
「それは…そうかもな」
そう考えると、ふと意味が合わない受け答えになってしまった。
何に対して俺は"そうなかもな"と答えたのだろうか。
ドリンクバーに着くと、紗恵に俺は手で"先にどうぞ"とやると、紗恵はそれに従ってコップを2個取りオレンジジュースを先に入れ始める。
紗恵の後ろから並び、ふと考え事をしてしまった。
俺はいつからか、"芝浦 紗恵"と紗恵の事を下の名前で呼んでいるが、紗恵は"夜彩 凛"を夜彩と上の名前で呼んでいる。
もし、夜彩と芝浦が対等な友達であるならば呼び方も統一すべきなのだろうか。
そう思い、芝浦に声をかける。
「そういえば…」
俺は、紗恵に声をかけた。
紗恵はオレンジジュースを入れ終え、自分のカルピスを入れ始めている。
「ん。何、夜彩?」
紗恵は振り返らずに、返事をした。
言うべきか迷った。
もし、紗恵が俺を下の名前で呼ばないのは、その程度の友達だからだとしたら、俺はその事実を受け入れられるのか。
もし仮に俺が受け入れられないなら、紗恵の事を面倒くさがっておきながら、実際は俺が紗恵に依存していた事を認めた事になる。
思考を続けるうちに、紗恵が返事をしたのに俺が話しかけないのは不自然だと感じ、話を打ち切る事にした。
「いや…なんでもない。気にするな」
俺のぼそりとした自信の無さげな回答に、紗恵は
「ふーん。変な夜彩」
と興味がなさげにぶっきらぼうに答え、こちらに振り向く。
きっと、紗恵と面と向かって話していたら、紗恵に察しられてたなと感じた。
俺も手短にお代わりのメロンソーダを入れると、わざわざ待っていてくれた紗恵に軽く礼を言って、テーブルに戻る。
「はい、クリスちゃん。オレンジジュース」
紗恵はクリスタにいつものガールズスマイルで微笑むと、クリスタも全く同じ顔をする。
「紗恵、ありがとう」
…これで、勉強会が始められる。
などと思っていた時期がありました。
いざ勉強会を始めて少しすると、カルボナーラとスパゲティが届き、ガールズ2人組はご飯を食べ始めてしまったのだ。
黙って一人で勉強を始めるも、目の前で女の子2人が楽しそうに食べている光景は集中力を削ぐ。
ご飯を食べ終え、勉強会をやっと始められて、始まったのは分からないと言う、具体性にかける質問と雑談の嵐。もはや、雑談会になっていた。
「うー、数学分からないー」
文系の紗恵は甘ったるい甘える声で俺に聞いてくる。
可愛らしいが、やっている事は酔っ払いと一緒だ。
「分からないから、勉強するんだろ」
俺は出来る限り適切な回答を選び、誠実に答えた。
が、俺の"勉強しろ"と言う願いは通じなかったのか、紗恵は雑談を続けた。
「でも、これ、いつ使うの?一生使わないよ、これ」
長年、数学が嫌いな人間にとっての伝家の宝刀となっている事を指摘する。
これによって、多くの大学が予算削減の被害を被ったはずだ。
しかし、高校生にはこう反論できる。
「安心しろ、2年後、早速使う」
言うまでも無い、大学受験だ。
大学受験には数学は不可欠で、そして、大学受験は人生を大きく左右する。
「受験…。受験嫌だよ…」
紗恵は死んだ魚の目をして、机に突っ伏してしまう。
確かに、ストレスとプレッシャーで憂鬱になる気持ちは理解できる。
そう言って目で、紗恵を見ていると、紗恵は突っ伏したまま聞いてきた。
「あのさ、夜彩、どこ受験するの?」
2年の6月の時点で志望校を決めている人は珍しいだろうから、きっと大体の回答でいいのだろう。
「国立の理系」
俺は参考書をまた見ながら、言う。
「夜彩、テストの点数良いもんね」
紗恵は、そういうと、何を思ったか、死んだ目を休息に生き返らせ、ムクっと起きる。
「クリスちゃん、この人、前回の学年末の点数、この学校の歴代2位だよ」
「結局、上には上がいるけどな。藤堂先輩にはなれなかった」
「でも、夜彩、すごいよ。人間性を代償に得たものは大きかったね!」
紗恵は目をきらめかせながら絶賛する。しかし、内容は悪口同然だと感じた。
「だから、人間性を犠牲にしたとか言うなよ…」
間違っていないのかも知れないが、俺は認めるわけにはいかなかった。
それに、「人間性を犠牲にできるほど持っていない」と言わないあたり、紗恵は優しいのかも知れない。
いや、これは怒って良い内容なのでは?
そう思い、紗恵の方を見た時、紗恵の携帯が鳴った。
「あー、ごめん」
紗恵はジェスチャーでざわとらしく俺達に謝ると、席を立って、店から出て行ってしまった。
残されたのは、紗恵という通訳を失った、クリスタと夜彩。
先程のメンバーから、1人減った2人なのか疑われる程の沈黙がこのテーブル席を覆う。
友達の友達問題の時もこんな気分なのだろうか。
しかし、クリスタが会話する意思がない以上、俺もどうすることも出来ず、勉強の続きをしようとした時。
「ねえ」
クリスタの低い声がした。
顔を上げて見ているとクリスタが真っ直ぐとこちらを見ている。
それは雪憐よりも冷たく、黒い何かを感じるもので、同じ表情でも人によって違うのだと感じた。
「夜彩くんは、花ちゃんの事どう思ってるの?」
"花ちゃん"、クリスタから出たその呼称は小学生の時の雪憐の事であり、4年前の話である事がわかる。
クリスタは4年前の事を忘れた訳ではなく、間違いなく覚えているのだろう。
そして、花ちゃんと呼ぶからには最低でも4年前は親しかったはずだ。
4年前、雪憐を傷つけてしまった俺は、クリスタと雪憐の関係など怖くて考える事は出来ずに放置した。
「幼馴染だ」
簡素に事実だけを述べる。
嘘は何一つなく、そこにあるのは客観的事実だけだ。
クリスタが何をどう考えているか分からない以上、余計な事を言うべきでは無い。
しかし、クリスタは不満そうに口を尖らせると、オレンジジュースをストローで吸い上げる。そして、俺に問う。
「夜彩くん、まだ花ちゃんの事を引きずっているの?」
クリスタは質問を変え、より深くに踏み込んだ。
クリスタ自身にもリスクがある事はわかっているだろう。
にも関わらず、クリスタは踏み込む。
クリスタにとっても4年前は重要で、そして向き合おうとする強い意志を感じられる。
「人は変わるんだよ、4年の歳月で」
クリスタは俯き気味になって、俺に吐き捨てた。
投げやりで、俺に伝わっているかなど気にしていないようだ。
「仮に変わったとしても、今の雪憐も雪憐だ。だから、雪憐が変わったなら今の雪憐とちゃんと向き合いたい」
だから、クリスタの深い意図など考えず、言葉通りに自分の思っている回答をする。
すると、クリスタは俺を小馬鹿にするように笑った。
悪戯な表情と言うには悪意と苦痛が多過ぎる。
声色は少し高い声でクリスタは答える。
「夜彩くん、ストーカー向きの性格したんだね」
先程の質問は、あまり意味のない事だと感じた。
4年の歳月で雪憐と俺の関係性が変わっても、それは俺達の問題でクリスタには関係ない。
何故、興味を示すのか疑問である。
しかし、俺は聞かれた以上答えなければならない。
会話のキャッチボールはボールを持ち続ければ成立しない。
「ストーカーなんて向いてないぞ。無視され続けたら、すぐに凹む自信がある」
雪憐と俺の関係性は関係無い。
あくまで俺の性格の話。
人間空気清浄機は好きではないが、悪化させる必要も無いだろう。
俺もふざけた答えをする。
「じゃあ、メンヘラ?」
クリスタはこの無意味なキャッチボールを続けるつもりのようだ。
本当なら、こんなもの返さずに勉強を始めるが、クリスタと会話ができるのは大変珍しい事だ。
ならば、多少無駄でも続けるべきだろう。
「誰にも知られず、勝手に自分の後悔で病むのはメンヘラと呼べるのか?」
これも、嘘ではない。
誰も知らなければ、それはメンヘラではない。
勝手に自滅する馬鹿だ。
自分で分かっている自身の性格の一つ。
「呼ばないね。それは馬鹿だよ」
クリスタも同じ結論に達したのか、そう断じた。
きっと、藤堂先輩も紗恵も雪憐も絶対にその結論に辿りつかない。
クリスタだから辿り着く。
段々と、クリスタと話し性格を考えていくと、ある意味夜彩に共通する部分も見えてくる。
クリスタも感じていたのだろう、今までも何一つ中身のないキャッチボールは時間の無駄だったと言わんばかりにため息をついた。
自分で始めたくせに。
そして、会話の軌道を修正しようとする。
「夜彩くんは、もし花ちゃんが4年前の事をもう過去の思い出にしてるなら、どうするの?」
それを、言われると動揺する。
ある意味、考えられる可能性で最悪のパターンなのかも知れない。
雪憐が過去の思い出になっているのであれば、きっと雪憐にとっては古傷のようになっていて、俺のようにまだ傷が開いている訳では無いだろう。
雪憐が一番幸せになれる可能性でもある。
だから、俺は喜ぶべきなのだ。
しかし、同時に俺の中でまた新たな後悔が生まれる。"雪憐は前を向いて歩いていたのに、俺は過去に縋り続けていたのか"と。
「それに、4年前の事を引きずり続けて、花ちゃんもあなたも満足?」
クリスタは動揺した俺を見て、追撃するかのように聞いた。
その悪意に溢れた笑みに俺は苛立ちを覚える。
4年前を引きずり続けるしかなかく、選択肢が一つしかなかった俺に"その選択は正しかったのか"と尋ねているのだ。
「…そう言うお前だって、今でもの"花ちゃん"と呼んで、4年前の事を引きずり続けてるじゃないか」
それが、俺の出した答えだ。
詭弁であるのも理解しているし、正しい答えかどうかは分からない。
事実、クリスタは求めてないと大きなため息をつき失望感を露わにしている。
「だから、クリスタが自分自身に聞けば答えを知れる」
クリスタも4年前を引きずっているのは事実だ。
ならば、どんな思いを抱いているにせよ、強い思いである事には変わりない。
その自分の抱いた思いがすでに"4年前の事を引きずって満足か"という問いの答えになっているはずだ。
「分かった。質問を変えるよ」
クリスタは先程の失望感に加え、さびしさを滲ませて言う。
クリスタが何を考えているかは分からない。
でも、きっとクリスタの瞳にも何かが写っていて、俺と同じように何か強い思いを抱いている。
クリスタは少し前を置くと聞いた。
「4年前の事……いや、4年前の初恋にどう結末を迎えたいの?」
クリスタの言葉に最後まで聞かずに、世界は固まった。
なんで、クリスタは俺と雪憐の事を知っているのか。
分からない。
雪憐が言った?
いや、その可能性は全く想像が出来なかった。
「私だって花ちゃんと親友だったわけだし、近くに居れば分かるよ。当然、花ちゃんもね。
ううん、私と花ちゃんは親友以上の存在だったかもしれない」
俺が固まっていると、クリスタは俺に事情を説明をする。
クリスタはそんなことも分からないのかと、そんな事が通用すると思っていたのかと、俺を嘲笑う。
それは、もはや説明に俺は感じられず、ただただ俺に誇っているようにしか見えない。
クリスタとは友達の友達であった俺には何も知らないことだ。
「それとも、気付いてないと思ってたの?だとしたら、鈍感さにも程があるね」
説明の化けを被った、嘲笑の最後には説明の皮を破り、本心が剥き出しになる。
4年前、そんな未熟な人間が初恋をして、そんな気持ちで恋をしていたのかと。
そう言うのに等しい。
何も分からなかったくせに、推測だけで雪憐を助ようとし傷つけ、そして知らないと推測した事は、実はクリスタにすら理解されていた。
「夜彩くん。もう一度聞くね。あなたはどうしたいの?」
クリスタはひどく動揺した俺の狙うように優しい声で聞く。
それは優しさなのではなく、優しさに見せかけた悪意なのだとすぐに分かる。
動揺は後悔に変わり自分の頭を覆い思考を遮る。
「俺は…」
クリスタは笑った。
「吐き捨ててしまえ」と、そう言っているように見える。
吐き捨ててしまう考えが後悔と俺の頭の中に一緒に現れる。
普段考える事さえないことは後悔のせいで正常に切り捨てる事は出来ない。
しかし、吐き捨ててしまえば…。
それは、正しい選択では無い。
これを言うべき相手はクリスタでは無い。
「ノーコメントだ。それを言うべき相手は、雪憐だ」
夜彩らしい笑顔ができていると自分でも分かる。
これが正しい選択だ。
そう感じると、今まで頭を支配していた後悔が綿のようにすうっと飛んでいく。
「それなら、最後までそう信じることだね」
クリスタはそう答えた。
先程の悪意と苦痛の含まれる表情は無くなり、あるのは素朴な表情だ。
クリスタは4年前にどんな思いを抱き、今、4年前に何を託しているのか。
そんな事を考えると、興味が湧いてしまい。ふと口走る。
「なあ、もしかして、クリスタの…」
それは、可能性の話。
それはきっとクリスタが4年前に抱いた思い。
でも、真実かどうか分からない。
だから、知りたくなったのだ。
「私もノーコメント。それは私の問題だから」
だが、クリスタは歯切れが悪そうに答える。
それは、まるで先程の俺のような感じで思わず苦笑いをする。
クリスタが先程の俺を問い詰めたように、俺がしつこく聞く選択肢もあったのかも知れない。
でも、それは既に俺が答えを出した事だ。
「そうだな。クリスタが考えるべき事だ」
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