【ボーナス3】「文化祭って暇なアニメキャラ多いですよね」

「そういうものもあったわね。去年は私『き』の役をやってたわ」


 そんな地味な役を。


「演劇とか、やってたんだ」


「いいえ。『き』と言ってもいろいろあるわ。桜の『き』、期待の『き』、鬼と書いて『き』、機嫌の『き』、着物の『き』、鬼と書いて『き』」


 なんで鬼が二回出たんだろう。


「結局、どの『き』をやってたの」


「そうね。大気の『気』だったわ。まるでそこに存在しないかのような」


 空気だ。可哀そうになってきた。


「今年はね、妹がやって来るのよ」


「妹さん? へえ、会うの初めてだね」


「会えないわ。彼氏と一緒に来るというの。県内随一のお嬢様高校のくせに彼氏など。しゃらくさいわ」


 立腹するほどのことだろうか。


「ウチのクラスは『占いの館』だったわね。幸い、そんな魔術スキルなどない私たちは客引きにビラ配り。これはサボり放題というものよ」


「サボっちゃダメだよ。とりあえずは真面目にやらなきゃ」


「そう。竜崎君が言うならそうするわ。ただし午後からはのんびりとさせてもらおうかしら」




 文化祭初日――。


 黒いフード付きのマントを羽織り、彼女が言う。


「退屈の極みだわ。こんなビラを撒いて、いったい集客になるのかしら。3‐2の前にはおどろおどろしく看板が掲示されていて、その真横でビラを配るなんて。ねえ竜崎君、いっそのこと一階に下りて配ってみない」


 それもそうだ。今から入場する、文化祭を堪能しようという気満々のお客さんに配った方が効率的ではある。



 が、そうは問屋が卸さなかった。



「竜崎君、先に正門の方へ行ってて。私はちょっと5組のやっているゲテモノクレープをチェックしていくから。それから次は二年のロシアンたこ焼きの評判。それが終わったら初心な一年生のメイド姿でも堪能してくるわ」


「田村さん、趣旨が変わってるって。ビラ配りでしょ」


「何を。校内のマーケティングリサーチは大事な仕事よ。じゃあよろしく任せたわ」


 風のように去っていった。今年も大気になるつもりなのか。


 が、正門前でのビラ配りは功を奏して、昼前にすべて配り終えた。田村さんの分まで。



 彼女の姿を探しながらクラスに戻ってみると何やら異変があった。タロット占いをしていた女生徒が気分が悪くなって保健室へ向かったというのだ。教室には暗い顔をした生徒が数人。そこへ黒いマントの田村さんが戻ってきた――。


「どうしたの。あらまあ、それは大変。私でよければ代役を務めるわ」


 生徒がざわめく。クラスメイトと一切のコミュニケーションを断絶していた彼女の言葉とも思えなかったからだ。しかし、名乗り出るからにはそれなりの裏付けがあるのだろう。


「いいえ、私タロットとかニンジン関係は苦手なの」


 キャロットだ。


「それでも田村家秘伝の宝珠占いがあるわ。ブースはどこ。竜崎君、補助をお願い」


「補助って……田村さん?」


 しかし人材不足のさなか、自主的に立候補した彼女に場は任せられた。僕は、こうなると薄暗闇の占いの館に似つかわしくない詰め襟の制服で、椅子に座る田村さんを斜め後ろでじっと見守ってるだけだ。



 一人目の客は早速現れた。三年の男子生徒だ。


「よくぞ参った。迷える子猫よ。何が訊きたい。僕、ミュージックスタート」


 黒い布を張った机の上で、彼女は大きく左右の手を揺り動かした。僕は彼女から預かったスマホで珍妙なSEを流し始める。


「あ、あの――。昼前に財布を失くしたんですが。どこにあるか分かりますか」


 占ってもらってる場合じゃない。しかし彼女は机の上にプラスチックケースを置く。なぜかたこ焼きだ。


「上段、右から二番目のたこ焼きを食べなさい」


「え……食べるんですか」


「食べるのです。ポイとひと口で。ささ、遠慮なさらず」


 男子生徒は半信半疑でたこ焼きに串を刺す。そして口へ放ると苦しみだした。


「おがっ! ぐっ!」


「あーっはっは。それ、わっさびー。分かりました。これより階段を五十四歩下へと下り、魅惑の甘い香りに誘われるがまま木陰を歩きなさい。そこには数多の失われし物の眠る棺があります。必ずやあなたの宝物は見つかるでしょう。はい、次」


 男子生徒はまだ悶絶しながら五百円硬貨を一枚置いてブースを出て行った。


「田村さん、あんな出まかせでいいの? 職員室に連絡した方が」


「大丈夫よ。ゲテモノクレープ屋の横に遺失物の預り所があるから。よほど悪意のある人間に拾われない限りはそこにあるの」


「はあ……」


 と、感心している間もなく次の相談者だ。



「迷える子ギツネ。なんなりと仰い」


 暗い顔で沈んだ空気を醸しているのは一年の女子生徒だ。その少女が言う。


「砂嵐のコンサートチケットが、どうしても取れないんです。オークションで見ても十万とかなってるし。どうしたら取れますか?」


 これはさすがに答えようがないと思っていると、田村さんは懐からペンライトを出した。それを意味もなく頭上で左右に振ると、


「午後二時半。体育館に向かいなさい。なるべく列の前へ。中央へ。あなたの心は少しなりとも満たされるでしょう。行きなさい。迷える子ギツネよ」


 少女は来た時と同じ顔で帰っていった。


「田村さん、今のはさすがに――」


「軽音部の演奏があるのよ。あの子は一年であまり知らないかも知れないけれど、ボーカルの三年生が砂嵐のリーダーに似てるの。遠くのアイドルより近くの先輩。きっと今日から彼女のベクトルはそちらへ向くわ。はい、次」



 感心している間もなく、次の客が入る。一般の男性客だ。大きなリュックを前に抱えて、見るからに不機嫌そうな顔をしている。


「何できるの? なんか占ってみてよ。占い師だったら言わなくても分かるでしょ」


「ふふふ。さもありなん。僕、ミュージックスタート」


 次の曲を選ぶと、いきなり聴き覚えのないアニソンぽい歌が流れ始めた。


「へえ、やるじゃん。『フィジカル・パンティ・ミココちゃん』とか。オタク、C級マニア?」


 男性が挑発するように笑って見せる。田村さんは、なぜかたこ焼きを頬張り始め、


「なんへいうか、おもひろくないわけね。れ、ここにきたと」


「だってさあ。高校生の学際とか、女子の制服姿、撮影したらもう終わりじゃん? 他に楽しいこととかなくて」


「西棟一階のメイドカフェには行きましたか」


「行ったけどさあ。やっぱ素人なんだよね。愛想が足りないっていうか? ま、それ含めて素人のよさとして捉えなきゃいけないんだけど。なんか物足りないよねえ」


 なんとなく贅沢なことを希望しているのは分かった。


 が、田村さんはたこ焼きを食べ終え、


「では、たこ焼き占い出ました。迷える子ダヌキよ、今一度、メイドカフェへお行きなさい」


「いや、もういいって。大体分かったから」


 田村さんはフードも振り乱して演説する。椅子から腰が浮いていた。


「いいえ、あなたはまだ真の『ハッピー・カフェ』を知らない。行くのです。そして一番人気の『チムニー』ちゃんを指名してこうオーダーしなさい。『アイスカフェラテに生クリームをトッピングしてきな粉あずき。あ、あずきダブルね』と」


 男性はしばし黙っていたが、急に何かを決意したように椅子を立った。そして、


「行ってくるよ。当たって砕けろだ――」


 テーブルへ千円札を叩きつけると、戦場へ向かう兵士のように去っていった。


「田村さん……今のって」


 彼女は乱れたフードを被り直し、


「隠語よ。合言葉とも言うわ。見事そのメイドのワードを当てれば、記念のチェキ撮影ができるの。きっと彼の、いちばんの成果になるわ。どう、竜崎君。リサーチの威力は」


「いや、恐れ入りました。ただ、最初の財布の人、たこ焼きの意味ってあったの?」


 彼女はペンライトを僕へかざして、


「ワサビ入りたこ焼きを食べた人のリアクションが見たかったのよ」


 笑みも見せずに答えた。



「ああ、まだ一日残ってるなんて面倒だわ」


 午後四時。占いから解放された彼女がひとつ伸びをした。


「でも、意外と楽しんでなかった?」


「ちっとも。それよりコンビニへ行かないかしら」


「コンビニ? なに買うの?」


 おなかでも空いたのかと思えば、


「屋上でコーラを飲みましょう。からあげさんも買って。もうフェンスの向こうへは行かないから」


「けど屋上――」


「開いているわ。垂れ幕だのなんだので開放してるから。行きましょう。秋の陽はつるべ落としよ」


 彼女が僕の手を取って走り出す。マントもそのままに。その姿こそが、僕にとってはいちばんの文化祭気分だった。

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