第21話 候補生
「田村さん、電話してきたよ。職員室にも――」
彼女は驚いたことにフェンスを挟んだだけの少女へ近づいていた。
「それで、今からあなたは何をするつもりなの」
「何って……死ぬんです! 他に方法がないんです!」
「死ぬしか方法がないだなんて。世の中には死ぬ以外の方法も溢れているわよ。例えば自分は死なずに誰かを殺すとか」
「私、知ってますよ……田村先輩……いつも自殺騒動ばっかり起こして、結局死ぬ勇気もない卑怯者。皆に心配して欲しくてかまって欲しくて、そうなんでしょ! 私、先輩と違いますから!」
「ええそうね。そのせいであなたが注目を浴びられないことを心苦しく思うわ。せめて夏休みが明けて始業式の日辺りを狙えばよかったのに」
「……!」
そこへ遅れて女性教師が二人。夏休み中の事務受付でもやっていたのか、普通のクラス担任だ。
「何してるんですか! 二人とも離れて! 二年生? どこのクラス?」
そのあと、馬鹿な真似は一人でたくさんよ、と舌打ちした。
「先生たち、ここは私にお任せを――先輩として助言を致したく思います」
すると教師も気づいたのか、
「あなた、三年の田村さん? まさかあなたが――」
「ご想像されたようなことは何もございません。偶然、この事態に出くわした限りです」
「いいから離れなさい! そんなことより鍵は、どうしてかかっていなかったのよ!」
もう一人男性教師がさっきから電話で話している。警察だろう。きっと『我々が駆けつけるまで刺激しないように』とかなんとか注意を受けているのだ。それを分かっている彼女は髪を掻き上げるように手を当てて遠くに耳を澄ましている。
「さすがね。もうやって来る。警察が先だけどレスキューも向かっているわ。きっとはしご車も」
女性教師が恐々と件の女生徒に近づく。
「あなた、落ち着いて。とにかくなんでもお話は聞くから。一度こちらへいらっしゃい。ね」
考えつく説得の言葉などそんなものだろうと、教師を責めるつもりはなかった。
が、そこでフェンスの向こうで大声が上がる。
「何してるんですかあっ!」
彼女が細い腕を金網に差し込んで手を伸ばしている。
「いえ、後押しをしてあげようと思って」
「へ、変なことしないでくださいっ!」
教師も思わず声を荒げる。
「田村さん刺激しないで! さっさとこっちへ来なさい!」
サイレンが校庭にまで聞こえてきた。野球部の練習が止まる。
屋上には無意味に五人の警官がやって来た。そしてやはり田村さんへ、
「とにかく君! そこ離れてこっちに来なさい!」
「いえ、先輩としてここは退けません」
彼女の腕はフェンスを突き抜けたままだ。もうターゲットは変更されて田村敦子だった。
「先生、あの子何なんですか。友達?」
警察ももう田村さんの存在は無視し始めたのか、なきもののような扱いでよく聞くような説得を始めた。下が騒がしい。時間稼ぎだった。
「もういいの! だってこんな騒ぎになったら、学校なんて通えない!」
「それが望みではなかったのかしら。どれだけの人が心配してくれるかという。けれど今あなたは、ここではどうだか知らないけれど、下ではパンダかコアラか放鳥されたトキだわ。誰もが珍しいものを見るために集まってるのよ。しかも飛ぶのを期待して」
「分かってるわよそんなのっ!」
「あーもうそこのコーラ持った女生徒! 君が先に離れて!」
よく分からない三つ巴だ。その間にも二人の警官が遠くのフェンスを乗り越えて少女の下へジリジリと回り込んでいる。
「はい! 救命マット用意! はしご車伸ばします!」
急に屋上が忙しくなった。きっとレスキューの準備が進んでいるのだ。そこで彼女が握っていたコーラを投げ出した。そして、
「一度、死んで来なさい――」
両腕を激しくフェンスへ突っ込んで、少女の身体を突き飛ばした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます