御面様の呪い 9

 スマホを向けたその画面の明るさで、そこにいる人たちの顔が白く照らされる。榎田さんが、「そんな専用スマホなんてものがあるんだ」と驚くと、良雄さんが「そういえば」と話を始めた。


「なんか、すご腕のIT企業の社長が友達とかで、遠隔操作で中の温度調整ができたりとか、異常を発見できたりとか、そういうのを導入してるって武山さんが自慢してたのを聞いたことあります」

「良雄くんのいうのが本当ならば、この状態をここではないところでも把握してるってことなのかな?」

「そう、かもしれませんよね。毎日ここに武山さんがいるわけじゃないし。あ、でもそういえば、その武山さんが言ってたITの人が一番ここを利用してるんじゃなかったかな、確か名前は……、ちょっと思い出せないけど、そんなこと聞いた気がしますね。僕もここができる前に何回か会ったことがあるんですけど、武山さんと違って感じのいい人でしたよ。へぇ、これがそのアプリか……」

「霧野さん、早速そのアプリでプールの場所を探してみてください」


「はい」と榎田さんに答え、館内案内のボタンを押すと、Nature’s villa KEIRYUの館内案内図がスタイリッシュなデザインで浮かび上がった。それはまるでギャラリーのフライヤーイベント案内チラシのようで、Nature’s villa KEIRYUが、いかに細部にわたってデザインにこだわっているのかがわかる。きっとこのアプリの開発をした人も、センスのある人なのだ。


 ——そんな場所で、こんなことが起きるだなんて。


 細くて立体的な線で描かれた館内マップのプールのある場所は、今いるエントランスのほぼ真下にあたる。経路的には、もう少し建物内を奥に進み、左に曲がったところにある階段を降りていくようだ。


「とりあえず、突き当たりの奥だね。じゃあ、美穂さんは僕とプールに向かおうか。良雄くんと霧野さんは待っててくれたらいいから」

「え? でもそれじゃあ——」

「霧野さん、見たら祟られる御面様の呪いがかかってるかもしれないんだよ。最低限の人数の方がいいに決まっているよ」

「でもそうしたら榎田さんだって——」

「今まで僕が御面様を探すために、どれくらい時間をかけてきたと思う? だから大丈夫だわ。美穂さんがもしも御面様の祟りにあってるならば、美穂さんの手で返そうとしていることが御面様にもわかった方がいいと、僕は思うんだよ。それに、さっき車の中で美穂さんから聞いた話だと、僕一人では背が届かない場所にあるようだからね」

「榎田さん、じゃあ僕が行きますよ」

「良雄くん、僕はおじいさんだけども、良雄くんと同じくらいの背だと思うよ。だから大丈夫だわ。それに、もしも僕に何かあったら、君がこのお嬢さんたちを守ってあげないと。猟銃は君が持ってるんだしね」

「でも——」

「僕は大丈夫だから」


 榎田さんと良雄さんが話している間も美穂ちゃんは体が疼くのか、私の腕につかまって身体を小刻みに揺らしているような気がした。その様子を肌で感じ、はやくなんとかしてあげたいと思っていると、良雄さんが榎田さんに「でも——」と、強めの声で抵抗するのが聞こえた。


「やっぱダメですよ、榎田さん。昨日の夜、こないだ腰やっちゃったって言ってたじゃないですか。僕が行きます。それで、見なければいいんですよ、お面を。それに猟銃だって襲われた時の護身用で、脅すために持ってきただけなんだから榎田さんが持ってたらいいんですよ。それでどうですか?」

「もう、本当に良雄くんは頑固なんだから。そんなに僕をおじいさんにしたいのかねぇ。しょうがない……。絶対に見ないと約束できるならば、僕は霧野さんと一緒に待っていることにするけども」


 榎田さんは渋々良雄さんの意見に従い、私と一緒に今いるラウンジで待つことになった。館内専用スマホを良雄さんに手渡しながら美穂ちゃんに声をかける。


「美穂ちゃん、大丈夫?」

「瑞希さん、私自分が行くしかないし、大丈夫です。良雄さん、本当にごめんなさい。私のせいで……、あの、絶対にお面を見ないでくださいね」

「うん。大丈夫だよ。ずっと下を向いて歩いていくし、それにほら、榎田さんに袋をもらったから。僕が美穂ちゃんを肩車して、美穂ちゃんがお面を壁から取り外す。その後でこの袋に取り外したお面を入れてくれたらいいってだけだし」


 良雄さんは大きく深呼吸してから「じゃあ」といい、美穂ちゃんを連れてプールに続く階段を降りていった。館内の案内経路によると、プールまでは短い階段を降りて廊下を進み、もう一度短い階段を降りて進むようだ。今いる場所のすぐ下にあると言っても、ただ階段を下りればいいだけじゃないことが不安に思えた。私がいなくて、美穂ちゃんは大丈夫だろうか。でも——


 良雄さんは頼れる人だと思った。博之さんの無残な遺体にブルーシートをかけてくれたり、祟りが自分に降りかかる可能性があっても、腰の悪い榎田さんを気遣ったりできる人なのだ。そういえば今日の朝、雷に打たれて亡くなった人がいると伝えた時も、ブルーシートを軽トラックに積んできてくれていた。山に住んでいると、そういう事故があれば村の皆で助け合うのが当たり前だと、そう言っていた良雄さんに嘘はなかった。


 ——武山さんと正反対。


 武山さんが木下さんにひどい扱いをしていたことを思い出す。いくら従業員だからとはいえ、武山さんの態度は酷かった。そういえば、武山さんは今どこにいるのだろうか、そして、大丈夫なのだろうか。


 ——二度と会いたくないけど、もしも武山さんも御面様に祟られていたら……、武山さんは今頃どうなってるんだろう。


 そんなことを思っていると、「僕たちはその辺に座って待っていましょうか」と榎田さんに声をかけられた。「そうですね」と答え、階段に近い場所で壁にもたれて腰を下ろす。真っ暗なセンターハウス、懐中電灯の明かりだけが辺りを照らしている。物が少ないだだっ広い空間、無機質な床に高そうな革張りのソファは、お洒落な高級リゾートというよりは、誰もいない夜の病院を思わせて、気味が悪かった。


「これでやっと——」と、榎田さんの声が隣から聞こえ、「え?」と私は聞き返した。



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