お客様と従業員、従業員がお客様。
屋台〈気まぐれ猫〉の営業2日目は相変わらずのスローなスタートです。
看板の
場所が良いので先程から屋台の前を通る人は多く、お隣のスープ屋さんには朝食を求めている人達で列が出来ています。
分かります、良い匂いですものね。
私のお昼御飯の分、ちゃんと残りますよね?
あ、冒険者さん!1人で3杯だなんて!?
「あの〜すいません?」
はっ!
本日最初のお客様のご来店です。
「いらっしゃいませ。〈気まぐれ猫〉へようこそ!」
そこに居たのは1人の少女。
10歳前後の女の子は、良く見かける一般的な町娘の様なカーキ色のスカートと薄めのブラウンのシャツを着ており、肩にかかる位の少しくすんだ癖毛の金髪が元気いっぱいで、碧と翠の神秘的なオッドアイが印象を強くしています。
「あ、あの、こちらは何屋さんですか?〈気まぐれ猫〉ってお店の名前しか分からなくて...」
あれ?屋台の前に張り紙してあるんですがね?.......ユルクって、ハンドクリーム無いの?あ、もしかして、美容関係の店が無いのかも。
「お客様、〈
本日は、〈天使の祝福〉というハンドクリームをご用意しております」
「ハンドクリーム、ですか?何ですか、それ?」
やはりハンドクリームは一般的では無いと。
まぁ、当たり前ですよね。手が荒れたら擦り潰した薬草やポーションですぐに治すくらいですから、日頃からのハンドケアなんて習慣は生まれないのでしょう。
「失礼な事をお伺いしますが、お客様は手荒れで嫌な思いをした経験はございますか?」
「手荒れ?冬の寒い時とか、お仕事でお洗濯や皿洗いしたりするとカサカサになります。酷い時はひび割れて血が出るので、その時は薬草を擦り潰して塗りますよ。ただ、あまりあの匂いが好きじゃないので普段はそのままです」
.....そうですよね、この位の歳なら、もう立派な労働力として働いている世界ですからね。
まだ小学生か中学生になったばかりの子供、という考え方自体がズレているのでしょうね。
「教えて頂きありがとうございます。それではお客様、宜しければ一度当店の〈天使の祝福〉を使ってハンドケアを体験してみませんか?」
「え!?体験ですか?私、そんなにお金持って無いのですけど...」
「勿論無料ですのでお気になさらず。
実は、私もこのハンドクリームをどうやってお客様方にお伝えしようかと悩んでいたのです。そこで、お客様にお手伝い頂けたらとても助かります」
「無料なら良いですが、ハンドケア?を体験したらそのハンドクリームを買わないといけないのですか?」
そうですよね、疑いたい気持ちも分かります。
そういう時は秘密兵器です。
「お買い上げは、気に入って頂けたらで結構ですよ。
どちらかと言うと私の実演販売の助手をして欲しいというお願いなので、終わった後で甘くて美味しい物をお給金代わりにご馳走様します」
「甘くて美味しい物!やります!やらせて下さい!」
女性は大好きですよね、甘い物。
「ありがとうございます。では、私、店主のアキサメといいます」
「私はルーチェっていいます!宜しくお願いします、アキサメさん!」
一気に警戒心が薄くなりましたね〜。歳相応の元気で明るい女の子ですね。
「少々お待ち下さいね」と言い、屋台の中でお湯を沸かしながら、店先に小さなテーブルとイスを用意する。沸いたお湯でミルクティーを作って、残りを小さな桶に入れます。
ルーチェにイスに座ってもらい、先ずはミルクティーを提供します。
「では、ルーチェさんと呼ばせて頂きますね。
先ずはミルクティーでも飲んでひと息入れましょう」
「ありがとうございます。......甘〜い!美味しい〜!」
ルーチェがミルクティーを飲む間、雑談をします。
ルーチェは孤児で年齢は、えぇ!16歳!?
ふむふむ、成程、〈ハーフエルフ〉だと。
親の顔は分からず、物心ついた時には孤児院にいて、身体的成長が遅い事でハーフエルフだと判明し、その
ユルクではハーフやオッドアイは少なからず居るが、あまり見かけない事もあり好奇な目で見られるらしい。
何故でしょうね、こんなに綺麗な瞳なのに。
孤児院は15歳までしか居れないので、今年の春に16歳となったルーチェは、宿屋で住み込みの仕事をしていて、今日はお休みとの事。
一応お給料をもらっているが、まだ新人で住み込みなので、毎月手元に残る金額は僅か。
休みの日に街をぶらぶらと散策していたところに、〈気まぐれ猫〉の看板が気になり、今に至ると。
なんか、胸がグッときますね...。〈生きる事に一生懸命〉。言葉にするのは容易ですが、簡単な事では無い筈です。目頭が熱くなりますよ。
「それで!昨日の賄いのレッドボアがすっごく美味しかったんですよ〜」
「そうなんですね〜.......ん?」
レッドボア?あれ?私が昨日食べたステーキの、レッドボア?宿屋で住み込み?ん?ありゃま、これはもしかして、
「ルーチェさんの勤め先ってもしかして、なごみ亭?」
「え?アキサメさん、何で分かったんですか!?」
「私、なごみ亭に滞在しているんですよ。昨夜の夕食がレッドボアのステーキだったのでもしかしたら、と思いまして」
「ウチのお客様だったんですね!私、この見た目のせいで客室の掃除とか雑事しか出来なくて、夜の営業の接客はやってないからお会いした事が無かったんですね〜」
まぁ、確かに見た目10歳の女の子を夜の酒場営業には出せませんね。
「なんとも偶然ですね。部屋を綺麗に掃除してもらったり、お世話になっています、ルーチェさん」
「いえ、今日はハンドケア体験をお世話になります、アキサメさん」
ペコリとお互いに頭を下げ合うと、お客様と従業員、従業員がお客様、何だか面白い出会いに思わず声を出して笑ってしまいました。
「あはははは!」
「うふふふふ!」
『この出会いが、後の秋雨の運命に大きな影響をもたらすのであった....。』
なんて一文が物語では入るタイミングでしょうかね?
あははは!一期一会は大事にしますが、私の運命は私のものです。
幸福で豊かな人生を歩こうが、不幸のどん底でもがき苦しもうが、私自身が決断した結果ならば受け入れます。勿論、自ら不幸な人生を送りたいとは思いませんが。
だから、しゃしゃり出てくるのはお断りですよ、
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