立花兄妹
兄は何かに愛された。
かつて立花が通っていた母校、市立川東中学校。
秋の日の放課後、三階建の校舎の廊下側の窓には、夕陽が横に差し込んで伸びていた。
その二階の廊下を昇降口に向かって、立花柚冬は俯きながら歩いていた。
足取りは少し重くみえる。
指定鞄を抱き締めながらそうやって歩く柚冬に、活発そうな女子生徒がダル絡みしながら話しかけてきた。
「かいちょ〜かいちょ〜聞いてくださいよぉ〜かいちょ〜」
「…だからもう会長じゃないですよ、澤村さん」
柚冬は今なお会長と呼ばれることがある。慕ってくれるのは嬉しいけど、あだ名っぽいのが少しイヤ。そんな心境で彼女に応えた。
「部員少ないからって、あの新会長予算削ってくるんですよぉ〜助けてくださいよぉ〜肩揉みしますからぁ〜かいちょ〜」
「…肩…揉み……揉み…」
柚冬の頭の中は、その一言で昨夜に飛んでしまった。
昨日は…すごかった。お風呂上がりに肩をトントンしていたら、有無を言わさず兄に揉まれた。見てくれていたことと、気遣いが嬉しかった反面、身体が熱くなったことが恥ずかしくて苦しくて俯いて耐えに耐えていた。
──隠し事ナシじゃなかった?
──どこか言わないとわからないよ?
なんてナチュラルに煽ってきたのだ。
よわよわ兄さんのくせに。生意気です。
柚冬は、そんな思考に捉われてしまい、耳まで真っ赤に染まった。そんな普段と様子の違う柚冬に、後輩の女子生徒、澤村が恐る恐る話しかける。
「…かいちょ…? 風邪…ですか? 顔真っ赤ですけど…お腹押さえて…痛いんですか?」
「い、いえ、何でもないわ! 予算の件…というよりまずは部員を募集しな、さ、い…」
おへその下付近。呪印がまたボロボロになっていくのが柚冬にはわかった。お母さんに描いてもらった強い呪いなのに。
柚冬は唇を噛み締めながら、ここにいない兄を恨む。
「だからそれができたら苦労しないんですって〜あ、加里華先輩! また占ってくださいよぉ! 部員が増えるか否か! または予算獲得できるかどうか!」
「おす〜澤村ちゃん。ちょっといまこの子参ってるからさ。今度にしてくんない?」
柚冬の従兄妹、漆間加里華は柚冬の肩に肘を置きながら、後輩澤村にそう言った。
◆
自宅に戻り、柚冬と加里華は共に紅茶を飲んでいた。母はもう仕事に出ていて、兄は最近入った部活が忙しいと言う。
「さっきは助かったよ…加里華ちゃん」
「良いって。清兄に…当てられたんでしょ?」
「…これ…見てください」
柚冬は自宅にも関わらず、キョロキョロと辺りを確認した後、制服の裾を捲って、お腹を加里華に見せた。
柚冬の小さなおへその下には、マネキュアみたいなピンクの塗料で、複雑な模様が描かれていた。柚冬の陶器みたいな生白い肌に負けないくらいの鮮やかさがある色だった。
そしてそれが至るところでひび割れ、断絶していた。
「おわっ! これナナさんのでしょ? メタメタじゃん…すご…」
加里華はテーブルの上に身を投げ出し、柚冬のお腹を覗き込む。柚冬は恥ずかしくて少し身じろぎしてしまう。
「そうなんです…どうしましょう。早めに見てもらった方が良いですよね…?」
柚冬は思い出す。
あの日、みーちゃんから手紙をもらった日。私の兄に何かが宿った。すぐさまお母さんに事情を説明し、描いてもらった。
それがただの肩揉みと懸想でこの有様だ。
私はわからないけど、お母さんなら割れ方からタイプを推測できるはず。
と言ってもあんまり帰ってこないんですよね…お母さん夜のお仕事忙しいし…
そのズタズタに破壊された呪印を見ながら加里華は口に手を添え感想を漏らす。
「だね。にしても…強力そうだね…」
「今日泊めてください。私、このままだと兄さん襲ってしまいそうで…」
柚冬は危機感から加里華にそう言って頼んだ。
あれは放射的で、暴力的。みーちゃんのとは違うタイプで厄介だ。好意に敏感すぎる。
私の願いを叶えようとしてくる。奪ってくれようとしてくれているのはわかった。でもよわよわ兄さんは優しいからそんなことはしない……それはそれでムカつきますね…
いえ、多分、兄はみーちゃんと同じ存在になったんだと思う。
ただ、あの眼帯で抑制されていたからまだ助かった。多分他の魔女だと思うけど…あんな強力なのをあそこまで防げるなんて…
みーちゃんの対抗馬なら応援しますけど、相手は天才ですし……あの愛に勝てるや否や。
そんなことを考える柚冬を前に加里華は茶化すように言う。
「あー、それはまずいね。ミミ姉の餌食だ」
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