僕はつまり大変だった。

 大島さんは目に見えて不機嫌だった。



「ふーん。そっかそっかー。へー。ほー。ふーん」


「……」



 笑顔だけど、笑ってない顔だ。


 こめかみがブルってる。


 放課後相談したいと大島さんにメッセを送ると屋上へ呼び出された。


 ボランティア部の前の廊下は、秋の市立大会に向けて練習したい吹奏楽部が大勢で占拠しているという。だから屋上にしましょと言っていた。


 相談内容は伝えてあった。


 昨日から続くこの不思議の憶測と考察も。



 しかし…さっきから不機嫌なのは自分のプランが潰されたからだろうか。


 拳を手のひらにパシンパシンしてるんだけど。



「なんでだろーなーなんでだろーなー」


「そのさ、なんて言っていいのか…ごめん」



 何か僕にあたる材料ってあったっけ。軽い調子だけど、どこかネチッと聞こえてくる。


 それとも悔しさからの八つ当たりだろうか。


 謝るのも何か違うと思うけど、それ以外思いつかない。



「いーんだよ? 立花くんは悪くないよ? でも話を聞く限りつまり妹に恋をした、であってるよね?」


「いや、全然違う。書いたよね。目がズキンとしてからって」



 何言ってんだこの人…


 一応覚えてる範囲のことは全て伝えてあった。頭に数字が生えた瞬間のことも。ただバスタオルが落ちたことは言ってない。というか迷っている。


 ちなみに大島さんの数字は070だ。



「妹さん可愛い?」


「…いや…可愛い…けど」



 それは可愛いよ。流石にあんなにお世話してくれる柚冬を可愛くないとは言えない。


 それにそれを抜きにして、あくまで妹じゃないとしても、顔は母に似て美人なんだし可愛い。



「ふーん。そっかそっか。つまり私の魔術は兄妹の実らない禁断で背徳で悪徳で反道徳で不道徳な恋によって破られた、であってるよね?」


「いやだから違うよ。ないない。全然違うよ」



 この人はさっきから何を言ってるんだ。


 どうもそっちにしたい風だ。


 確かにマクラメブレスレットは、いつの間にか千切れて消し炭になっていた。



「アンチモラルな恋や愛は歴史や世の中見渡せばいくらでも。つまりありふれたもの。立花君も気にしなくて良いんだよ? ほら素直な気持ちで妹さんを想像して。例えばその時お風呂上がりでバスタオルとかはだけちゃったりして」


「ち、違う、違う…!」



 見事に当ててくるな…!


 言わないでいたのはコレだ。妹に恋をしたと思われたくない。そんな感情は今のところない。ないのに疑われるのは何か嫌だ


 それにあまり言われるとそうなのかなと思ってしまいそうで嫌だ。



「付き合いで言うと15年? くらい? そりゃあ並みの幼馴染でも彼女でも追いつけないよね。お兄ちゃんから兄さんへだっけ? へー。変わった時に何かなかった? 無いって断言できる?」


「…何か…そんな気がしてき……いや違う違う。ないない。妹に恋なんてしていない」



 圧がすごい。

 冤罪を認めたい気分になる。



「むー。なら私の魔術が卵アイスに負けたって言うわけ?」


「…そっちかも…? むしろそっちのが嬉しい」



「私の、魔術が、たかが、卵アイス、ごときに…?」


「待って待って。卵アイスは推しーツだ。ごとき呼ばわりは許さ、な…い、です」


「ふんっ」



 睨まれたよ。魔女に。怖いよ。


 今の推しスウィーツ、略して推しーツは卵アイスだ。駄菓子屋で出会った一品だ。


 既に三つ消化している。


 最後の固まりが喉に飛び込んでくる瞬間が特に良い。


 そういえばあのサクレをいつの間に飽きたんだろうか…たしか柄本さんがいて…フラフラしていて…



「私知ってるんだから。飽きたら捨てるんでしょ? もう見向きもしなくなるんでしょ? 最初はあんなにも情熱的だったのに」


「言い方に何か悪意を感じる…それお菓子だからね?」



 僕の偏食癖言うんじゃなかった…!


 しかし、どこからでも噛み付くな。



「結局一途なのは最初だけ。食べた時が100点であとは下がるだけ。熱心なラブコールも冷めたら途端に手のひら返し。あっちは食べて食べてって顔してるのに、見て見ぬふりで、もう次のやつを夢中に食べる。でしょ?」


「だいたい合ってる…! でもそれお菓子だからね?」


「ふんっ」



 この人、相当悔しかったんだろうな。





「んー。原因がわからないわね。それより元カノのこと本当に記憶にないの? 玲奈も? そもそも私がこの写真を見せたから私達は話すようになったんだよ?」


「違和感とか不自然さとか全然感じないんだ。聞いてると僕がおかしいってわかるんだけど…」



 大輝ガールズは知っている。というか親友の彼女達だ。一夫多妻かって驚いた…と思う。


 そこは自信がない。



「…記憶…いや思い出ね。それを消されたか…食べられた…? あとは数字と矢印か…でも魔眼にそんなのなかったと思うけど…しかも話すだけで告白なんて力…しかも左目だけに…? レア過ぎてわからないわ。もしかして違う魔眼とか…? ちなみに吉木君と原さん? その二人はどうなったの?」


「なんか…修羅場みたいになってた」



 あの後、吉木君と原さんは手を繋いで教室に戻ってきた。


 しかし、そこに待ったをかけた早川さん。


 吉木君を嫉妬させるために一時的に佐野君と付き合ったと、おっきな声で言った。


 教室はざわざわと燃えた。


 佐野君はそれに焼かれ灰になった。


 そりゃないよと早川さんに非難ゴーゴー。


 吉木君と原さんは戸惑っていた。


 そして僕が一番戸惑った。


 流石に罪悪感がすごい。しかし、なんでそんなややこしいことするんだよと僕は心の中で早川さんに文句を言っていた。


 吉木君に焚きつけてごめんと言えば、070の笑顔をくれた。原さんもだ。


 019まで落ちた早川さんは絶対奪ってやる〜と言って走って出て行った。


 そして落ち込んだ佐野君を見ていられず、別クラから佐野君に伸びていた矢印の元に向かった。


 女の子の名前を確認すると、大勢の男子に励まされている佐野君にその子のことを柔らかく伝えた。



『行ってくる! サンキュー立花!』


『え、あ、ちょっと佐野君!?』



 彼はダッシュで出ていった。


 今回は割とマイルドに伝えたのに…さっきと一緒で、いきなりサビでクライマックス、爆発ばかりの恋だ。


 スピード感半端ない。


 もう少し失恋の戸惑いとか恋のイントロとかないのかと呆気に取られた。


 昼休憩ギリギリにやっぱりダッシュで帰ってきた佐野君が見せた数字は070だった。綺麗なサムズアップを僕にキメてくれた。


 しかし、ホッとした僕にまたもや冷たい視線が突き刺さってきた。


 今度は窓際のメカクレ女子、足立さんの数字と矢印が…ってさっきまでなかったじゃん! という具合に連鎖するので疲れてもう嫌になった。


 それからは、放課後まで机から顔を上げてない。


 そこまで一気に話すと、少し考えた大島さんは軽い調子で僕に言ってきた。



「永続かどうかはわからないか…生命力も減った感じないし…明日も見てみましょ。それより、ちょっとだけ試してもらっていい?」


「いいけど、何を…? いや封印は…?」



 彼女は笑顔で拳をパシンパシンさせながら、こう言った。



「えっと…告白、してみてくれないかな…?」



 夕暮れに染まる彼女の可愛らしい声を乗せた言葉と行動が合ってない。


 伸びた影だけ見れば完全にカツアゲだ。



「いいでしょ? 対策は完璧だから。ね? ふふ」


「ぇ……あ、ああ、いや、それより先に封印の話をしよ──」



「何? 西方の魔女の力、舐めてるの…?」


「ヒェ! わ、わかった…するよ、してみるよ…でも封印も忘れないで…欲しいなって…あはは…」



 正直、SAY hoo!って言いたい。


 スベっていいから茶化したい。


 殴っていいから告りたくない。


 西か東か知らないけど、やっぱ超悔しかったんだな、この人。

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