俺の周りがおかしいぞ。

 放課後、電車に乗りながら気だるさと重い頭、それを無理矢理に起こしてスマホをいじる。


 今日は昨日より落差を感じなかった。


 それでも頭と身体が疲れていた。だが、それより何より奴隷達をコントロールできないことにイラついてくる。



「有紀も…桐花もか…」



 ついに五人。


 霧島桐花きりしま きりか湯原有紀ゆばら ゆき蜷川にながわニーナ、木暮京子きぐれ きょうこ玲堂玲奈れいどう れな。半数を超えて沈黙した。


 流石におかしい。


 だが、体調不良から考えるのが億劫になる。


 今日も鉛のように身体が重いが、少し慣れてきた。


 元々動きを最適化することは得意だ。


 サッカーではいろいろなポジションをこなせることを目指していたからだ。ただ、ゴールキーパーだけはやりたくない。


 俺は突き刺す側だ。


 部活ではここ最近後輩にやられっぱなしだが、今までの蓄積と実績がある。10月の市立大会ではちゃんとレギュラーだろ。


 問題は体力だな…


 テストも何か朦朧としたせいで落とした。

先生にはフォローしたし、大丈夫だろ。


 まあ、今日は大事を取って部活は切り上げ、先に上がった。


 

 駅の階段が鬱陶しい。


 人ゴミが鬱陶しい。


 改札を出て大型スーパーの近くに差し掛かった時に、不意につまずいた。


 流石にコケはしない。


 

「くそ、点字ブロックに躓くなんて…あん?」

 


 顔を上げると、そこで清春を見かけた。


 …チャリだと? しかも妹を乗せて?


 あの見た目は普通、だが超虚弱な清春が?


 二人乗り…だと…?…


 しかも、涼しい顔して…


 呆気に取られて、声が出なかった。


 暫く立ち尽くしていた。


 なんだ。


 なんだ、この言いようのない不安と違和感は。



「…まさか…まさか、清春を助けてんのか、理不尽は」



 この体調不良は、清春とバランスしてんのか?


 ダブルボランチみたいにか?


 いや、そんなのあり得ないだろ。


 契約者は俺だぞ。


 だが、清春は楽しそうな笑顔だった。


 あんなの…いつ以来だ…もしかして俺の中の良心が、助けたいなんて思ったのか。


 ああ、そうか。楽しそうなら絶望した時が美味しいのか。


 何せ八人、八回の裏切りだ。


 クールダウンか。


 やるな、理不尽。


 そんな事を考えながら歩き、見かけたコンビニのトイレに入り、スクールバッグから黒い木箱を取り出す。


 よくわからない彫刻が施された四角く平たい箱だ。


 躊躇していたが、一応確認した方がいいか。


 「ここに居んのか? 理不尽」



 木箱を開け、酸化し黒く燻んだ銀製の縁の小さな手鏡を取り出す。


 かなりのアンティークで、決してブロカントじゃない。


 鏡の部分は相変わらず白く曇ったように濁っていて、何も映さない。


 いつもと…見た目は変わってないように見える。やはり何もないか。


 これは絵子と清春とで昔入った廃墟にあったものだ。


 俺の目の前でいちゃつきやがってよぉ。ぶっ殺そうかと思っていたら、呼ばれた。


 こいつに俺は呼ばれたから願った。


 理不尽に願ったんだ。



「考え過ぎか…。あん? 玲奈から…なんだ? 体調が悪かった? おいおい妊娠は……ないか、それは。インフルエンザだって? ならあいつらもそうかもな…」



 手鏡を丁寧にしまい、スマホの画面を見て、少しホッとした。


 妊娠なんて、自分のブランドを落とす真似はしねぇ。俺の予定は理不尽の解放。清春だけじゃなく他の男からでも寝取るためだ。


 でもやっぱり清春がいねえとイケねぇのかどうも不安になるな。


 まあ死ぬまで一緒にいてやればいいか。


 親友だしな。


 ならこの最近の鬱屈を玲奈で晴らすのもありか。



「くはは。何? ニーナのマンションか。段取りいいじゃねぇか。病み上がりだってのによぉ」



 続けて送られてきたメッセには、早く来て欲しいと書いていた。


 やっぱり清春にリモートさせながら犯すか。


 違うの違うののソロデビューってやつを、させてやろうか。





 その時、須藤の鞄の中の手鏡は、僅かに震えた。


 白く濁っていた鏡面はゆっくりと輝きを取り戻していき、真ん中に亀裂が入り始めていた。


 ひび割れは、徐々に大きくなっていった。


 それは、まるで蜘蛛の巣のような模様だった。


 ついに鏡面全てにひびが入り、ぱりんと、小さな音を立てて砕け散った。


 そしてそれは、立花が幼馴染からもらった手紙を開けたのと、奇しくも同じタイミングだった。


 それから数刻後、二つの超常が、同時に目覚め、産声を上げた。


 ハローワールド!


 その二つは目的を持って空間を飛んでいった。


 風呂上がりに一緒に食べるはずだった卵アイスを、先にちゅーちゅーと吸っていたため、バスタオル姿の妹に怒られている男の子の元へ、飛んだ。


 そして、その瞬間、ハラリとバスタオルが下に落ちた。


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