第39話 流星群の幻惑

「だから何やっちゅうねん」

「そんなのもう関係ないから」


 予測どおりの返事だった。


「私は私の責任でこの仕事を引き受けたの。今さら退くことなんてできない」

「当然やな。それにねろとるモンが一緒なら、なおさらここで白黒つけるんがスジっちゅう話や。自分はにぃやんにどやされる準備でもしとき」


 みお永和ヨンホァ、敵ながら見事に意見が一致していた。


「まぁ、こうなるわな」


 ヨンティンは悟りきった表情であぐらをかいた。共感はできる。だがけんは彼ほどにすんなりとは割り切れない。


「永定くんは、お姉さんのこと心配じゃないの?」

「何やァ? アネキが負けるとでも言いたいんか?」

「そういうわけじゃ……でも……そうだね」

「お互い信じるよりしゃあないやろ。最後まで見届けようや、献坊」

(武人同士の勝負に水を差すのも無粋……か)


 澪と永和の戦いは激しさを増していた。にもかかわらず、双方とも目立った外傷はない。霊質の鎧――〈霊甲シェル〉によって身を守っているためだ。


「〈貫刺かんざし〉!」

「……チッ!」


 現に、澪の平突きが永和の腕を掠めるも、出血は免れている。強靭な意思の力で刃を到達させまいとしているのだ。


「太刀筋が鈍っとるな。しんどなってきとんちゃうか?」

「あなたこそ、さっきから回りくどい手ばっかり……そんなに私が怖いの?」


 瞬間的に見れば両者の実力は拮抗して見えた。しかし長期戦がもたらす疲労の蓄積は確実に勝敗の天秤を傾かせる。


「嬢ちゃん、息上がっとんで」

「…………」


 横殴りの回転と直線投擲が左右入れ替わりながら澪を襲い続ける。その中で時折、急角度で変化する攻撃が入り交じる。これへの対処が澪を無駄に動き回らせていた。


 献慈はじっと流星錘の動きを追った。


(避けた方向へ追いかけるように変化する……内功の妙技が厄介だ。これさえどうにかできれば……)

「アネキ遊びすぎやな。ちゃっちゃと勝負決めに行きゃええんや」

(手加減している……のか? 確かに、軌道を連続で変化させられたらひとたまりもない…………いや、待てよ。連続……!)

「献坊、思い詰めるのもわかるけどやな――」


 永定を振り切り、献慈は戦いの場へ向けて声を張り上げる。


「澪姉! 流星錘の軌道は一度しか……――っ!?」


 鈍い痛みが声を塞ぐ。背後から投げつけられた剣の柄頭が献慈の唖穴を突いていた。


(あんだけ外してたくせして、ここぞって時に……!)

「悪いな、献坊――――アネキ! 行ったれ!」


 弟の声援が影響したのか、永和はより一層攻勢を強めた。


「そろそろ終わらしたる」

「こっちの……台詞……!」


 当て無き闇空を飛び交う流星群の幻惑を、澪は強き意志の刃で払いのけなければならない。

 切っ先を翻して牽制し、峰で弾き返し、わずかな隙間へと身を躍らせ活路を切り開く。

 そしてたどり着いた先は、


「残念やが――詰みやね」


 行き止まりだった。狡猾に誘い込まれたねぐらの奥には、鎌首をもたげた双頭の毒蛇が待ち受ける。

 左右から飛来する流星錘は回避不可能な間合いとタイミングであった。


「こう来ると……思って、た……っ……」


 だから、避けなかった。体当たりで止めた流星錘のワイヤー同士を、澪は一つに絡みつかせる。


「……何のつもりや」

「二つを相手するより、こうしてまとめたほうが楽でしょ」


 したり顔の頬を汗が伝う。急所を外したとはいえダメージは軽くないはずだが、澪の瞳はいまだ気概に満ち満ちていた。


「そいで、こっから力比べでもしよゆうん?」

「お望みならそうしてあげる」


 澪はぐいと綱を引いてみせるが案の定、片手ではびくともしない。


(澪姉……これは……)


 献慈は天を仰いだ。

 薄曇りの空に永和の高らかな笑い声が響き渡る。


「ハハハッ! アホやな……自分から流星錘の重りになりよった!」


 永和は腰を落とし両腕で、否、全身でその「重り」を高みへと打ち上げる。


(……決着だ)


 宙を舞いながらも、澪は眼下の敵へ刃を定める。今にも太刀風が唸りを上げようという間際であった。


「それは読めとる」


 ワイヤーを伝う内勁が、澪を逆向きに方向転換させた。


(そう。これで『一回』)

「奇遇ね――」


 澪は何食わぬ顔で、空へ向け〈とりえびら〉を投射する。その反動が、狙いどおり彼女を永和のもとへ急降下させていた。


「な……ッ……!」


 振り向きざまに返す刀で峰打ち――飛剣・〈ちょう元坊げんぼう〉が永和の鎖骨を打ち砕く。


「――私も読めてたの」


 地に伏した敗者を冷たく見下ろし、澪はその首元へ切っ先を突きつけた。

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