第37話 双頭蛇

 仕切り直しに持ち込めたのは儲けものだ。けんは急ぎ、倒れたみおのもとへ駆けつける。


「澪姉! ダメージは……」

「左ぁ……動かぁ、い」

「(点穴か……)すぐに治すよ」


 〈ペインキル〉で澪の身体から麻痺を取り去る。確かに点穴は厄介だが、気がかりがもう一つある。


「……ありがと。ごめんね、油断しちゃった」

「いや……さっきの流星錘の軌道、明らかにおかしかった」

「うん。あの女、かなりの内功の使い手だと思う」


 〈投射プロジェクション〉が「外側」へ力を撃ち出す技であるのとは逆に、内功は「内側」における力の流れをコントロールする技だ。


「そっか。やっぱり――」


 二人の会話を遮る、頭上からの声。


ボン治癒術士ヒーラーやってんなぁ。こら見くびっとったわ」


 女が献慈の背後に降り立った瞬間、澪はかばうよう前へ飛び出していた。

 同時に、献慈も澪を守ろうと動いたのが裏目に出た。


「あぃたっ!」「フガッ!?」

「仲のええこっちゃな」


 ぶつかりもつれ合うふたりから、不意に献慈だけが引き剥がされた。手足に絡みついたワイヤーがその身を空中へ放り出す。


(身動きが取れな……っ……取れる、ッ!?)


 どうにか受け身を取るも、背中と地面との間で炸裂音が弾けた。鼻をつく火薬の匂いは、いつの間にか仕掛けられていた爆竹の存在を知らせていた。


(嫌がらせ……じゃない、これは――)

「献慈! 下!」


 澪の警告が飛ぶ。地面の揺れを察知した献慈は、考えるより先にその場から逃れるよう転がり起きていた。

 その直後、


「そこやあァ――ッ!!」


 噴き上がる砂柱とともに華々しく蹴りを打ち上げた人影は、


「――ぁがっ!!」


 あえなく墜落。倒れたままぴくりとも動かない。


(えっ!? 死んだ……!?)

「……っつぅ~、しくったわ」

(よかった、生きて……いや、よくはない!)


 降り注いだ砂を乱暴に振り払い、その人物はすくと立ち上がる。


「アネキぃ、待たしたなぁ」

「何してんねや、ヨンティン

「ちゃんと合図どおり奇襲かけてんけどな」


 献慈と同年代ほどの小柄な少年。特徴的な形の帽子と黄色を基調とした身なりには既視感がある。


(この服装……あれだ、キョンシーやっつける人!)


 央土で信仰される龍道ロンタオの道士であった。


「まぁええ。そっちの坊に回復されると面倒や。抑えといて」


 女は命令に近い調子で永定に要求する。


「コイツでええんか? そっちのオネエチャンは……」

「この嬢ちゃんは自分や敵わへん。ウチが相手する」

「何やて!? 〝双頭蛇〟孟永和モンヨンホァとタメ張るなんぞ一体何モンや」


 永定は姉――永和と澪とを見比べながら、存在感のある眉をひそめた。


「わからん……からこそ慎重に戦わな」

「はぁ……たしかに別嬪やし強そやけど、ウチのアネキのが上やな」


 永定にとっては何気ないつぶやきだったのかもしれない。

 だが、献慈からすれば聞き捨てならない言い草である。


「いやいや! 澪姉のほうが強いしカッコいいから!」

「あァ!? アネキのが色っぽかってチチもデカいやろがい!」

「クッ……澪姉のほうが、おし……お、大きいし!」

「タッパはまぁ、そやな……けど、アネキなんか裁縫も料理も上手いで!」

「澪姉だって料理ぐらい! 作るのも食べるのも得意だし!」

「何やそれ! アネキなぁ、めっちゃモテんねんぞ!」

「澪姉は子どもとかお年寄りにも好かれるし!」

「あ、アネキかて優しい……ときもあんで! たまにやけど!」

「澪姉はいつも優しいよ!」

「何やとォ!? そら羨ましいなぁ! ――ぐぇッ!!」


 尻に流星錘をぶつけられ、永定は転倒した。


「はよ戦えや」

「は、はい……しゃあない。アニキ戻るまでにサクッと片づけたるわ」

(アニキだって? ほかにも仲間がいるのか)


 献慈が深く考えるよりも先に、永定は背負った軟剣を抜き放つ。細身でよくしなる剣身が特徴の、央土産の武器である。


「お互い烈士同士、どっちが倒されても恨みっこなしやぞ」

「あぁ……え? 烈士?」

「おぅ、どないした?」

(カミーユの話じゃ寄せ集めの賊だったはず……そうだ)


 目を凝らして姉弟の手元を見やれば、戒指リングの形がくっきりと透けている。


(二人とも烈士だったのか! 道理で強いはずだ)


 報酬は腕ずくで奪い取るのが烈士の流儀だ。すでに交戦状態とあっては申し開きが立つかどうかもわからない。


 ――烈士が民間人に何かを強要したり、ましてや暴力を振るうのはご法度ですし――。


 ライナーは言っていたが、こちらにも協力を引き受けた義理はある。

 そしてそれ以上の理由も、また。


「献慈! もし敵わないようなら無理せず降参して!」

「俺は……退かない――!」


 ここで踏みとどまれぬようでは、この先も澪を守ることなどできはしないのだ。

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