第42話 なかなか世知辛い

 珈琲こーひーどころ冠家かんむりや〟――ナコイ市内の喫茶店だ。

 四人が座るテーブルの中央に、細長い宝箱が陣取っている。


「……で、誰かこれ、要る?」


 ミルクティーをすする傍ら、カミーユが皆へ問いかけた。


「…………」

「箱だけもらっても……正直かさばるし」

「そんなのわかってるよぅ! でもぉ、あたしらだってこんなのぉ……要らないよぅ!」

「まぁ、少し落ち着きましょう。カミーユ」


 ライナーは紅茶に唇をつけるも顔を歪め、すぐにカップを置いた。


「熱っ……このまま質屋にでも持って行くほかはありませんね」


 箱の中には文鎮が数個、それと墨で文字が書かれた紙切れが一枚、無造作に置かれている。

 しわくちゃになった紙の表面には、かん字でこう記されていた――


翠兵スイヘイは頂いた モン三兄弟〟




  *




「やられた~! アイツら中身すり替えてやがったんだ!」


 そう滑りの丘にカミーユの声がこだました。

 ひっくり返された箱の中から、重さを偽装する文鎮とともに、紙切れが転がり出る。


「これは……何か書かれているようですね」

「どうでもいいよ! っつーか読めねーしっ!」


 カミーユはライナーから奪い取った髪をくしゃくしゃに丸め放り投げた。それはけんの頭に当たり、足下へ落下する。

 拾い上げたそれを、何となしに広げてみた。


「〝ヒスイヘイ〟……って、何のことだろう?」

「あ。読めるんだ?」


 カミーユたちは献慈の識字能力〈リテラル・トリックアイ〉の存在を知らない。


「ん、まぁ……一応は」

「でもヒスイって、あれでしょ? おとぎ話とかに出てくる宝石の」

「おとぎ話?」

「どうかした?」


 カミーユは顔色の変化を鋭く見抜いてくる。


「(この世界だと架空の鉱物になるのか……)いや、そういう名前のお宝なのかなー、と思ってさ」


 幸いライナーには気取られていないようだ。


「翡翠兵というのは央土に実在する宝剣ですよ。王朝交代の混乱時に行方知れずになったと聞いていましたが……」

「あの兄弟の目的がそれだったってわけか。貴重な剣には違いないだろうけど、ウチら的にはハズレだなー」

「仕方ありません。切り替えてもう一つの線に的を絞るとしましょう」


 ここまで来れば献慈にも話の流れが見えてくる。


「ライナーさんたちが探してる『宝』って、剣だったんですね」

「ええ。ここだけの話――ドナーシュタール、と言えばおわかりでしょう」


 古の叙事詩に始まる宿酒場でのやり取りは記憶に新しい。


那梨陀なりだの霊剣……元はイムガイの英雄が使っていたという」

「その国宝がやはり行方知れずでして。僕たちは探索のため各国に派遣されたチームの一つというわけです」

「それじゃ、任務は失敗になってしまうんですか?」

「いえいえ。こちらはハズレでしたが、もう一つの線が残っています」


 冷静なライナーとは対照的に、カミーユが渋い表情を見せる。


「つっても、わざわざ後回しにするぐらい大雑把な線だけどなー」

「ともかく、おふたりへの報酬はきちんと支払いますのでご安心を。賊も全員拘束してあります。奉行所へ引き渡せば報奨金もあるでしょう」

「それに、奴らが貯め込んでた金品も頂いておいたからね~」


 下卑た笑いを浮かべるカミーユの横で、シルフィードが革袋をジャラジャラとお手玉してみせる。


「それはいいんだけど……みお姉?」

「……えっ? うん……ところで最初に私が聞いた物音なんだけど」


 姉弟との接触より前、地中を通り過ぎる音を澪が聞いていたのを、献慈は思い出した。




  *




「あらかじめ箱の中身だけを移送していたとは……」

「あの黄色いヤツが〈土遁〉の使い手だっけ? 初めから妨害を想定して動いてたってことだよね。腹立つなー」


 ライナーは椅子の背もたれに身を預け、カミーユはテーブルへと突っ伏して、それぞれに出し抜かれた悔しさを滲ませていた。


 結果として目的の剣ではなかったにせよ、三兄弟の動きを察知できていなかったのは事実だ。あまつさえ、賊を引きつける囮に利用された節すらあるのだから当然だろう。


「等級さえ僕たちと変わらないはずですが、さすが央土の烈士といったところです」

「その……等級というのは? 今さらかもしれませんが」


 献慈の問いを受けて、ライナーはおもむろに左手を掲げた。


「まずはお見せしましょう――カミーユ」

「へーい」


 カミーユも左手を上げ、中指に嵌った指輪同士を打ち合わせる。それぞれの表面に緑と黄色の光が揺らめくのと同時に、澄んだ音色が発せられた。


(長二度音程……CとDか)

「指輪は等級によって色分けされています。見習いである六等は赤、続く五等は橙色オレンジといった風に」


 烈士は単純な腕っぷしだけでなく、依頼への取り組みや態度も含めた総合的な仕事ぶりでランク分けされる。

 そのうち一番下の六等から一応の頂点となる一等までが「一般烈士」だ。


「僕たちの属する三等・四等は数も多く、個々の力量差に最も幅がある等級といえます。漫然と仕事を続けているだけでは埋もれてしまいかねません。それゆえ――」

「今回の件もちゃっちゃと片づて有能アピールするつもりだったんだけどね……ったく、ちゃんとした情報よこせってんだよなー、依頼主さんよォ~」


 不平を漏らすカミーユを尻目に、ライナーはゆったりと紅茶を味わう。すでに彼以外のカップは空っぽだ。


(ダラダラと留年ってわけにいかないのは烈士も同じか……こっちもこっちでなかなか世知辛いな)

「案外地味な話でしょう?」

「いえ、そういうわけでは。単純な強さだけで評価しないところとか、意外と……と言っては失礼ですけど、きちんとしてるんだなぁって」

「そうですねぇ……過去には一等をも凌ぐ実力を持ちながら、素行の悪さが響いて万年二等止まりだったなんて例もありま――」


 ライナーがそこまで話した時、


「ぐっ……ごほっ、ごほっ……ん、んっ……」


 黙々とせんべいをかじっていた澪が、急に激しく咳込み出した。


「だっ、大丈夫!? これ……ゆっくり飲んで!」


 献慈から水の入ったグラスを受け取り、澪は事無きを得た。だが「ありがと」と小さくつぶやいたきり、ばつが悪そうにすぐそっぽを向いてしまう。


「(まだ機嫌直ってないのか……)しかし『一等をも凌ぐ実力』ってことは、その上にも等級が続いてるんですか?」

「僕たち一般烈士とは一線を画する『上級烈士』が存在します。ですがいかんせん話も長くなりそうですし、また別の機会にでもいたしましょう」

「別の機会って、あたしらケンジたちとは今日いっぱいでお別れじゃん?」


 身も蓋もないカミーユの発言で一瞬、場が静かになる。


「……お二人はこのままイムガイ各地を回られるんですよね?」

「そのつもりです」

「物見遊山がてら地道に聞き込みでもするよ。だからその前に――この邪魔な箱、処分して来よっか?」

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