第三章 異郷にて姉想う
第36話 メリハリのある肢体
ナコイの南西に位置する〝
目的の場所はその丘の上にあった。かつて過激な教義を説く教団〝
「この仕事終わったら何食べよっかなー……港通りで見たあいすくりんとか、ちょっと気になってるんだよねー」
木陰に身を隠しながら、
(緊張感……どこ行った?)
「ねえ、献慈は何が食べたい? デザート。甘味とか甘いものとか。お菓子でもいいよ」
「強いて言うなら洋菓子とか? 最近食べてないし」
「そっかー。私もね、ちょこれーとっていうの一度食べてみたいんだよねー。都会の高級なお店には売ってるらしいんだー」
「チョコレート……」
その単語が献慈の脳裏によみがえらせたのは毎年恒例、暗黒の二月十四日の思い出であった。唯一の光は中三の時、
「どうしたの? 献慈、ちょこれーとに嫌な思い出でもあるの?」
その勘の鋭さが、今は恨めしい。
「ううん、その……人生いろいろ、チョコもいろいろ、みたいな」
「ちょこもいろいろあるの~?」
「(うっ……何て純粋な眼差し!)えっと、何だったかな……が、ガトーショコラとか、ザッハトルテとかブラウニー……ガナッシュケーキなんかもいいかもね」
「け~きぃ!?」
「あ、いや……この世界に似たようなのあるかどうかわからないけどさ」
「ちょこれーとの……けーき……」
「…………。いつか大きい町に着いたら探してみよっか?」
「うんっ! 一緒に食べようねっ!」
屈託ない笑みを目の前に、献慈は自分たちが置かれている状況を忘れそうになる。
雑談を続けながらも、ふたりの視界は常にある一点をカバーしていた。
(先にやって来るのはカミーユたちか、それとも……)
崩れ落ちた城壁のそばに瓦礫が積まれている。この近辺へと通じる抜け道の存在をシルフィードが確認済みであった。
手筈どおりならば、地下をアジトにする賊どもをカミーユたちが制圧している頃合いだが――
「――シッ」
にわかに澪が動く。地面に立てた刀の柄に耳を当てじっとしていたかと思うと、首を横に振った。
「……通り過ぎた」
「地面の下に何か――っ……!?」
破壊音とともに瓦礫が辺りに飛び散る。同時に澪が抜刀、前進を開始していた。
「あ、ど、ど、どうしよう!?」
「献慈は私の後ろを見張ってて。とくに下に注意して」
「わ、わかった!(澪姉の後ろ……下の方…………むっ!?)」
そこには頼もしく満ち足りた臀部が待ち構えていた。
(……って、ふざけてる場合じゃないだろ! ホラ、澪姉も怒って俺に刀を向け――えっ? マジで!?)
立ち止まった澪の、逆手持ちになった刀先がこちらを向く。
「あががが……ご、ごめんなさ――」
「〈
斬り上げた太刀風が、それより一瞬早く地下から飛び出した人影に命中した。
(
敵は後方へ撥ね飛ばされながらも城壁を蹴ってふわりと着地する。
「ふぅ……待ち伏せかいな。予想はしとってんけど」
小麦色の肌と大陸風の
切り裂かれた片袖の内側には鈍色の縄模様が覗いている。
「逃がさないよう頼まれてるの。悪く思わないでね」
「なるほど、嬢ちゃんの腕はなかなからもんやわ。……後ろの彼氏はちぃと頼りない感じやけど」
返す言葉もない――納得したのは献慈本人だけのようで、
「人のおと……ぅと分つかまえて失礼なこと言わないで!」
「弟分、なぁ……ま、どうでもええけど。ほな、ウチはこれで」
「ちょ、ちょっと!」
素通りしようとする女の前に澪は立ち塞がるが、
「止めるつもりなら」一旦背を向けてからの、「本気で
「ク……ッ!」
澪は跳んで
「おぼこいなぁ」
(この戦い方、
刀の間合いの内側へと入り込まれた澪の分は悪い。
「澪姉、指先に気をつけて!」
「邪魔や」
思わず踏み出そうとした献慈に向けて、女の袖口から暗器が飛び出す。
(これは金属球……と、
流星
「ほー。まさかとは思うけど、見えとったんかな」
「澪姉! 急いで距離を取るのはマズい――」
澪が飛び退こうとするのに合わせ、
「遅いわ」
女がもう一方の手からも流星錘を放つ。それは大きく狙いを外していたかに思えた。
「――なっ!?」
錘は急激な弧を描いて澪の脇腹を直撃する。
「ッ……〈
澪もやられっぱなしではなかった。片膝から崩れ落ちようとする最中、右手一本で風刃を投射する。
「しぶといやっちゃな!」
女は上方へ投げ撃った流星錘を木の枝に絡ませ、樹上へと逃れた。
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