第14話 半端者

 儺儀ナギヨウ、休日。

 村を囲む垣根の外側で、けんは待ち人を出迎える。

 重苦しい空模様とお揃いの表情を引っ提げ現われたのは、かしわであった。


「昨日の今日で随分な度胸だな。褒めてやる」

「こちらこそ。急な呼び出しに応じていただき感謝します」


 人通りもない村外れ。すぐ脇の祠には魔除けの波動を発する要石が安置してあり、魔物もまず寄っては来ない。

 つまりは、二人きりだ。


「オレに稽古をつけてほしいと。どういう風の吹き回しかは知らんが、まぁいい。まずは基本からだ」


 両者、じょうを手に取る。先制は柏木。献慈の水月を狙った寸止めだ。


(すごい速さだ。杖先から体幹まで一切ブレがない)

「……おい。棒立ちとはやる気があるのか?」

「あ、いや……意外とすんなり教えてくれるんだなと思いまして」

「…………まさか、な」

「はい?」

「……フン。せめて構えぐらいは取れ。次は――」


 正面からの打ち込み――と見せかけたフェイントが側面から襲いかかる。


「なっ……!?」


 咄嗟に防ぐも、献慈は勢いに押され尻餅をつかされた。


「貴様……やはり見えているな!?」

「え? 見えて…………あ」


 失念していた。我が目に宿る異能――名付けて〈トリックアイ〉。この力なくして献慈ごとき素人が柏木ほどの熟達者の動きを捉えられようはずもない。


(もしかして……視力そのものというより、対象を把握する力――)

「その反応……稽古と抜かしながら実力を隠し、騙し討ちする算段だったな!? この恥知らずめが!」

「いやいやいや! あんたこそ見てたでしょ!? 俺今、受けそこねて転んで……」

「見えすいた芝居を……それがお嬢さんの優しさにつけ込み、おお曽根そね家に取り入った手口というわけか! さあ言え! 何を企んでいる!?」

「何も企んでなんて――」


 反論が成る前に、柏木が攻勢を仕掛けてきた。

 四方八方へと視線を誘う、緩急織り交ぜた連撃は、献慈の意識を巧みに分散させる。


「――ぁぐゥッ!!」


 骨まで響く衝撃に、献慈は堪らず崩れ落ちる。


「どうした? 逃げ帰って大好きな澪姉みおねえにでも泣きつくか?」

「……んじゃ……ねぇ」

「……何だと?」


 見開いた柏木の目に映る光は、献慈の四肢に灯った治癒の輝きにほかならない。

 癒しの異能――こちらはさしずめ〈ペインキル〉とでも言おうか。


「お前なんかが澪姉とか軽々しく呼ぶんじゃねぇ――っ!!」


 立ち上がりざまの反撃を、柏木は一重身になって躱す。


「また妙な技を……」

「あぁアーッタマきたぁ! 俺だってどうしてこうなったのかよくわかってないのにさぁ!! お前もさぁ! いろいろ勝手に決めつけてんじゃねぇよォ――ッ!!」


 怒りに任せ、献慈は身体が命じるまま杖を振るい続けた。接近と離脱を繰り返し、時に宙へと身を躍らせながら。


「その身ごなし……おうの武術を使うのか」

「ンなの知らねっつんだよぉおおォ――ッ!!」

「だが技のつなぎが甘いな」

(あれ……っ!?)


 すれ違いざま視界から外れた足元を、献慈はものの見事にすくわれていた。なすすべなく倒れ込んだ草地に飛沫が舞う。

 顔を上げると、眉根を寄せた柏木が見下ろしていた。


「やめだ。お前のような半端者に裏があるとはどうにも思えん」


 唐突な手のひら返しに、献慈としてはさんざん煽られた怒りの行き場がない。


「何なんだよぉおおおォ!! ここまでやっといて急に何言っちゃってんのォ!? いつもネチネチネチネチ嫌味言ってきてさぁ!! 今日は今日で一方的に不審者だの半端者だの……ええ、そうですとも!! どうせ俺は半端者ですよぉおおおォ!!」

「……今までの非礼は詫びよう。そのうえで、だ。お前の素性にはまだ不審な点が多くあるのはわかるな?」


 期待に反しての殊勝な態度、同時にもっともな指摘が突きつけられた。

 さて言い返そうにも急な運動が祟っての息切れが献慈を襲う。


「そっ……それに関しては……ふぅ、はぁ……」

「この程度でへばるとは情けない。ご大層なのは小手先の技ばかりか?」

「仕方なっ……ないれしょ……さっきぉ技らって、ほろん……は、初めて使ったょな、ものっすし」

「異なことを。一体どこで習った?」

「や、習っ……いうか……」


 思い出したというのがはたして適切か否か。元をたどればカンフー映画の真似事にすぎないのだから。

 異常なのはその再現度だ。どういう仕組みかは不明だが、きっかけが初日の河原での騒動にあるのは明らかだ。


(あの時、俺はたしか……)

「カッパだな」

「なっ!? どうしてわかっ――」


 献慈は驚いて立ち上がり、そこで初めて柏木の言葉の真意を知った。


「チッ……見ツカッタカ」

「目ザトイ奴ラダゼ」


 周囲の灌木や木陰に身を潜めた、カッパの群れ。その数ざっと十体。

 柏木に動揺する気配は微塵も感じられない。


「献慈。一匹ぐらいは相手にできるのだろう?」

「い、いや、その……どういう状況です? これ」


 訊きたいことは山ほどある。水辺に棲むカッパがなぜここまで侵出して来ているのか、魔物を遠ざけるはずの要石は機能していないのだろうか――その他諸々。


「亜人に魔除けは効かん。それと――」


 柏木の指先が天を指す。


「あー……(何か水浴びてパワーアップする的なノリかぁ)」

「わかったのなら、あそこへ向かえ」


 柏木が顎をしゃくる先、要石の祠の前にキュウリがお供えされている。

 指図されるのは癪だが、殺気立つカッパたちを間近に選択の余地はない。


「ご……ご武運を」


 献慈は一目散に祠の方角へ駆け出す――いっそのこと全員倒してくれ――そう期待しつつ。


「さてカッパども。出くわしたからには容赦はせんぞ」


 柏木の気迫にカッパたちは一瞬怯えの色を見せるも、撤退には至らず。


「我々ハ水神ノ系譜ニ連ナル者ォ!」

「捧ゲ物ニ与ルハ、当然ノ権利デアル!」

「なるほど。一理ある――が」


 飛びかかった三体のカッパが、声を上げる間もなく泥水の飛沫を散らす。


「図に乗って村の畑まで荒らし回るのを見過ごすことはできん」

「グゥ……コイツ、コナイダノ暴レン坊娘ヨリ強イゾ!」


 残ったカッパたちは遠巻きに足踏みし始めていた。


「フン。貴様らごときにお嬢さんが本気など出すものか」




(こりゃ俺の出番はなさそぅ――)


 祠前で呑気に構えていた献慈だったが、物事そう上手くは運ばない。


「コッチハ手薄ダナ……」


 岩陰から伏兵のお出ましである。


(――って、本当に来た! 『一匹ぐらいは相手に』……できんのか……?)

「ムッ? オマエハ、アノ時ノ激マズ野郎! ココデ会ッタガ百年目!」

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