第37話 武田君と渡辺さん


 俺、山神柚希。昨日瞳さん(心の中では、まださん付けだ)との事で梨音の事もしっかりと考えるつまり俺との復縁は絶対あり得ない事を知って貰わなくては行けなくなった。


 俺自身は、梨音を友達という位置付けでいたが、彼女がそう思っていないのは俺も知っている。でもそれは俺自身が気持ちの中でしっかりと線引きをしていればいい事だと思っていた。


 だが、それは周りから見たら、梨音の俺への気持ちを引き摺らせているだけだと言っている。

 だとすれば梨音と一度しっかりと話して諦めて貰うしかない。絶対に元には戻らないと。



「柚希、柚希」

「えっ?」


「山神、なにボーッとしているんだ。今俺が言った所から読んでみろ」

「えっ?」

 全然先生の声が耳に入っていなかった。何処なんだ読めって言っている所?


「山神君、ここここ」

 渡辺さんが教えてくれた時は遅かった。


「山神、考査の点が良かったからって授業聞かなくて良いって訳じゃないぞ。仕方ない渡辺読んでくれ」

「はい」


 はぁ、やっちまった。梨音の事で頭が一杯だった。


 この日最初の授業が終わり一限目の中休み。前に座っている亮がこっちを向いて

「どうした柚希。考え事か?」

「ああ、ちょっといいか」


 俺は、亮を廊下に呼んで昨日の件を手短に話した。そして梨音の事で悩んでいる事も。


「それは重いなあ。上坂先輩のやったことは彼女として理解できるが、神崎さんの事はなあ。俺も柚希の態度が彼女の気持ちを引っ張っているという事は思っていたが、まあ今のままでも良いという思いも有ったけど。そう言う状況ならはっきりした方がいいな」

「はっきりするってどうやって」

「それは俺にも分からないよ」


 この時二限目の予鈴が鳴った。



 二限目が終わり、また亮と話そうとしている所へイケメン武田がやって来た。

「山神、話が有るんだがちょっといいか」

「いいよ」

 彼には色々世話になっている。話を聞くのはやぶさかではない。



 廊下に出ると

「なあ、山神、渡辺さんって今付き合っている人とかいるのかな?お前、仲が良いだろう、一緒に昼飯食べたりしているし、小林先輩の事もあるから」

「ああ、詳しくは無いけど俺の知る限りではそんな人はいないと思う」

「じゃあ、頼みがあるんだ。俺を渡辺さんと話せるようにしてくれないか?」

「えっ、武田なら声掛ければ誰だって話してくれるだろう。いつも周りには女の子一杯いるし」

「うーん、いつも話している子達はそんな目では見ていないからな」

「そんな目って、もしかして武田お前渡辺さんの事…」

「まだ、はっきりとしている訳じゃないけど気になってな。一度話したいんだが、そう意識してしまうと声掛けられないんだ。もし断られたらとか思うと全然駄目なんだ」


 なんと、学年でも指折りのイケメン君が好きになりそうな子には声を掛けらないチキンハートな人だったとは!


「分かった。渡辺さんに話してみるよ。良さそうだったら教えるから自分から声掛けてくれるか?」

「うん、渡辺さんが俺と口をきいてくれるという事が分かれば出来ると思う」



 ここでまた三限目の予鈴が鳴ってしまった。こんな時中休みはもう少し長く欲しいと思ってしまう。


「じゃあ、後でな武田」

「ああ」


 俺とは比較出来ない程、イケメンでスポーツも出来て頭も良いのに分からないもんだな。



 そして三限目が終わった所で

「渡辺さん、ちょっといい」

 えっ、山神君が私に話って…。何だろう?


 俺は廊下に出ながら、ちらりと武田を見ると心配そうな顔でこっちを見ている


「渡辺さん、実は武田が君と話をしたいと言っている」

「えっ、どういう事。意味分からないんだけど」

「たぶん、君の事好きみたいなんだ。いやこれは俺の勝手な予感なんだけどさ」


 えっ、えっ、えっ?どういう事。イケメン武田君、いつも女の子に囲まれているじゃない。私より可愛い子だって一杯いるのに。どうして?


「どうかな、渡辺さんが良ければ、俺が武田に声掛ける、そしたらあいつが君に声を掛けるから話してやってくれ」


 山神君と話すんだったらいくらでも良いけど、武田君はモテてそうだし、私を取り巻きの一人にでもしようと思っているのかな。そんなの嫌だし。だったら…。


「渡辺さん?話位いいんじゃない?」

「その後、山神君と話せるなら」

 へっ、どういう事?


「じゃないと話さない、断る」

 参った。それじゃあ困る。武田には恩もあるし。


「分かった。良いよそれで」

「うん、じゃあ良いよ」


 仕方ない。また瞳さんには言われそうだけど今度はきちんと前もって説明しておこう。


 次の授業までまだちょっとある。急いで武田の所に行って

「武田ちょっといい」


 俺の顔を見て直ぐに廊下に出ると

「渡辺さん良いって」

「そ、そうか。恩にきるぞ山神」


 またここで予鈴が鳴ってしまった。今日は中休みみんな話で使ってしまった。俺持つかなあおしっこ。



 午前中の授業が終わると同時に直ぐに席を立ってトイレに行った。ふう、膀胱が破裂するかと思った。これで何とかなった。でも長く貯めた分だけ出ている。早く席に戻らないと。



 手を洗いドアを開けたところで

「柚希、終わった」

「瞳、何でここに?」

「席にいないから松本君に聞いたら、授業終わった途端に青い顔して出て行ったって言っていたから多分ここかなと思って。さっ、学食行こうか」


 そうだった、今日から学食で瞳さんと一緒に食べる約束だった。一緒に二人で学食に入って行くと周りからの視線が凄い。まだ俺と瞳さんが付き合っている事を知らない人も結構いるはずだ。


「ねえ、上坂さんが知らない子と一緒に来たわよ」

「へーっ、彼女彼氏いたんだ。でも超フツメンだよね」

「うん、じゃあ違うのかな?」


「何だぁあの野郎、上坂さんと一緒に学食来たぞ」

「ばか、あいつが山神だよ。言われているだろう部長から」

「あれがか。ちぇっ、じゃあしょうがねえか」


 周りから好きな事言われ放題だ。覚悟していた事だがやっぱり耳が痛い。


「柚希、周りの声なんか気にしない。あそこ開いているから」

「分かりました」



 その頃、教室では、

「あの、渡辺さん」

「はい?」

「あの、ちょっと話が…」

 山神君が言っていた事ね。


「いいわよ」

「じゃあちょっと教室の外で」



 俺、武田信之。身長百八十二センチ、バスケ部所属。一応普通より少しイケメンだと自覚している。

 俺の周りにはいつも女の子がいるが、特に気になる子はいないし、まあクラスメイトか同学年生位に思っている。


 クラスの中に山神という奴がいる。始めは普通のなんの取り得もない奴だと思っていたが、あの上坂先輩を助けたとか、出来ないと言いながら学祭の時、俺達のクラスをまとめ見事に成功したとかで、何かと話す機会が多くなった。


 とてもいい奴で、決して人の悪口は言わないいつも笑顔だし、変な噂も聞かない。聞いたのは部長から山神には手を出すなと言われた事位だ。

どうしてそんな事になったのかは知らないが、元々そんなつもりはさらさらなかったので気にならなかった。


 そして普段からあいつを見ていると後ろに背の高い女の子が座っている。始めは気にもしなかったが、小林先輩の事もありいつの間にか見る様になった。


 そうしたら黒い綺麗な髪が肩まで伸びて大きな目と可愛い唇が段々頭の中から離れなくなって…。気が付いたら好きになってしまったようだ。


 でも今は一方的、もし彼氏とかいるんだったら話しかけても仕方ないし。そこで山神に彼女の事を聞いたらどうも居なそうだ。だから声を掛けても良いかあいつに頼んだ。


 我ながらチキンだが、人間得て不得手はある。俺みたいに中学の頃からバスケしかやってこなかった人間にはその道はNBAに行くよりハードルが高い。


 さて、話そうと言ったのは良いが何から話せばいいんだ?


―――――


 おっとう、イケメン武田君。まさか好きな子には声も掛けられないチキンだったとは!


次回をお楽しみに

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