第75話 情・理・法

【これまでのあらすじ】

 鉄壁の男vahohoとともに、三宮地下大空洞、地下湖、海底トンネルを通ってCrystal Towerに辿り着いた和田美咲。目的階へのエレベーターの扉を開く条件を満たすため、武装ドローンとポータルを取り合う美咲とvahoho。

 扉が開いた直後、アクシデントにより武装ドローンの自動小銃で銃撃を受けた美咲は、意識を失う。意識を取り戻した美咲は、vahohoが自分を守るため瀕死の重傷を負ったことに気付く。vahohoは、美咲に先に進むように指示し、美咲を外に出し、一人エレベーター内で斃れるのであった。




 緩くカーブする通路を、小声で独り言を言いながら夢遊病患者のように、ふらふらと歩く。時に、何も無いところで、けつまずき、倒れ、そのまま蹲る。暫くして、ゆっくり立ち上がり、焦点の定まらない目で、再びふらふら歩き出す。


 意思を持って歩いているわけではない。体が、勝手に動いているのだ。どこからか聞こえてくる微かな金属音に、体が勝手に吸い寄せられるように歩みを進めてしまうのだ。


 自身を導く存在を失った和田美咲は、いまだ後悔の連鎖から抜け出すことが出来ず、体が命じるままに歩き続ける。目の前の階段を登り、けつまずぎ、倒れ、そのまま蹲る。ゆっくり立ち上がり、階段を登りきり、緩くカーブする通路を、進む。


 通路の行きどまりに辿り着き、歩みをとめる。絶え間なく聞こえる金属音は、行きどまりの奥から尚も止むことが無い。美咲は、音の元に辿り着くため、壁に体当たりし、倒れ、そのまま蹲る。


 その瞬間、金属音が止み、行きどまりの奥から低い男の声が響いた。

「そこを開けるには、事前に伝えている通り、右の壁にあるつまみを回す必要があります」


 人の声を聞き、徐々に意識が戻りつつある美咲は、声の指示に従い、右の壁に目をやり小さく出っ張るつまみを回す。次の瞬間、行きどまりの壁が小さく奥に動いたのを確認し、壁を押し、行きどまりの内部に進んだ。


 壁の内部は、10畳ほどの長方形の部屋で、奥に仮面を被った人物がこちらを向いて立っていた。仮面の人物は、ゆっくりこちらに歩きながら低い声で話しかける。

「そちらから来たあなたは、恐らく和田美咲ですね。私の名はドージェ。金、いえ、vahohoは別行動ですか? 」


 vahohoの名を聞き、体をびくつかせた美咲は、俯き、

「vahohoは、おっさんは、、私のために、、、う、う、う、」

 途中から、言葉にならず震えながら嗚咽する。


 ドージェは、右手で美咲の顎を掴み上を向かせ、左手を右の頬に一閃させる。乾いた音を立て、美咲の顔が右に吹っ飛ぶのを見ながら、ドージェが怒鳴りつけた。

「しっかりなさい!何があったのか、順に話しなさい」


 口の中の鉄の風味を味わい、vahohoと初めて出会ったときの事を思い出す。そして、最後に別れたときの事を鮮明に思い出し、ドージェにゆっくりと伝えた。


 ドージェは、目を瞑り、暫くの沈黙の後、美咲を抱きしめ、

「良く伝えてくれました。自分を責めないでください、美咲さん。vahohoは、あなたの中に未来をみた。未来を守ったのです。あなたは、十分に役目を果たした。下りのエレベーターに案内するので、Crystal Towerから出てください」


 思いがけない、優しい力に包まれ、美咲の中の絶望が少しずつ溶けてゆく。後悔が消えてゆく。体に力も戻ってくる。悲しみが消えたわけではない、だが、自分の中から新たな感情が、使命感が湧いてくるのを美咲は感じた。


 美咲はドージェの両肩を掴み、体を離し、

「私はまだ役目を果たしてない。おっさんに、役目を託されたんだ。ドージェ、あんたと協力して、八騎士の企みを止めて、世界を救えと」


「しかし、」


 ドージェの言葉を遮り、美咲が力強く宣言する。

「それに、私の行動基準は、情・理・法だ! 何をすべきか、すべきじゃないかの指標は自分で決める! 」


『・・・そうだろ、おっさん』

 心の中で、四角い顎に、いつものあるかなしかの笑みを浮かべるvahohoに問いかけた。

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