第二十一話 君と私
さて、と。
心の中でそんなことを思う。以前までなら、口にも出していたかも知れない。
最近は独り言が少なくなった気がする。一人暮らしを始めたのをきっかけに独り言が増えたことを考えると、自ずと原因ははっきりとしてくる。
江月と過ごす時間が圧倒的に増えたからだ。
毎週土日は泊まりに来ているし、平日でも夜まで一緒にいる。
流石に江月の父によからぬ心配を与えるのもアレなので、一度挨拶には行った。
私が宗像の娘であることは告げなかったが、付き合っているということは伝えていた。江月の父は、穏やかな人で、驚きはしていたけど、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
多分、いずれ彼にも私の父について話す時が来るのだろう。その時までに、私は江月の恋人としてそれなりの信頼を勝ち得なければならないのだと思う。
季節はすっかり年末の様相だった。
チテイジンもとい柊が開催した同窓会は、当然柊が音頭をとれるはずもなく、なし崩し的に私と増田さんが取り仕切ることになっていた。
当然去年のことがあったので、参加したクラスメイトは半数にも満たなかったが、それでも中学の近くにある焼肉屋の座敷席は十人余りの参加者で埋まっていた。
「……椎本さん、明るくなったね」
その席上で、真向かいに座っていた元クラスメイトの一人が驚いたようにそう言った。
軽く肯定しようと頷きかけた時、アルコールなんて一滴も飲んでいない筈の塚元がやけに高いテンションで笑いながら答えた。
「コイツは高校で恋人が出来たからな。毎日鬱陶しい位にいちゃついてるぞ」
「え?マジで!?増田も知ってるの?」
「……ん、まあね」
初めは気まずそうにしていた増田さんだったが、初めに彼女が謝罪して、それから私も去年の雰囲気を悪くしたことを謝ると、わだかまりは無くなったかのようになっていた。
皆にとっても、既に過去の思い出なのだろう。それは、私の心を軽くさせたし、いつまでも拘っていた私自身が少しだけ滑稽でもあった。
人は過去を忘れることができるようになったら、大人になるんだ。
同窓会終わりの帰り道、白い息を吐きながら、塚本はそんなことを言った。
でもきっと、多分私は忘れることができないだろう。
それでも許すことは出来た。
それは、きっと大人になるとかそういうことではなく、生き方の問題なのだろう。
「椎本、年末どうすんの?」
「ん……年越しは江月といる予定だけど。何かする予定なの?」
「矢嶋と初詣に行く約束してんだけどさ、邪魔になるならやめとくよ」
妙な気を遣わなくてもいいのに、と笑う。息がマフラーの中で行き場を失って息苦しくなったのでマフラーをずらすと、寒風が口元を冷やした。
「ん、そうだね、訊いてみるよ。ちょうど迎えに来てくれたみたいだし」
国道沿いのコンビニの前で、江月が肉まんを頬張りながら立っているのを見つけた。
私の姿を確認すると、大きく手を振る。その姿が可愛らしくて思わずスマホで写真を撮ろうとしてしまうが、隣にいる塚本の存在を思い出して自粛した。
「や、どうだった?」
一言目にそんなことを訊いてくる江月だったが、僅かに鼻の頭が赤い。この寒空の下で何分待っていたのだろうか。
「寒かったでしょ?私の家で待っててもよかったのに」
既に合鍵は渡してあるから、江月は自由に入り放題のはずだけど。
そう言ってみるが、わざわざ迎えに来てくれたのは嬉しい。
「イチャつくんなら、私のいない時にしろよな」
塚本のそんな小言はもはや江月にとっては慣れっこらしく、大して反応もせずに塚本の方を向いた。
「塚本もお疲れ様。楽しかった?」
「想像してたよりは盛り上がったよ。まぁまぁだったな」
「何がまぁまぁさ。一番楽しんでたのは塚本でしょ」
将来酒が飲める年齢なった時の泥酔状態が容易に想像できるような上機嫌ぶりだった。
塚本自身も何か吹っ切れたのだろうな、とも思う。
「じゃあ、帰ろうか」
反論しようとする塚本を宥めるように、江月は苦笑しながら言う。
塚本と別れた後、私と江月はもはや愛おしさすら感じる安アパートに帰ってきていた。
二人して同じ家に帰ることの行為の中に、もはや特別感や違和感は無くなっていて。
その普遍的な時間を、いつもの、と表現できることが何よりも特別に思えていた。
「そういえば、塚本から初詣に誘われたけど、どうする?」
「そうだなぁ……。塚本達と一緒に遊ぶのもいいけど、さ」
江月の言葉尻が、露骨に別の意味を含んでいた。その露骨さに、私は思わずニヤけてしまうが、コートを脱ぎながら口角の上がった表情を隠した。
「なら、二人でゆっくりしてようか」
思えば、私にとっては今年の一年は激動の年だった。友人が、親友が、恋人が出来た。
過去を許せた、未来を夢見た。
生きる理由はまだ見つからないけど、死ねない理由ならいとも簡単に見つかった。
それなら、正月はゆっくりしていたってバチは当たらないだろう。
私は変わった。自分でもそう思うのだから、多分君もそう思ってくれるんだろう。
君は変わらなかった。変わらず好きでいてくれた。それが酷く私を安堵させて、私の心の拠り所になってくれた。
君と私は来年も変わったり変わらなかったりするんだろう。
その変化を愛しく思えて、その不変を誇らしく思えるのなら。
君と私はきっといつまで経っても、隣同士なんだろうな。
私達二人は、今日も宵闇の中で一つの影を生み出していく。
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