始まりの場所
青が行きそうな場所の心当たりは一つしか思い当たらない。
廊下にも青の姿は見当たらず焦ったが、そう気づいて八雲は迷わずそこを目指した。祈るような気持ちで引き戸をガラガラ鳴らし、校舎外へ出たら真っ先に倉庫裏へ向かう。
校舎の裏手に回ると、乏しかった陽光がさらに遮られて暗くなる。そんな中、ひと際目立つ色があった。
「青!」
羽毛のように柔らかい髪が揺れて、呼ばれた彼がこちらを見る。互いの視線が交わると、青は声を絞り出した。
「ご、ごめんなさい……勝手に……」
いつの間にか八雲は息が切れていた。俯いた青髪を見つめ、口を開く。
「あいつらが言ったことなら、気にすんな。やってることも言ってることも、超くだらねえ」
「……で、でも……ぼくのせいで、八雲さんまで。子分、だなんて」
「いいって。オレのことも気にすんな。それより肌、大丈夫か? ……ごめんな、オレのせいで」
青は顔を上げ、おどおどしながらも八雲の声を遮った。
「いいわけ、ない……! です。あのっ、き、気にします……! ……八雲さんは、恩人ですから。……すみません。せっかく手伝ってくれたのに、あなたまで……負の感情を増やしてしまって」
胸が締め付けられるような感覚。八雲は「違う」と声に出した。
「……やっぱり、何をやってもだめですね。アオイトリは人に尽くす生き物ですけど、ぼくは、いつも自分を甘やかしてしまう。……お兄たちの優しさにも、あなたの優しさにも頼ってばかりで、じ、自分で決めたことすら、簡単に曲げてしまう。……巻き込んでしまって、ごめんなさい。こんな、弱くて、ごめんなさい。全部ぼくのせいでいいです。だから、ぼくは……もうヒト助けを、がんばるのを、やめたい……です」
醜い。醜い。なんて自分勝手なんだろう。けれども知ってほしかった。そうすれば逃げられると思ったから。
「それは、いやだ」
八雲が控えめに呟く。青はビクッと肩を揺らした。
「あ、いや、違う。お前を責めてるわけじゃねえよ。ええっと……その、やめる前に、聞いてほしいことがあって」
八雲は「ただ耳を貸してくれるだけでいい。今から言うことがわがままだってことは、自分でもわかってる」と付け足してから本題に入った。
「オレも……簡単に言ったことを曲げるし、青ならわかってると思うけど気持ちだってすぐ変わる。だから、オレは、昔から何をやっても続かなかった。すぐ飽きちまうから、続けられなかった。……用心棒の訓練だけは、父ちゃんに無理やり続けさせられたけどな。他のことは、一日ももたずに興味がなくなってさ。……このヒト助けが、こんなに長続きしてることが、奇跡みたいなもんなんだ」
何かに熱中したことのない八雲は、幼い頃は他の子どもたちの輪に入れなかった。今はそれなりに馴染めるようになったが、それでもやはり、おもちゃ箱いっぱいに詰められた一切合切、全てに思い入れがない。愛着というものが何なのか、わからない。
職業を選べないこの社会では、代わりに、趣味で自己の世界を広げていくことが当たり前。だが、八雲には
「初めてなんだよ、本当に。趣味も根性もねえのに、なんでか知らないけど続けたいって、初めて思えてるんだ。……本音を言えば、続けてほしい。叶うなら、まだやめないでほしい。……もしかしたら、オレも、ようやく『変わらない気持ち』を見つけられるかもしれないから」
苦し気に笑う八雲に、青は心まで痛くなる。八雲は故意に声を出して笑った。
「なーんて、ずるいよな。ごめん。お前はヒトに逆らわねえって知ってるくせに、このタイミングでこんなこと言うなんて。やっぱ、聞かなかったことにしていいぜ」
用心棒とはいえ、彼はどこまでも
「本当……格好良いですよね、八雲さんは」
「え? どこが?」
ぽかんと八雲は口を開けっ放しにした。青は「どうしたら、ぼくもあなたみたいになれるかな」と、八雲に聞こえないように言葉をこぼす。そうして、顔を上げた。
「格好良いですよ。だって、八雲さんは他の人を守れるくらい強いし、それに、人助けが好きだなんて、まるで
八雲は、初めて青の味方をしてくれたニンゲンで、青にとっては出会ったときから特別な存在だ。……だからだろうか。他人の心がわからないのに、八雲には人の心を変える力がある。青はそう感じた。
他でもない、八雲が、そう望むなら。
「……あの、あ、ありがとう……ございます。教えてくれて。本当にやめるべきなのは……ヒト助けじゃなくて、弱い自分、でした。……その、思い直させてくれて、ありがとう、ございます」
心なしか、曇った空が少し明るくなった気がした。
「あ、あの……その、ヒト助けは、まだやめないことにします。な、何度もすみません。でも、今度こそ、この意見は曲げないです。が、がんばります……! 家族のためにも、あなたの『変わらない気持ち』を探すためにも、……弱いぼくを変えるためにも。……その、また手伝って……一緒にやって、くださいますか?」
八雲は二ッと眩しく笑う。
「当ったり前よ。オレの方こそ、無理を聞いてくれてありがとうな」
しかし、八雲は直後にハッと息を飲む。
「やべ! もしかしてオレ、ご主人のこと呼び捨てにした……!?」
急激な感情の変化に、青はぱちぱちと目を瞬かせる。けれども、両手を握りしめて、おっかなびっくり、口を開いた。
「……も、もう、『ご主人』って言うの、や、やめませんか……? ぼ、ぼくは、あなたと友達として仲良くなりたい……です。が、がんばります」
そう言った青がカタカタ震えているので、妙に可笑しくて八雲は吹き出した。こぼれた笑いをケラケラと発散させてから、改めて体の向きを正す。
「じゃ、青も、オレのこと呼び捨てにしてくれよ。これからはオレも『手伝う』だけじゃなくて、自分のためにもお前に協力するからさ。ニンゲンとかご主人様とか、いったん置いといて、お互い対等でいようぜ」
胸が温まるのを感じながら、青は「はい」と返事をした。
「や、やくっ、やく……やくも……」
「大丈夫か? ま、そのうち慣れるって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます