第69話 師匠は世界一尊敬できるお方です

 ボク、フィムはエルフ達が住むエルフィンで生まれました。

 ボクの国は不可侵国と呼ばれていて、入出国が厳しいのです。

 エルフの女王様はエルフが持つ力を悪用してはいけないと考えていて、悪いことをしたエルフを国から出さないのです。

 だから外に出られるのはいいことをしたエルフだけです。

 ボクのお父さんとお母さんはエルフィンで幸せに暮らしてるのです。

 ボクのやりたいことをやりなさいといって外に出ることを許してくれました。

 女王様もボクならエルフの力を正しいことに使ってくれると言ってました。

 でもボク、実は魔法なんてほとんど使えません。

 それを女王様に言っても、ボクにはボクの力があると言うだけなのです。


「はぁ……。師匠とミリータさんとはぐれちゃいました……」


 気がついたらボクは一人になっていたのです。

 ボクが未熟だからきっと罠にはまったに違いないのです。

 これはきっと魔法トラップです。

 魔法トラップの中には無音で発動するものがあって、見分けるのが難しいと聞きました。

 先を急いだ紅の刃の人達が落ちた落とし穴もそうだと思います。

 一級冒険者が安易なトラップに引っ掛かるはずがないのです。

 このダンジョン、手強いです。


「師匠はきっと未熟なボクに試練を与えたのです。一人の力で道を切り開け、と」


 師匠はとてもすごい人です。

 ボクが苦戦したエンシェントワームをあっさりと倒したのです。

 その強さをもってボクの命を救ってくれたのです。

 あの瞬間、ボクは確信しました。

 あの方こそが勇者だと。

 ボクはファフニルの王様に勇者だと称えられて浮かれていたのです。

 エルフィンを出て修行の旅で力をつけて、ようやく力を認められて嬉しかったのです。

 でも師匠はそんなボクを叱咤するかのごとく、あのエンシェントワームを討伐しました。

 師匠は自分の力はアイテムのよるものだと謙遜していましたが、それだけで得られる強さじゃないのです。

 師匠の戦いは常に鬼気迫るものがあり、どんな相手にも容赦がないのです。

 ステータスの高さの上にあぐらをかくことなく、師匠は敵を徹底して叩き潰すのです。

 対してボクはどこか隙があったのかもしれません。

 レベルさえ上げればいい。そんなボクに師匠は喝を入れたのです。


「ボクは戦いを甘くみている……」

「あ、フィムちゃん!」

「師匠!?」


 師匠が手を振って走ってきたのです。

 やっぱりさすが師匠です。無傷でボクを見つけてくれたのです。


「フィムちゃん、無事でよかったよ。ミリータちゃんは?」

「いえ、はぐれたままです……」

「そっか。まぁいいや」


 師匠?

 なんだか違和感があるのです。

 いえ、きっと長い目で見ればきっと出会える。そういう意味なのです。


「フィムちゃん、警戒しながら歩いてね」

「は、はい」


 師匠はボクの後ろを歩いてます。

 いつもは先頭に立って嬉しそうに歩くのに変なのです。

 いえ、ボクに前を守れと言っているのかもしれません。

 常に警戒を怠るなという、師匠なりのアドバイスです。

 すると通路に大きな穴が空いてました。


「わ、すっごい穴! これ通れないなぁ」

「師匠、飛びましょう」

「は?」

「ていっ!」


 大ジャンプで穴を飛び越えて師匠を振り返えりました。

 ところが師匠はまだ向こう側にいます。

 いつもなら私の数倍は跳んで走っていくのに?


「師匠?」

「はい、行こうね」

「わっ! 師匠、いつの間にこっちに!?」


 私の背後に師匠がいました。

 見えない速さで私の背後に?

 さすが、師匠?

 そして歩き出した師匠はとてもゆったりしてます。

 いつもなら私が追いつけないほど速いのに。


「あ……魔物ですね」


 進むと、少し広いフロアに魔物が二体います。

 あれは確かロストタイガー、太古の昔から生き延びていると言われている難敵です。

 確かレベルは40を超えるはずです。

 そんなものが二匹、一級冒険者でもなければとても相手にできません。

 と、私がこんなにロストタイガーを観察できるほど時間に余裕はないはず。

 もうすでに師匠が倒して――。


「ガァァァーーー!」

「わっ!」


 二体が波状攻撃を仕掛けてきました。

 慌てて回避したものの、ボクは何をしているのですか?

 いつもなら師匠が率先して倒して、ボクが実力不足を痛感するところです。

 ハッ! ということは師匠、この魔物達で修業をしろということですね?


「炎熱剣……ソード・インフェルノッ!」

「ガウアァァッ!」


 素早い相手には炎の揺らぎによって攻撃範囲を広げればいいんです。

 炎を纏った刃の範囲は冷凍剣のそれよりも広く、敵の動きを牽制できます。


「師匠、どうですか!」

「もう一匹、がんばってー」


 遠くで師匠はボクを応援してます。

 師匠、やっぱりなにか変です。


「師匠!」

「こ、こっちに連れてこないでよ!」

「どうしてですか! いつもみたいに杖で叩き殺してください! それか火の玉で跡形もなく消してください!」

「私、いっつもそんな感じなの!?」


 師匠は全然戦おうとしません。

 それどころか、ロストタイガーは師匠を襲おうとすらしません。


「フィムちゃん、これも修行だよ! 楽しようとしてない!? 最低だね!」


 今、ボクの中で何かがきれました。

 なるほど、やっぱりボクはまだ未熟です。


「ガウッ!」


 もう一匹のロストタイガーを切り捨てて、ボクは師匠の前に立ちました。


「フィムちゃんさぁ、そうやって」

「はぁぁぁーーッ!」

「ギギギェーーーーー!」


 師匠を、いえ。

 師匠に化けてきた何かを水平に切ると複数の黒い塊が分散して消えました。

 その人が大切に思っている人物に成りすます魔物がいると聞いたことがあります。

 確かメタモルシャドウ、心が未熟だとこの魔物に惑わされてパーティが壊滅するのです。


「師匠は誰よりも戦いが好きなんです。いつもボクにお手本を見せてくれます。魔物なんかに師匠は騙れませんよ」


 そう、師匠はいつだって上を向いているのです。

 向上心を忘れず、常に自己研磨を怠らないのです。

 そうやってボクに立派な背中を見せて、そして大声を張り上げて魔物を倒す。

 あんなに立派な方は世界中、どこを探してもいません。


「はぁ……途中まで騙されていました。師匠、あなたなら初見で見抜くはず……。少しでも騙されたボクを許してください」


 師匠なら間違いなく迷いなく倒します。

 向上心、実力、審美眼。すべてを持つのが師匠という人物です。

 ボクも一日でも早く追いつきます。

 師匠、待っていてください。


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