第62話 今回はバスルームで許しましょう

「マテリ、話がある」

「ちょうどよかったです。私からもお話があります」

「えっ……」


 ねぇ、クリード王子。なんでちょっと顔を赤らめてるの?

 熱でもあるんですか?

 マジで黒髪の女神及び婚約者の噂の出所だったら容赦しませんよ?

 なんか王様と王妃がニコニコして見守ってるし、ワンチャンあるとか思ってそう。


「マ、マテリから話したまえ」

「いえ、クリード王子からでいいですよ」


 お互い黙ってしまった。

 よく見たら王妃がクリード王子にハンドサイン出してる。

 手を握れみたいな指示に見えるけど、噂に関連していたらぶっ飛ばすよ?

 私が握るのは杖と報酬だけなんだからね。


「……マテリからで、いい」

「なんでちょっとぎこちなくなってるんですか。じゃあもう私から言いますね」

「あぁ、なんでも言ってくれ」

「さっき王都のほうで黒髪の女神呼ばわりされたんですけど、クリード王子が広めましたか?」

「いや、それは知らない。誰がそんなことを?」


 このきょとんとした表情、信じていいものか。

 王都民の戯れだと信じていいのかな?

 どっちにしろ広まった呼称はどうにもならないし、これについては置いておこう。

 じゃあ、次。


「王都で私とクリード王子が婚約者だと言われたんですけど、まさか広めてませんよね?」

「僕が麗しのマテリの意思を無視して、そんなことするはずがない」

「麗しのマテリ呼びもだいぶ無視してるんでやめてもらっていいですか?」

「すまない、麗し……マテリ」


 ちょっとっていうかだいぶ変な人だけど、さすがにそこまで非常識じゃないか。

 ということは噂が一人歩きしたんだろうけど、そうなれば王宮から出ていったとしか考えられない。

 あと王妃が肩に手を置けみたいなハンドサインを送ってた気がしたけど、そろそろ杖をスイングするよ?


「マテリ。だいぶ髪が痛んでいるようだ。それに埃や土を被っているようだし、よかったら王宮のバスルームを使うといい。召使いに言えば大体のことはしてくれるはずだ」

「急にどうしたんですか。よくそんなのわかりますね」

「まず髪にいつもの艶がなくて、やや枝毛が目立つ。肌や衣服に汚れが全体的に付着していて普段よりも四割ほど薄汚れている。見ればわかるよ」

「シンプルに気持ち悪い」


 やばいな。この人は本当にやばい。

 もう聞きたいことも聞いたし、そろそろ――。


「マテリ。せっかく用意してくれるってんだからお世話になるべ」

「ミ、ミリータさん! お、王宮にボク達のような下等で薄汚い下民が足を踏み入れるのもおこがましいのに、それはさすがに!」

「フィムちゃんはもう少し自信を持て」


 下民なんて言葉、漫画でしか使われてないよ。

 シャルンテすら平民呼ばわりだったもの。


「マテリ! エクセイシア城の風呂に入る機会なんてねえぞー!」

「うんうん、宿代が浮くしいいよ」


 ミリータちゃんが乗り気だし、仕方ない。

 なぜかこの子、お風呂がすごい好きなんだよね。

 私も好きだけどさ。


                * * *


 ファフニル国の王宮でも思ったけど、どうしてこうお城のお風呂場はこんなに広いんだろう?

 泳げそうなほど広い浴槽に私達は遠慮なく入って浸かっている。

 しかも侍女らしき人達がそれぞれヘアメイクなんかで使いそうな道具を持っていた。


「かぁーーーっ! 痺れるぅ!」

「ミリータちゃんっておっさん臭いよね」

「そうか?」


 お父さんもお風呂に入る時、かぁーとかはぁーみたいなこと言ってたからね。

 風呂場から聞こえるほど大きい声だった。

 あれ、何なんだろ? 黙って入りなよと思う。


「師匠、この湯は少々ぬるめでは?」

「別によくない?」

「これでは温すぎて鍛えられないかと……」

「フィムちゃん、入浴はね。鍛えることが目的じゃないんだよ? 体を洗うのが目的なんだよ?」

「そ、そうでした! やはりまだまだ修行不足ですね……」


 いえ、あなたに足りないのは教養と常識ですね。

 私は勇者の師匠だから、こういうところも教育してあげないといけない。


「明日からどうしようかな? そろそろ王都を離れてミッションを探さないとね」

「オラは魔道士協会が心配だなぁ」

「そう? ミッションがくるなら大歓迎だよ」

「支部を一つ潰してる上に、たぶんあの魔法生体研究所は誰にも知られてねぇ場所だ。これが本部に知られたらと思うとなぁ」

「確かに……。どんなミッションと報酬があるのか楽しみだね」


 ミリータちゃんとは思考のズレがある気がしてならなかった。

 気のせい、気のせい。

 はぁー、それにしてもこの湯加減は素晴らしい。

 ギリシャ神話に出てきそうなお洒落なバスルームにこのプールみたいな広さ。

 あのクリード王子に頼めば、また入浴させてくれるかな?

 今回はこのバスルームに免じて許してあげよう。


「師匠、見てください。どうですか?」

「なにが?」

「体つきですよ。少しは引き締まったでしょうか?」

「うん。スレンダーでいいと思うよ」

「ホントですか! よし、鍛えて鍛えて鍛えまくりますよ!」


 張り切って泳ぎ始めたフィムちゃん。

 まぁお胸のほう含めての評価なんですけどね。

 私も人のこと言えないし、こんなもの大きかろうが小さかろうがどうでもいい。

 大きくすれば報酬がもらえるわけでもあるまいし。


「さて、そろそろ上がろうかな。この分だと暖かいベッドも用意してくれそう」

「あの王子、変なことやりにこなきゃいいがなぁ」

「変なことって?」

「いや、なんでもねぇ」


 ミリータちゃんがなぜか呆れている。

 何さ、変なことって――


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ミッションが発生!

王宮内に仕掛けられたマジックボムを三つ破壊する。報酬:紅神石

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ミッショオォーーーーーーン! きったぁーーー!」


 バスルームで大きく叫んで浴槽で立ち上がった。

 まさかこんなタイミングでくるとは。

 うふ、うふふふふ。


「マテリ! まさか敵か!」

「いや敵じゃなくて」

「今の叫び声は!?」


 あ、なんかバタバタと誰かが走ってやってくる。

 私達、入浴中なんですけど?

 まさか入ってこないですよね?


「マテリ! 一体何が」


 はい。いっせーの、で。


「てりゃあぁッ!」

「ぐぇッ……!」


 颯爽とバスルームに登場したクリード王子を杖でぶっ飛ばした。

 そのまま死んでくれても一向に構わない。


===========================

「面白そう」「続きが気になる」

と思っていただけたなら作品フォローと★★★による応援の

クリックをお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る