第34話 ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン③
「おいおい優等生……いくら何でも度が過ぎてないか?」
ジョンが杖を構えられ、咄嗟に抵抗の意志はないと両手を挙げる。
「ライバ! どうしてこんなこと……」
「ミア、こういう落ちこぼれたちと一緒にいることで、君は以前と変わってしまった」
「別に私、変わってないわ……! 前と同じよ。それより、変わっちゃったのはあなた! 彼らのこと、落ちこぼれなんていう人じゃなかった」
「僕が変わったのは君が変わったからだ! 君は、将来優秀な魔法師になる人間なのに、こんな連中と遊び呆けている時間なんてないだろ!」
――この間までのミアの親父さんみたいなこと言いやがる……
杖を構えられながら、ジョンは段々と語気が強くなっていくライバを見ながらそう考え、ライバからどうにか杖を奪うチャンスを窺っていた。
すると、ライバの視界の右端に、ソファから立ち上がったアルジーノが入ってきた。
「お前、ミアたちのこと、つけてたのか? 学園から遠いこんな場所、そうでもしないと分かりっこない」
アルジーノは尋問するようにライバに少しずつ近づいていく――ライバの杖は、いつの間にかジョンからアルジーノの方を向いていた。
「幼馴染が不良たちに何か良からぬことをされていたら大変だからね……。これは彼女を守るためだ」
「ライバ、彼らは不良なんかじゃない! 杖を下ろして。彼らを傷つけたらどうするの?」
ミアの言葉に、ライバはさらに憤ている様子だった。
「ミア……どうしてこいつらの味方をするんだ……。幼馴染の僕の言葉が聞けないって言うのか!?」
「幼馴染なだけで、こいつは別にお前の人形じゃねぇんだぞ。食堂でも言ったが、こいつが何をしようがこいつの勝手だろ」
アルジーノの言い方が癪に障ったのか、ライバは杖を握る手にさらに力を込める――見開いたその目は、激しい怒りに燃えていた。
「ミアは、優秀な魔法師になる逸材なんだ……! 彼女を監禁した人間の家族なんかが、関わっていい人間じゃない!」
「はぁ……」
ライバの感情が熱を帯びていくにつれて、アルジーノの心はどんどん冷え切っていき、ついに呆れてため息をついてしまう。
「優等生って、自分の思い通りにならないと気が済まない面倒な生き物なんだな」
「……っ!」
怒りに震えたライバが杖を大きく振りかぶると、彼の杖が炎を纏った。
「――『
しかし、ライバが詠唱を追えるまでの一瞬の間に、アルジーノは直立したままで呪文を詠唱する。
「――『
アルジーノの周りには、ミアの父親の攻撃を防いだ際と同じような、全身を覆うほどの六角形の光の壁が生成される――杖も構えず壁を生成したアルジーノに対してその場にいた全員が息を呑み、ライバも咄嗟に発動しようとしていた魔法を中断する。
杖を構えることなく魔法を発動するなど、その場にいる同級生や後輩は一度も見たことがなかった――それまで怒りに感情が支配されていたライバも目の前で起きた出来事に驚愕し、一瞬にして心の熱が冷めていく。
そして、最初に冷静さを取り戻したライバが、また独り言のように呟く。
「へぇ……不良にしては面白いことをするね」
ライバは構えていた杖をしまうと、アルジーノの目をまっすぐに見つめ、鼻で笑った。
「まぁ、ここでの戦闘は控えよう。建物を壊してしまえば消防隊も出動して、只事じゃ済まなくなるからね」
「へぇ? まるで自分の魔法で建物が壊れるかのような口ぶりだが、自惚れもいいとこだな」
「事実を言ったまでさ――。それとも、君たちの大事な場所をこの場で壊されてもいいのかな?」
「そうすれば、お前も――お前の大事な幼馴染も、これまで積み上げてきた学園での評価に大きな傷がつくことになるかもな?」
「どうかな? 優等生とただの不良……学園はどちらが事件を引き起こした原因だと判断するだろうね?」
「試してみるか? 別に建物が壊れたって、すぐに直せば何も問題は……」
「随分と自信があるようだけど、自惚れているのは君の方じゃないのかい? じゃあこの際、別の方法ではっきりさせようじゃないか」
ライバはそういうと、アルジーノの横を通って部屋の奥の方へ移動し、木製の扉にガラスのはめ込まれた食器棚から細い取っ手のカップを取り出すと、先ほどまでアルジーノが座っていたソファに腰かけた。
――こいつ……、とアルジーノが思っている間にライバは紅茶をカップに注いで、それを口に運んだ。
「おい、勝手にくつろいでんじゃねぇぞ部外者」
「なるほど……少し茶葉を入れすぎているようだが、それほど味は悪くない……」
カップを置いたライバはソファの上で天井を仰ぐと、目を瞑りアルジーノに告げる。
「『決闘』で決めよう――アルジーノ・ローゼンベルグ」
ライバの言葉に、博士以外の全員が息を呑んだ――博士は先ほどからライバの話に興味がないのか、動揺している少年少女たちがまるでそこにいないかのように机で作業に集中している。
「……何言ってんだ? お前」
「君は僕が自惚れていると言ったが、それが真実かどうかを、『決闘』という学園が正式に定めた制度によって確かめようじゃないか。そうすれば、僕が自分の力を正しく評価できているだけでなく、不良である君の目が曇っていたということが学園に公認される……」
「だから、何言ってんだっつんだよ。そんな『決闘』、俺が受ける訳ねぇだろ」
「どうかな? もし君がこの『決闘』を受けないというのなら、僕はこの場所のことを、学園に報告してもいい」
「報告なんて、勝手にすればいい。たかだか数人の生徒が下校途中に寄り道していたくらいで、学園が厳しい罰則を与えるはずがないだろ」
「どうだろうね? そもそも、そこにいるのは何者だい?」
ライバは、机に向かって作業をしている博士を指さした。
「おそらく、彼の協力の下、昨日『決闘』で使用した閃光弾を作成したのだろうが、そこらに転がっているガラクタを見るに、日常的にあのように
博士の机の周りには、閃光弾作成に使用していた充魔材やマジシウムの余りが散乱していた――確かに、今騎士などにこの家を調べられると、いかにも怪しい人物に博士が見えてしまうことだろう。
「ちょ、ちょっとライバ! 博士は別に怪しい人じゃ……」
「じゃあミア――彼がどういう人物か、知っているのか? 何という名前で、何をしてきた人で、今何をして生計を立てているのか」
「それは……」
――フォックス博士、っていう名前以外は、確かに詳しく知らないけど……、とミアは心の中で思うと同時に、代わりに答えてほしいとアルジーノに対して救いを求めた眼差しを向ける。
しかし、アルジーノもライバを見つめたまま何も答えようとはしなかった――ライバに対して答える義務はないと考えているのかもしれない。
もしくは……もしかするとアルジーノも、博士に関して詳しくは……
「アルジーノ・ローゼンベルグ――もし君が『決闘』を受けないというのなら、僕はこの建物で不審者が爆発物を製造しているという通報をしよう。もしかしたら、この家の隅から隅まで、騎士による調査が入るかもしれない。やましいことがないのであれば、別に問題ないだろう?」
「勝手なことを言うな――見られたくないものの一つや二つ、誰にだってある」
「残念だが、君に決定権はない――嫌だったら『決闘』を受けろ、ローゼンベルグ」
――くそが、とアルジーノの心の中で毒づく。
ライバの『決闘』を断ることなど造作もないが、万が一本当に通報されてしまった場合、最悪なのは研究室の地下室を調べられることだ。
――『魔法使いになれる椅子』……あれだけは……!
閃光弾などと同じく、地下室の椅子も博士の発明品であるはずなのだが、他の発明品とは明らかに異質なそれを外部に知られてはいけない――アルジーノは理屈ではなく本能でそう感じているのだった。
苛立ちを隠せないアルジーノは大きく舌打ちをすると、ライバに対して吐き捨てるように答えるのだった。
「くそが……やってやるよ、その『決闘』――」
「ふん……最初から素直にそういえば、話が長引かずに済んだんだ」
復讐の人造魔法使い ~ 博士の発明で魔法使いになった俺は、魔法が使えないと散々バカにしてきた家族や学園のみんなに仕返しする ~ 久田 仁 @jin_hisada
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