第33話 ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン②

 唐突に投げかけられたライバの言葉をジョンとアルジーノは理解することができず、教室へ向かおうと進めていた歩みを止めることしかできなかった。


 そんな二人の様子などまるで見えていないかのようにライバは言葉を続ける。


「最近彼女はこれまでの生活と違い、君たちのような落ちこぼれたちと一緒に時間を過ごすことが多くなっているようだね? 美術室で彼女を助けたことを材料に彼女を脅迫でもしているのか? それとも、単にお人好しな彼女の良心がそうさせているのか……」


「ちょ、人聞き悪いっすねいきなり。俺たちが彼女に何かを強要したりとか、美術室の件で何かを要求したことなんて、一度だってないですよ」


 ジョンが同意を求めるようにアルジーノの顔を見る。


 アルジーノもライバのことを呆れたように見つめ口を開く。


「別にお前が気に食わないと思ったところで、あいつが誰と付き合おうがあいつの勝手だろ。ついこの間まで厳しかったあいつの父親も、そこは了承してるはずだが?」


 ライバたちとの一件があって以来、ミアの父親は以前にも増して娘の意見を尊重するようになっており、部活終わりに研究室へ顔を出して帰りが遅くなっていることも今は明るく容認してくれているとミアの口から聞いていた。


「それに、なんて、お前に決められる筋合いはないと思うが?」


 アルジーノの言葉にジョンも頷くと、校内に予鈴が響き渡る。


 向かい合っていた三人も、流石に次の授業に遅れないよう急がなければならない――学年トップの優等生であるライバであれば、なおさらのことだろう。


「まぁ、また別の機会にはっきりとさせよう。とにかく、彼女の幼馴染として忠告しておく――君たちのような存在はミアの人生において障害でしかないのだから、今後彼女に近づかないでくれ」


 そう言い残して去っていくライバを見送りながら二人は首を傾げ、急いで教室へと戻るのだった。






 授業も終わり、部活動もないジョンとアルジーノはすぐに学校を後にし、研究室へと顔を出していた――いつものソファで紅茶を飲んでいるアルジーノをよそに、博士のデスクにある新しい発明の組立を手伝いながら、ジョンは昼間のライバについて愚痴を洩らす。


「お互い顔と名前は知ってたとはいえ、ほぼ初対面の相手に普通あんな態度とるかよ? ミアの友達だから仲良くなろうと思ってたのに、あれじゃ難しそうなんだよなー」


「ほっほっほ。まぁ相手も何か誤解をしているだけじゃろう。ジョンたちから話すとまた揉めてしまうようなら、ミアちゃんにも相談して、あの子の口から話してもらうのが一番じゃろうのぉ」


「ったく、めんどくせぇなぁ……。そこまでして優等生と仲良くなっていいことあんのかね?」


 二人の会話など耳も傾けず、アルジーノは博士が取っている新聞に目を通していた。


 その一面には、魔法庁内部の研究機関において、非人道的な実験を行われていたという噂に関する記事が書かれており、ミアの父親の勤め先と聞いている魔法庁の建物の精巧なイラストが描かれていた。


 記事によると、魔法庁内部には一部帝国直轄の研究機関が存在しているらしく、その内部において『魔力生成の効率化』と称して、住民台帳に登録されていない人間を装置に繋いだまま眠らせ続けるという実験に関する内部リークがあったとのことだった。


 リークされた研究機関自体は事実を否定している上、現状証拠品はないため機関の内部に騎士たちが立ち入ることも許されない状態らしい。


――『魔力生成の効率化』……人間を装置に繋ぐ……


 アルジーノは自らの頭に何かを注入した研究室の地下室にあった椅子のことを思い出し、少しだけ身震いした。


 から既に数週間が経過しており、段々とあの瞬間の記憶も薄れてきてはいるが、それでも思い出すと全身に寒気が走る。


 それとほぼ同時に、研究室のドアが力強く開かれた。


「お待たせ―! 遅くなっちゃったわ」


「僕、ここから遠いのでそれほど長居できないかもです……。やっぱり部活がある日は来るのやめとこうかなぁ」


 部活を終えたミアとエリックが研究室に入るや否や、荷物を玄関先に置いてソファに乱雑に置いた。


「別に待ってない――てか、なんでエリックも当たり前のように来てるんだ」


 いつものように不満を洩らしたアルジーノに対して、年下であるエリックは少し気まずそうな顔をしてミアに助けを求める視線を送ったが、彼女はもはやアルジーノの愚痴に耳を傾けることすらせず、――どう? 新しいの完成しそう? と、博士とジョンのもとに駆け寄った。


――無視してんじゃねぇぞあの女……


 そう思ったアルジーノが一口紅茶を啜ると、研究室の扉がもう一度開く――ここに訪れるメンバーと言えば残るはモビーくらいであるため、当然中にいる全員も彼が入ってくることを想像して玄関を見ていたのだが、そこには想像もしていなかった別の人物が立っていた。


「ライバ!」


 ミアが叫ぶと、研究室の中に入ったライバ・ルートヴィヒ・アインホルンは静かに扉を閉める。


「え! いや、なんで君がここに……?」


 全員の言葉をジョンが代弁すると、ライバはゆっくりと研究室の中を見回している。


「へぇ……まさかこんな所で非公式の部活動を行なっているなんてね……」


 独り言のような呟きだったが、ライバは明らかにその場にいる全員に聞こえる声量を発している。


 部屋を一通り見回したライバは、今度はその場にいる人物たちに順番に目を向けていく――エリック、ジョン、アルジーノ、博士……そして、ミア――


 ミアと目が合ったライバはゆっくりと彼女に近づく――ライバは同級生であるはずなのに、ジョンたちはまるで悪事を教員に見つけられたような緊張感に襲われていた。


「ミア――部活動を終えた生徒は、可能な限り早く帰宅することが義務付けられているのは知っているよね? それなのに、こんなところで怪しい人物と一緒に学園の知らない活動をしているなんて……」


「博士は別に怪しい人じゃねぇ! 何も知らねぇくせに、適当なこと言うな!」


 ライバがまるで汚いものであるかのように博士のことを見ながら言ったので、苛立ったジョンが反論する――しかし、ライバはジョンにも同じ視線を向けただけで、彼の言葉には何も反応せず、再びミアに視線を戻す。


「ミア、最近の君は様子がおかしい――こんな人間たちと関わるようになったからか? 最近は、手首につけたその訳の分からない道具を授業中に使用して、教員を困らせたことがあったと聞いたぞ?」


 ライバは呆れたようにミアが手首に着けている『魔力マッサージ装置-改2-』を見る――ジョンとアルジーノは彼女がまだそれを手首に着けていたこと、しかも授業中にそれを作動させていたことに驚きと同時に笑いがこみ上げてくる。


 魔力コントロールの練習と本人は称していたが、真面目なミアがそれで授業を中断させている光景を思い浮かべると、何だか少し可笑しかった。


「こ、これは、その、魔力をうまく扱うための練習として……!」


「ミア――」


 ライバが強い口調で彼女の言い訳を遮るので、少しだけ緩んだ研究室の空気がまた緊張に包まれてしまう――そもそも、いきなり侵入してきてなぜ主導権を握っているのか、アルジーノはソファに座りながら静かに腹を立てていた。


「この場所が君に悪影響を与えているというのなら、僕は、このことを学園に報告し、この場所に来れないようにしなくちゃならない――」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 ライバの言葉にジョンが抵抗する――もちろん、エリックやミアも彼の言葉に納得などできなかった。


 ジョンが咄嗟にミアの前に立つライバの肩に触れようとすると、スッと足を引いたライバはそれを避けると、ポケットから杖を取り出して構えたのだった。


「ライバ……!?」


 同級生に対して杖を構えるライバに、ミアも動揺を隠せなかった。


「悪いけど、この場所について僕が知ってしまった以上、君たちに選択肢はない――」


――研究室が……俺の場所が奪われる……?


 それまでソファに座っていたアルジーノも、勝手に覚悟を決めて杖を構えたライバに対して苛立ち、思わず立ち上がるのだった。

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