第32話 ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン①
アルジーノ・ローゼンベルグの朝は早い――春先までは、彼が起きる時間にようやく太陽が地平線から顔を出すくらいである。
屋敷の中で可能な限り兄弟たちと顔を合わせないために始めた早起きは、既に彼の日常と化しており、今日も学園への登校する前に母の墓前に挨拶へ行こうと身支度を始めていた。
段々と太陽が昇る時間も早くなってきていたが、分厚い雲に覆われ、今日の空はいつもより暗い。
一昨日クレイーノと遭遇した時間を避けて、もっと早い時間に起きたアルジーノが玄関に向かうと、ランニングを終えてびっしょりと汗をかいた大男が屋敷に帰ってきた。
「やぁ、アル! 今日はいつもより早いんだな!」
爽やかに挨拶をした筋骨隆々の色黒なその人物は、アルジーノの四つ年上であるオウクーノ・ローゼンベルグであった。
ホープシュレール学園八年生で騎士科に所属している彼は、学年でも成績トップの将来有望な騎士候補生だった。
クレイーノが魔法に不得手だったのに対して、オウクーノは騎士科でありながら平均的な魔法師以上にそれに長けている――さらに、毎朝トレーニングをすることによって鍛え上げられた肉体から繰り出される力強い剣技は、同期の生徒では受け止められないほどの威力を持っていた。
「おはようございます、兄上。こんな時間にランニングを終えているあなたも、いつも通り早起きなことで」
「努力することを怠っては、父上に顔向けできないからな。それじゃ、俺はこのままトレーニングに行くから、気を付けて登校するんだぞ」
そう言ってオウクーノはほぼトレーニングルームと化している自室へと向かい姿を消したのだった。
オウクーノの行動には、その根底に自分自身を高めたいという強い欲求が存在している――そのため、アルジーノと歳の近い他の兄弟に比べて、必要以上にアルジーノに絡んでくるということは昔から少なかった。
だが、『努力』という言葉に人一倍執心しており、それをしない人間は間違っているとでも言うような極端な思考が垣間見える時があるため、可能な限りアルジーノ自身彼とは関わらないようにしていたのだ。
これからも彼とはいい距離感を保ったままでいたいと願いながら、アルジーノは屋敷を後にするのだった。
その日の全般科の生徒たちの話題は、昨日のクレイーノとエリックの決闘で持ちきりになっていた。
エリックの策略がうまくいっただけで、真の実力は間違いなくクレイーノが上だったという意見も散見されたが、三つも歳の離れた先輩を倒した決闘など過去に類はなく、間違いなく快挙と言っていいものだった。
兄であるモビーも、決闘を観戦していた同期たちに弟の健闘を讃えられており、食堂でアルジーノたちと同じ机に座る際にも、誇らしさで顔が緩みっぱなしであった。
「良かったな、モビー、エリック。一躍大スターじゃねぇか」
モビー、エリック、アルジーノと同じ机に座ったジョンが二人に声をかけると、そろって頷いた。
「いやー、本当に皆さんのご協力のおかげです。アルジーノ先輩の知識、ジョン先輩との練習、そしてミアさんと博士が作ってくれた閃光弾がなければ、絶対に負けていました。あれは間違いなく、みんなで勝ち取った勝利だったと思います!」
――今度祝勝会でもやるか、というモビーの言葉にジョンも賛成し、博士も交えて研究室でジュースや菓子をみんなで食べようという話になった――研究室で大騒ぎしている彼らの姿を想像したアルジーノは、呆れたようにため息を吐きながら昼食のハンバーグを口に運ぶのだった。
「こんにちは! エリック、あらためておめでとう!」
ミアがいつものように机にやってくると、ジョンが隣に座れるようスペースを空ける。
「おっすー! あれ、今日はバレー部の人たち一緒じゃないの?」
「あぁ、うん。今日はたまたまね――その代わりってわけじゃないんだけど、彼も一緒に座ってもいいかな……?」
「彼……?」
ジョンたちは、ミアの背後に一人の男子生徒が立っていることに気づいた――それは、四年生であれば一目見ただけで誰なのか分かる、同期の間ではミアと同程度に有名な生徒であった。
「どうも」
男子生徒が軽く会釈をすると、机に座っている四人も同じように会釈を返す。
机の周りに一瞬静寂が訪れたため、慌ててミアが昼食を机に置いて喋りだす。
「紹介するわね。彼、ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン君……私の幼馴染なの――ライバ、こちら順番に……」
「ありがとうミア、でも大丈夫――みんな知っているよ」
ミアの言葉を遮り、ライバは四人を見渡して言った。
「はじめまして、ライバ・ルートヴィヒ・アインホルンです。よろしく――奥の二人は、モビー、エリック・テンダーの兄弟だね、昨日の決闘も生で見させてもらったよ。あれは素晴らしかった」
――ど、どうも、と兄弟はライバに軽く頭を下げる。
観戦している生徒の人数も多かったため気づかなかったが、どうやらあの会場にライバも来ていたようだ――生徒同士の喧嘩を観戦するような野次馬根性を持っていることを同級生であるジョンとモビーは意外だと感じた。
「それから、そちらの二人は、例の事件でミアを助けてくれた二人だね――ジョン・フォーバー君と、アルジーノ・ローゼンベルグ君……」
「おぉ、こりゃどうも! まさか名前を知ってもらえているとは、嬉しいもんですなぁ」
ジョンが照れ臭そうに頭を掻いているのに対して、アルジーノはまるでライバを無視するかのようにハンバーグを口に運び続けている。
「ま、まぁ座ってよ! 俺たちも食べ始めたばっかりだからさ」
アルジーノのせいで壊れそうになった空気を慌ててジョンが取り繕う。
ミアの向かい、エリックの隣の席に座るよう促されたライバが座ると、彼もアルジーノと同じハンバーグを昼食に選んでいることが分かった。
「それにしても、昨日先輩に勝利するのに一役買ったあの道具は、自分たちで作ったのかい? 相手の不意をつく、素晴らしい作戦だったよ」
席に着くなり、ライバは気さくに話題を提供する――今学年で持ち切りの当たり障りのない話だが、初対面での会話としては最適だった。
「そうなんです! ミアさんが昨日急遽作ってくれたものでして!」
「そうか、ミアが作っていたのか。 通りで出来がいいと思っていたよ」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。まぁ博士の協力があったからうまくいっただけなんだけどね」
「博士……?」
「あっ……」
ミアは自分が口を滑らせてしまったことを後悔した――『研究室』や『発明』という言葉に興味を持って博士のもとを訪れた自分と同じように、『博士』という言葉が気になって、ライバも研究室に足を運びたいと言い出す可能性があったためだ。
もしそうなれば、アルジーノが黙っていない――
案の定、ハンバーグを食べる手を止めたアルジーノは、自分の前にある皿の一点を見つめている――アルジーノの中に渦巻く怒りが、隣にジョンを挟んでいるにも関わらずひしひしと伝わってくる。
――まずいわぁ……どうやってごまかそう……
「あれを作ってくれた協力者がいたってことかい? 専門科の教授とか?」
「あ、その、そうそう! この前特別講義をしてくれた教授にちょっとお願いして……」
――ふーん、といったライバはいかにも疑わしそうにミアを見つめるが、食事を口に運びながらミアはその視線が外れるのを待つ――昔からミアが聞いてほしくなさそうにしていれば、ライバは気を遣ってそれ以上踏み込んでこないのをミアは知っていた。
「そっか。じゃあ、その教授も、今回の勝利の立役者だね」
急に笑顔になってライバが食事を始めたので、一同は安堵する。
その後しばらく雑談を続け、次の授業が始まるということで全員食器を片付けるために立ち上がる。
「じゃあ、私、先に行ってるから、またあとで」
――またあとで、とは当然研究室で落ち合おうということなのだが、それにしてもまだ知り合って間もないライバを置いて立ち去るなよとジョンやアルジーノは思っていた。
エリックも早々に後にし、それを追いかけるようにモビーも姿を消していたため、いつの間にかアルジーノ、ジョン、ライバの三人だけになっていた。
「アルジーノ・ローゼンベルグ……」
ジョンと一緒に教室に戻ろうとしていたアルジーノをライバが呼び止めた。
「君は、ミアの隣にはふさわしくない――」
「はい……?」
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