第30話 クレイーノ・ローゼンベルグ⑧
――決闘前日の放課後
「最初の攻撃……ですか」
「おそらくな。クレイ
剣を構えたエリックは、同じく剣を構えたジョンと相対している。
校門から校舎までの間にある中庭でそんなことをしているので、珍しがった生徒たちが何人もこちらに視線を向けながら通り過ぎていく。
アルジーノは、過去に家で聞いた話や、父と特訓しているクレイーノの姿から見られる、彼の剣術の特徴を可能な限りエリックに教えようとしていた。
今回の決闘も、兄の軽挙妄動を見てアルジーノ自身が耐えきれず彼らに割って入ったことが原因ではあるが、このままエリックが負けて、簡単に博士の家の地下室について知られるのは避けなければならない。
「兄上が父上との特訓でよく練習していたのが、低い姿勢からの突進だ。俊足を生かして、相手との距離を一気に詰めて、相手が対応してくる前に斬撃を食らわす。ジョン、さっき言ったみたいに、両手で剣を脇に構えて、エリックに剣が見えないように姿勢を低くして被せるんだ」
「ったく……なんで俺がお前の兄貴の役なんだよ。よく知ってるんだったら、お前がやればいいだろ?」
「俺が剣術からっきしなのは、お前も知ってるだろ」
アルジーノの言葉に舌打ちをしたジョンは、彼に言われた通り剣を構える。
「よし――たぶん明日も、クレイ兄はこの構えから突進してきた後、そのまま斬り上げか斬り下ろしで攻撃してきて、その後も剣の軽さを生かして素早く連続で斬りつけてくるはずだ」
「そ、そんな……最初の攻撃から後の情報が曖昧過ぎませんか……? 連続で斬りつけてくるって言われてもどうしたら……」
「ある程度攻撃パターンは兄上の中でも決まっているんだろうが、剣術も碌にできない俺にそれは分からないし、分かったとしても、たぶんあの人の攻撃をすべて防ぐのは不可能だ――だからこそ、それを決められる前にこっちの切り札を出すしかない」
「なるほどな」
ジョンが納得したように微笑む。
「そういうことですか……! つまり……」
エリックもアルジーノの言葉の意味を理解すると、クレイーノとの決闘に対する不安で雲のかかっていた自分の心に、一筋の光が差し込んできた気がしたのだった。
「決闘……開始――!」
ウィリアムズの掛け声ととも、構えたままの低い姿勢でクレイーノが大きく一歩目を踏み出した。
クレイーノが一気にエリックとの距離を詰めてくる――その間、エリックは剣を持った右手を盾の内側に持ってきて、『切り札』の準備に取り掛かる。
――アルジーノさんの言う通り……剣術で劣っている僕が勝つには、
あと一歩の間合いまで詰めてきたクレイーノは、そのまま剣を肩の上へと持ち上げていく――斬り下ろしがくる……!
咄嗟にエリックはクレイーノの攻撃を盾で防ぐ――剣が軽いため、攻撃自体はそれほど重くない。
次の斬撃が来る前に、盾の内側に忍ばせた閃光弾を作動させようと右手を伸ばす。
充魔材をボールの中へ押し込み、光が発生する瞬間にクレイーノと距離をとり、盾の内側がクレイーノに見えるよう自身の背後へ構える――そうすれば、背後に光源が存在しているエリック自身の目は眩まず、直接光源を視認することになるクレイーノのみが目を眩ませるという作戦だ。
――昨日、ジョン先輩と練習した通りに……!
そう思いながらエリックは充魔材を押し込もうとするが、想定通りに事は運ばなかった。
――ガキンッ、という金属音とともに衝撃を受けたエリックは、自身の左側へ盾を弾かれてしまう。
これにより、右手で充魔材を入れることができないどころか、正面の防御ががら空きになってしまったのだ。
――しまった……!
エリックが内心で自らの行動の遅さを後悔していると、その隙も与えず正面からクレイーノの突き攻撃が迫ってくる――そして、鎧の隙間を狙ったクレイーノは、見事エリックの左肩に自らの剣を突き立ててしまったのだ。
「ぐあっ!」
痛みのあまり思わずエリックが声を上げると、クレイーノは彼の腹部を力いっぱい蹴飛ばし、その勢いで刺さっていた剣を引き抜く。
転がって舞台上でうつ伏せに倒れ込んだエリックの肩からは鮮血が溢れ出している。
「エリック!」
目の前で弟が血を流して倒れている光景に、思わずモビーが身を乗り出すように叫んでしまう。
「おいおい……なんで『
ジョンも震えた声でミアに尋ねるが彼女は眉に皺を寄せながら首を振った。
「『
「嘘だろ……あれだけ血を流していても、まだ戦わなくちゃいけないってのか……」
「残念だけど、『決闘』とはそういうものよ。問題は、今の時点で戦闘能力をほとんど失っているエリックに対して、クレイーノがすぐに決着をつけてくれるかどうか……」
ミアの言葉に、ジョンとモビーは青ざめる。
「まさか……このまま『
「そんな……エリック!」
モビーの叫びも空しく、エリックはうつ伏せになったまま動かない。
そんな彼に一歩ずつ近づいていくクレイーノは、普段エリックを痛めつけている時のように見下したような笑みを浮かべている。
「貴様が何の対策もせず私に挑んでくるなどと考えてはいなかったが、分かりやすすぎるぞ? エリック」
うつ伏せになったエリックの左手に革のベルトで固定された盾は裏返っており、その内側に拳ほどのボールが付いているのを確認する。
「これが何かは知らんが、戦闘中に相手ではなく盾の内側を見ているようでは、そこに何かを隠していると自白しているようなものだ。もっとうまくやらないとなぁ?」
そう言ってクレイーノは、露になったエリックの左手に剣を突き立てる。
「ぐっ……ああああ!」
「エリック! もういい! 降参しろ!」
エリックの叫び声を聞いて、泣きそうになりながらモビーも声を上げる。
「ほらエリック、兄の声が聞こえるだろう? もう痛い思いをしたくないだろう? 今降参すればこれ以上痛い思いをしなくて済む――無論、貴様の望みは叶わないがなぁ?」
――『エリック、およびモビー・テンダー二人の兄弟への一切の関与を禁ずること』……
エリックが歯を食いしばりながら脳内でその言葉を反芻していると、クレイーノがゆっくりと彼の周りを歩く。
「自身の非力さを恨むといい。私に『決闘』を申し込んだ傲慢さを悔やむといい。そして、兄と二人で嘆くといい――これからも続く、悲劇の学園生活を想像してな……!」
そう言ってエリックが剣を持つ右手側までクレイーノが回り込むと、二人はそこで目が合った。
痛さのあまり、エリックは呼吸が荒くなり、汗も大量にかいている。
「くふっ……はははは! 惨めな姿だなぁ、エリック。一応教えておいてやろう――私は最初からこの戦いに剣と鎧以外持ち込むつもりはなかった。貴様がどんな姑息な手段を取ってきたとしても、決して負けることはないと確信していたからだ……。そしてどうだ? 私の思った通り、それは今現実となった」
そう言って高笑いをするクレイーノを見たエリックは、彼のことを鼻で笑うのだった。
「そっか、良かったです……それが聞けて」
「……何を笑っている?」
「あなたこそ……何を笑ってるんです? 『負けることはない』……? とどめを刺す勇気もないくせに、ダサい事この上ないですね!」
うつ伏せになって倒れているにも関わらず、自分を見下すような視線を向けてくるエリックにクレイーノは憤る。
「……貴様、まだ痛みが足りないようだなぁ!」
そう言ってクレイーノは大きく足を上げると、力強くエリックの手首を踏みつける。
――かかった……!
次の瞬間、踏みつけたクレイーノの足裏から決闘場を覆うほどの激しい光が発せられ、会場にいた誰もが、思わず目を覆ってしまうのだった。
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