第29話 クレイーノ・ローゼンベルグ⑦

――二日後 決闘当日


「す、すげぇ人数だなこりゃ……」


 ジョンが周囲を見渡すと、百人近くは生徒がいるのではないかと思う。


 アルジーノたちの通うホープシュレール国立総合学園は、四年生までの生徒と五年生以上の生徒とで通っている校舎が異なっている。


 アルジーノたち四年生までは全般科、それ以上の学年は専門科に所属しており、専門科の校舎は全般科のそれの東側に位置しており、校門自体も別に設けられている。


 本来は騎士科の生徒のみが使用することが許可されている『決闘場』というものが専門科の校舎には存在しており、昔から決闘はこの場所で行われるのが伝統となっている。


 『決闘場』と言っても、バスケットボールやバレーボールが行われる屋内競技場と大差はなく、ドーム状の建物内の中央に決闘用の舞台があり、それを囲むように観客席が設けられている。


 今この場に来ている生徒数は百人にも満たないだろうが、おそらく上の方まで席が埋まれば、千人近くは入れられる、かなり大きな会場だった――ジョンやアルジーノ、そしてミアとモビーらの関係者は、舞台に一番近い最前列に座っていた。


 決闘を行おうとする生徒の多くは、そもそも魔法なり剣術なりを専門科に入った後に究めた者であり、全般科の生徒がこの場所を利用するという機会は滅多にない――当然、ジーグに痛めつけられる日々を続けており、碌に友達もいなかったジョンとアルジーノは、そんな場所のことを知る由もなかった。


「ほらあそこ、全般科と騎士科の教師が結構集まってんな。流石に全員ではないけど……」


 ジョンが指さした方向にあったのはおそらく教員用座席と思われる場所で、確かに顔だけは知っている教員たちが何人も座っている。


 言ってしまえば生徒同士の喧嘩でしかない決闘などに付き合わされるなど、教員からすればただ面倒な行事でしかないだろう。


 アルジーノが同情の念を教員に対して向けていると、急に周囲から歓声が上がった。


 何事かと思い舞台に視線を戻すと、既にクレイーノとエリックがそこに上がっていた。


 全般科の生徒が剣術の授業の際に使用する共通の鎧を纏ったエリックに対して、既に六年生で騎士科にも所属しているクレイーノは身軽な鎧を身につけている。


 騎士科に所属した生徒はその剣術の流派によって身につける鎧も異なっている――盾と強靭な鎧を身に纏い防御力に特化した持久戦を得意とする者もいれば、クレイーノのように、軽量な鎧を身にまとい俊敏な攻撃を仕掛ける短期戦を得意とする者もいる。


 エリックが身につけている鎧は汎用的なものであり、力のある者であればある程度機敏に行動することは可能である。


 今回は盾も身につけ、速さで仕掛けてくるクレイーノの攻撃を受け流そうという構えだ――そして、その盾の内側に、秘密兵器である閃光弾を隠し持っていた。


「エリック! がんばれー!」


 モビーが弟に対して声援を送る。


 エリックの所属するテニス部のメンバーも多数観戦に来ており、下級生たちはエリック、上級生たちの一部はクレイーノのことを応援していた――クレイーノはどうやら先輩たちの一部からよく思われていないようで、少なくともアルジーノにはエリックを応援する声の方が多いように感じた。


 部隊に上がったエリックは、注意深くクレイーノの装備を観察する。


――パッと見たところは、魔道具のようなものは持ち込んでないみたいだけど……


 エリックがそう考えていると、騎士科の教員であるウィリアムズが舞台に上がった二人に声をかける。


「二人とも、『自動治癒機オートヒーラー』は付けてあるな?」


 二人は腰のレザーホルダーに拳二つほどの大きさの円柱を下げていることをウィリアムズに見せる。


 円柱には規則的な紋様が刻まれており、致命傷を与えた場合にはここに刻まれた魔法が自動的に作動するようになっているのだろう。


「では、決闘を始める前に、お前たちが懸けているものについて確認させてもらう。まず、エリック・テンダー」


 名前を呼ばれたエリックは、緊張で少し汗をかきながらも答える。


「はい。私が勝った際に望むことは、『エリック、およびモビー・テンダー二人の兄弟への一切の関与を禁ずること』です」


「クレイーノ・ローゼンベルグ、異論はないか?」


「――ありません」


 クレイーノは実に落ち着いた態度で、見るからに緊張しているエリックを嘲笑うかのように答える。


「対して、クレイーノ・ローゼンベルグ、お前の望みはなんだ」


「私が望むものは、『アルジーノ・ローゼンベルグの秘密』です。具体的な内容については、勝利後に私から本人へ提示します」


 クレイーノは、エリック側の観客席に座っているアルジーノをまっすぐに見た。


 その目には、自分が絶対に負けないであろう自信が見て取れた。


「ほう……決闘に参加しない第三者に関する報酬を望むか……。アルジーノ・ローゼンベルグ!」


 名前を呼ばれたアルジーノは、返事をして立ち上がる。


「たった今、クレイーノ・ローゼンベルグが述べたことに異論はないか? お前が同意しないのなら、この決闘は双方の合意が果たされないため中止とするが」


 会場に集まった全生徒の視線がアルジーノに集まる。


 聞かれるまでもない――食堂でエリックとクレイーノのやり取りに割り込んだ時から、答えは決まっている。


「異論ありません。兄が勝利した場合には、彼の望む秘密を必ずお教えします」


 そう言うとアルジーノはクレイーノのことを強く睨み返した。


 約束を聞き入れたウィリアムズは納得したように頷く。


「承知した――これにより、たった今、両名の合意が取られた……」


 彼は大きく息を吸い込むと、会場が割れるかと思うほどの大声を上げる。


「これより! 決闘を始める! 双方……構え!」


 掛け声を受け、エリックとクレイーノは互いに剣を抜く。


 クレイーノは、騎士が持つには珍しい細身の長剣を両手に持つと、それを自分の右脇に構える。


 さらに彼は、自分の体を低くして左肩を前に突き出すようにエリックを睨みつける――エリックの位置からだと、クレイーノが持つ剣の刀身はほぼ見えない状態になっていた。


――聞いていた通りだ……


 練習通り盾を前方に構えたエリックは、昨日ジョンやアルジーノたちと特訓していた時のことを思い出していた――

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