第18話 ミア・ワトソン③
「実はね、家に帰りたくなくて、どうやって時間潰そうかなって思ってたの」
「あれ? 今日部活は?」
「――休み。いつもならバレー部のみんなとカフェでも行くんだけど、今日はみんな予定があるみたいで」
「……もしかして、彼氏?」
――なんで男のお前がガールズトークみたいな雰囲気で質問しているんだ、とアルジーノは心の中で呟いていたが、思いの外ミアが真剣に答えるので、そのギャップが少し
「そっか……そうだよね。もう彼氏とかできてても全然おかしくないもんね」
「逆にミアさんはいないの? モテてそうに見えるけど」
ミアは俯いたまま首を振った。
騒がしかった廊下もだんだんと人が減り静かになってきたため、先ほどと比べるとそこで話している三人が少しだけ浮いているように見える。
――こんなところで恋愛相談とか勘弁してくれよ、と思ったものの、これを口に出すとまたジョンに愚痴を言われるのが分かっているので、アルジーノは心のうちにとどめておく。
「まぁ今は好きな人とかいないし、いたとしても、父が許してくれるかどうか……」
「厳しいんだね……」
「うん、昨日会ったから、二人にもちょっとは分かってもらえたでしょ? あんな感じの人だからさ……」
初対面にも関わらず、娘の同級生を脅すような態度を取れてしまう人間性は、確かに褒められたものではない。
これほど気さくに話せる娘があの父親の下で育つとは思えないので、もしかしたらミアの性格は母親によく似ているのかもしれない。
「一昨日の事件のせいで、父が今まで以上に過保護になっちゃって……。昨日の馬車も、安全のためにこれからしばらくはあれで登下校しなさいっていう父の指示で用意されたものなの。ちょっと、そういうのが息苦しくなっちゃって……」
ミアの悲しそうな顔に、ジョンとアルジーノは何も言えなくなってしまった。
優秀な人間になって不自由のない生活をしてほしいと、親というものは常に子供の人生を憂いているのかもしれない――今回の事件が引き金で、ミアの父のそれは過度に膨れ上がり娘を束縛してしまっているのだろう。
――父上とよく似ている、と話を聞いていたアルジーノは思った。
父――騎士団副団長であるベイターノも、自分や妻のような騎士や魔法師になることこそが優秀な人間である証なのだと、幼い頃から兄弟たちに何度も言い聞かせていた。
そんな父に見放され無視され続けるアルジーノも、そうなる以前は、今目の前にいるミアのような顔をしていたのだろうか。
父の期待を重荷に感じ、思い悩んでいたのだろうか――彼に見放されて久しいアルジーノは、どれだけ思い起こしても、そういった記憶に辿り着くことはできなかった。
「あれ、じゃあ今日も馬車がもう来ちゃってるんじゃ……?」
「そうね、もう校門の前で待機しているでしょうね……。昨日みたいに父はいないでしょうけど。昨日は偶然仕事を早く終えていたのよ、いつも帰ってくるのは夜遅くなの」
――ふーん、と呟いたジョンは、何か思いついたように顔が明るくなる。
「じゃあ、お父さんが帰ってくるまでに家に帰ればいいってこと?」
「えっ……それは……。まぁ、馬車の料金は父が支払い済みだろうから、乗っても乗らなくても御者には関係がないし、母やメイドは家にいるけど、お願いすれば黙っていてくれるだろうし……」
「よし……! じゃあ、俺がいつも入り浸ってる場所があるんだけど、そこに遊びに来ない?」
「ちょっと待て。お前、何言ってるんだ」
それまで黙っていたアルジーノも、流石にジョンの提案に口を挟む。
研究室に出入りする人間をこれ以上増やすなど、ありえない事態である。
「別にいいじゃねぇか。ミ……ワトソンさんだって、このまま帰ったら退屈でしょ? ちょっと汚い所なのは目を瞑ってほしいけど……暇つぶしにはなると思うよ」
「二人の行きつけのお店か何か?」
ミアも興味を示し始めてしまったので、アルジーノは慌ててジョンの手を引きミアの前から立ち去ろうとする。
「また今度、機会があったら紹介するよ。つまんないところだから、たぶん来ようとも思わないだろうけど」
「なっ、離せよアル! 別に博士の発明見てもらうだけじゃねぇか」
「博士? 発明? もしかして、何かの開発施設のような所なの?」
アルジーノに引きずられながらも、ジョンは興味を示したミアに説明する。
「そうそう! 俺たちも研究室って呼んでてさ、今日も新しい発明品の改良に行くところだったんだ」
「お前……ぺらぺら喋るな――!」
これ以上ジョンに喋らすまいとアルジーノは彼をミアから引き離すのだが、既に手遅れらしい。
「なんだか面白そうね……見てみたいわ! 迷惑じゃなければだけど……」
「ぜんっぜん迷惑じゃないです。是非来てくださいよ!」
引き離されていくジョンにミアの方から駆け寄ってきてしまったので、アルジーノは諦めてジョンの拘束を解くと、二人は目を輝かせながら階段を降りていってしまった。
「おい、アル! さっさと行くぞ!」
思わず大きなため息が出る。
「どうしてこうなる……」
研究室に向かう前に、ミアは御者に家へ向かい母に事情を伝えるようにお願いした。
ミアの母は立てこもり事件から救ってくれた二人に対してとても感謝しているらしく、今度お礼をさせてほしいという話もしていたとのことで、今回の想定外の寄り道についても不問としてくれるだろうとミアが話していた。
三人が博士の家に到着するなり、流石に汚いままの部屋をミアには見せられないと想い、アルジーノは『
彼がそのまま定位置であるソファに座ってしまったので、ミアの座る場所がないとジョンは心の中で文句を垂らす。
「ほぉ! まさか女の子を連れてくるとはのぉ。はじめまして、フォックスじゃ。 私の研究室へようこそ」
「突然お邪魔してすみません。ご丁寧にありがとうございます」
ミアが博士に対して背筋の伸びたきれいなお辞儀をするので、彼女の育ちがいいことを改めて認識させられた。
「いやぁ、それにしても偉いべっぴんさんじゃのぉ。二人にこんなお友達がおるとは知らんかったわい」
アルジーノがずっと頼んでいる椅子なりソファなり追加の座る場所も博士が用意しないので、仕方なくジョンは自分の定位置であるアルジーノの隣に座るようミアを促す。
――しまった、そうなるのか……!
ミアが隣に座ると分かったアルジーノは、『
――ありがとう、と軽く会釈をした彼女がソファに腰かけると、その重みでわずかにアルジーノ側のクッションが浮かび上がってくる――そんなことで動揺していることがバレないように、アルジーノは少しだけ座る位置をミアから遠ざける。
普段は女子生徒に興味を持つことが少ないアルジーノも、学年一の美女がソファで隣に座っていると流石に落ち着かない。
制服のスカートから覗くきれいな太ももを横目で見ていると、ミアがふいにこちらを見てきた気がしたので慌てて視線を机の上にあるティーポットに戻す。
普段はジョンが使用しているカップに紅茶を入れると、そっとミアの前に差し出した。
「ありがとう。さっきまで話に聞いていたよりは、ずっといい所ね。何だか落ち着くわ」
――あ、う、うん、と挙動不審な返事をしたアルジーノは、普段ならソファへ深くもたれかかるところを、緊張からか背筋を伸ばしたまま座っていた。
――ちょっと待て、いくら女子と話す機会が少ないからって、今の俺めちゃくちゃダサくねぇか……?
体が強張っているアルジーノをよそに、ジョンは博士の机の前に立ち、おそらくは昨日から調整中の『魔力マッサージ装置』についてあれこれ話している。
それに対して、同じ研究室内にも関わらずまるで別世界であるかのように、ソファの上にはアルジーノとミアと一緒に、沈黙が深く座り込んでいるのであった。
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