第17話 ミア・ワトソン②

「なんだありゃ! 自分だけ言いたい放題言って逃げやがって。学年一の美女の親が、あんなくそ野郎だとは思わなかったぜ」


「今日はまた随分とご機嫌斜めじゃのぉ、ジョン」


 校門でミアが乗った馬車を見送った二人は、どちらからともなく博士の研究室に足を運んでいた。


 先日魔法で片付けたにも関わらず、また部屋には物が散乱している。


 アルジーノが研究室に来るたびに『整理整頓ティディーアップ』を詠唱していたのだが、何度やっても元の通りに博士が汚してしまうので、アルジーノは既に諦めていた。


 ジョンが来るまでは横になることができていたソファも、研究室に来ると彼がいつも隣に座ってくるのでそれもできない。


もう一つ彼用のソファを購入するよう博士にお願いしているが、生返事をするだけなのでどうやら行動してくれる気はないらしい。


以前に比べて、居心地の悪い空間になりつつあることにアルジーノはまたため息をいてしまう。


「あんなこと言われたんだから、アルもなんか言い返せば良かったじゃねぇか」


「初対面の人間にいきなり悪口言われると、言い返そうってことよりも驚きの方が勝っちゃうんだよ。まさにそれだった」


「確かに、それはそう! 俺も正直、バカみたいに口開けて見ちゃってたなー」


 二人が話している様子に、机で作業をしていた博士が両手を高々と挙げて立ち上がった。


「よし、ようやく完成じゃ」


「お! 博士、今度は何作ったんだ?」


 ジョンが子供のように飛び跳ねて博士の机へ向かう。


 机の上を見ると、欠けたドーナツのような形をした木製の物体が置かれていた。


 ジョンが持ち上げ裏側を見ると底がすべて空洞になっていることが分かり、中には円筒状の金属が入っていることがアルジーノの座るソファからも見て取れた。


「これなに?」


「名付けて、『魔力マッサージ装置』じゃ」


――『魔力目覚まし時計』みたいな名前だな、とアルジーノが思っていると、博士がジョンに発明品を首につけるように促している。


 どうやら首からかけて使用するものらしく、首の後ろから輪っかの欠けた部分通すと、うまく固定されるようにできていた。


 穴の内側には、首に直接木が当たって痛くないように、小さなクッションがつけられているようだ。


「これで準備完了じゃ。どうじゃ? もうブルブル震えておるじゃろう?」


「た、確かに、そう言われると微かに振動しているような……」


 そう言ったジョンが首にかかった装置へ意識を向けると、突然振動が激しくなりがたがたと音を立て始める。


 装置の振動はジョンの頭も大きく揺らし、がたがたと上下左右に激しく揺れている。


「はぁぁかぁぁせぇぇ! こぉぉれぇぇはぁぁなぁぁにぃぃ!?」


「ほっほっほ! 装置に触れた者が注入した魔力量に比例して、振動が大きくなるようになっておっての。 肩が凝っていれば、たくさん魔力を注入して振動を強くできるんじゃ。 じゃが、ちと感度が高すぎてのぉ……ちょっと魔力を注入しただけで、そんな風に強く振動してしまうんじゃ」


「いだだだだだ! とぉぉめぇぇてぇぇくぅぅれぇぇ!」


「止めたい場合には、魔力の注入をやめれば良いのじゃ。ほれほれ、やってみぃ」


「むぅぅりぃぃだぁぁ、いぃぃたぁぁいぃぃ!」


「……ほぉ、やはり制御が難しいようじゃのぉ……」


 そう言って博士はジョンの肩から装置を取り外すと途端に振動は収まり、その場にジョンは座り込んでしまったのだった。


「ひ、ひどいめにあった……」


「どうじゃ? 凝っておった肩がほぐされて、軽くなったじゃろう?」


「え? あぁ、うーん……そうかなぁ?」


 ジョンが肩を回しながら立ち上がり、納得できない表情でソファに戻ってくる。


 先ほどの振動に苦しんでいるジョンは少し可哀そうではあったが、頭ががくがくと震えている様子が少し可笑おかしく、アルジーノはソファの上でくすくすと笑っているのだった。


――面白いという点だけで見れば、ある意味今までで一番の発明かもな






 ジョンと博士が『魔力マッサージ装置』の感度調整に夢中になり始めたので、面白がったアルジーノもしばらくそれに付き合っており、気づけばいつもより帰宅がだいぶ遅くなってしまっていた。


 普段は屋敷で決まった時間に夕食を用意してもらっているため、後で召使に言って部屋に運んでもらおうと考えながら玄関をくぐると、クレイーノと鉢合わせてしまった。


「随分と遅かったじゃないか。部活動もしていないお前は、いつもどこで何をしているんだ?」


 父のような説教を垂れ流されるのはごめんだったので、適当にあしらって部屋へ戻りたいアルジーノは、駆け足に玄関前の階段を上っていく。


「俺がどこで何をしていようが、クレイ兄さんには関係ないだろ?」


「最近魔法を使えるようになったからと言って、調子に乗っているようだね。これまで通り、無能ならそれらしくせめて勉学に励んだらどうなんだい?」


 これまでであれば、こういった扱いをされた際には何も言わずにその場を去っていたのだが、今日はムキになって何かを言い返そうと二階の廊下で立ち止まった。


 魔法が使えなかった昔であれば、絶対に敵わない兄たちに対して反抗しても無駄だと考えていたのが、今の自分はそうでないことにアルジーノは気づく。


 自分を虐げてきたジーグやキングーノに対抗できたことで、少しずつ自信がついてきたのだろうか。


「まぁ、少しはマシになったであろう生活に、せいぜい感謝しながら過ごしていくことだね」


 そう言ってクレイーノがその場から立ち去って行ったので、アルジーノもそれ以上は何もすまいと、自分の部屋へ戻っていった。






 翌日の昼休み、いつものようにジョンと食堂の隅で昼食を取っていると、二人を見つけたミアが財布片手に近づいてきて、いきなり頭を下げた。


「二人とも、昨日は本当にごめんなさい。父が無礼な態度をとってしまって、娘として恥ずかしいわ」


「い、いやいや、別に、気にしてませんから! な?」


 定番メニューであるカレーを口に運ぼうとしていた手を慌てて止めて、ジョンはミアに向き直り顔を上げるよう促す。


――ああいうのは慣れているから別に気にしてないよ、という相手が気を遣ってしまうような言葉をアルジーノがかけるので、ジョンが慌てたようにミアへ弁明する。


「こ、こいつ、こういう空気読めないとこあるから、気にしないで」


「あぁ、別にそちらこそ気にしないで。悪かったのはこっちなんだから。じゃあ、ひとまずこれで」


 そう言ってミアは二人に手を振ると、食堂の外まで続く昼食を購入しようとする生徒たちの列に戻っていった。


 昨日下駄箱で一緒だったバレー部員たちと一緒に昼食を取るようで、彼女たちが並んでいたところに合流したようだ。


「ちぇっ。あのまま一緒に飯食えたらラッキーだったんだけどなぁ……。お前も余計なこというなよ、ミアちゃん困ってただろ?」


 ジョンの言葉など聞こえていないかのようにアルジーノが食事を続けるので、舌打ちをして再びカレーを口に運ぶ。


 そんな二人のことを、食堂の反対側に座った一人の男子生徒が、今月の新メニューであるパエリアを食べる手を止めてじっと観察していた。


 遠くを見つめる彼を不思議に思ったのか、向かいに座っているもう一人の男子生徒が声をかける。


「ライバ、どうした? 知り合いでもいたか?」


「――あぁ、いや……。何でもないよ」


 友人の言葉で我に返ったライバ・ルートヴィヒ・アインホルンは、目の前のパエリアを完食することに意識を戻すのだった。






 一日の授業を終え、早々に荷物を片付けたジョンはアルジーノの席にやってきた。


「行くぞ、アル。今日もマッサージ装置の改良だ!」


「いや、なんでそんなにやる気満々なんだよ……」


「何言ってんだよ? 発明は男のロマンだ! あれを完成させて商品化すれば、さぞ大金が……」


 ジョンの目が途端に卑しくなる。


「お前、まさか博士の発明なんかで学費稼ごうとしてるのか……?」


「なんかとはなんだ! 博士が考えているものは全部、立派な発明じゃないか!」


「この間その立派な発明で腹を壊していたのはどこのどいつだよ……」


 呆れながらも、研究室にジョンがいるという環境に既に慣れてきてしまっているアルジーノも席を立つ。


 教室を出ると、同じように授業を終えた生徒たちが大勢廊下を移動しており、ぶつからないように校門までのルートを進む。


 すると、ジョンは人混みの中で廊下の壁に寄りかかっている女子生徒を見かけ、彼女に駆け寄っていってしまった。


「あ、ちょっと待てよジョン」


 アルジーノが追いかけると、そこにいたのはミア・ワトソンだった。


「お疲れ! ミ……ワトソンさん!」


――ミアちゃん、と呼びそうになり、慌ててジョンが言い直す。


「フォーバー君……ローゼンベルグ君も」


 二人に微笑みかけた彼女は、昼間食堂で話しかけられた時に比べると明らかに暗い表情を浮かべており、すぐに俯いてしまった。


「……どうしたの? 浮かない顔してるけど」


 ジョンが尋ねるとミアは大きなため息を吐いた後、話し始めた。

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