第8話 ジョン・フォーバー①
「おいアルジーノ、お前、一昨日家に帰ってこなかった上、昨日は学校もサボったらしいじゃねぇか」
ジーグへの復讐を途中でやめた翌朝、家を出ようとしているところをキングーノに呼び止められた。
アルジーノや、一つ年上のキングーノを含めて現在学園に通っている兄弟はまだ七人もいる。そのため、嫌いな兄弟と登校時間が同じにならないように、アルジーノはいつも早めに家を出て、母の墓参りをしてから始業ギリギリに学園へ滑り込んでいる。
今日は運が悪い事に、起きてきたばかりのキングーノに見つかってしまった。
「ついに無能だと自覚して、人生諦めたのかと思ったが、結局帰ってきたんだなぁ?」
寝起きでそれほど頭も回っていなさそうだが、アルジーノをバカにする言葉は次々と浮かんでくるようだ。
「おい、それよりお前、ミア・ワトソンって知ってるか?」
キングーノの言葉を無視して玄関を開けようとしたアルジーノを、彼はまだ呼び止める。
ミア・ワトソン――自分の同級生である女性の名前だということはアルジーノにも分かった。
他クラスの生徒であるため、関わりが少ない――そもそもアルジーノと関わりがある生徒が少ない――が、その整った顔立ちと落ち着いた雰囲気で、男子生徒からの人気が高いらしい。さらに、魔法の能力も高く、座学の成績も優秀ときている。
「知らない」
これ以上キングーノとの会話を続けてたくないアルジーノは、適当に答えて玄関を開ける。
「そらそうか、てめぇみたいな奴に、知り合いがいるわけなかったな!」
胸糞の悪い言葉に蓋をするように、アルジーノは玄関を閉じた。
今日はいつもよりも早めに教室に着けそうなので、普段は全速力で通過する校門を、アルジーノは悠々と歩いて通り過ぎる。
いつもギリギリで駈け込んでいる時に比べると、登校中の生徒の数が段違いに多いなと感心していると、前方からアルジーノを見つけた男子生徒が、大きく手を振ってこちらに走ってきた――ダッシュ登校仲間の、ジョン・フォーバーだった。
「よお、アル! 今日は早いんだな!」
「その言葉、そっくりそのまま……ちょっと、なんだよ」
アルジーノの言葉を遮るように、ジョンが肩を組んで小声で話しかけてくる。
「聞いたぞ……? 昨日ジーグとやりあったんだって?」
「っ……! 誰からそれを……」
「学年中で噂になってるぜ? 放課後の教室で、学校サボったはずのお前がジーグたちをボコボコにしたって」
そう言われて周囲を見ると、既に鞄を教室に置いた同級生の生徒たちが、噂を聞きつけたのか、アルジーノの方をじろじろ見ていることに気づく。
確かに、昨日教室で魔法を使った時は外に人がいるかどうかなど気にしていなかったが、これほど情報が回るのが早いとは……。
周りの視線に対して少し縮こまりながら、アルジーノはジョンに肩を組まれたままゆっくりと下駄箱へと歩いていると、校内に予鈴が響き渡る。
急いで靴を履き替え、教室の後ろから入ると、クラスメイトたちも先ほどと同じような視線をアルジーノに向け、ひそひそと小声で何かを話している。
「後で話聞かせろよ……?」
そういってジョンが自分の席へ向かうのを見ていると、ジーグとその取り巻きも既に着席していることが分かった。
クラスメイトたちの雰囲気から、ジーグもアルジーノが登校してきたことは分かっていたようだが、一切こちらを見ることはなかった。
アルジーノが自分の席に着くと、教室の前方から数学担当教員のスミスが入ってきて、始業のチャイムが鳴る。
「もう始業だ。 早く席につけ」
まだ立っている生徒たちが慌てて席に着く。アルジーノは鞄を開けて数学の教科書を取り出すと、鞄に入れていた杖がふと目に入る。
学園の全般科では、剣技も魔法も必修の授業となっているため、生徒は全員自分用の剣と杖を持っている。
剣を持ち運ぶことは困難であるため、武道場に全生徒の剣がまとめて保管してあるのに対して、杖は学園指定の鞄にそれを収納するスペースが付いている。
短く切られた皮を丸めてボタンで留めた箇所に、横から挿入する形でバッグ内に入れられるのだ。
魔法を全く使えなかったアルジーノにとって、これまでの魔法の授業はただ棒を振る退屈で惨めなものでしかなかった。
しかし、今後はそれも変わっていくのかもしれないと、杖を見て思う。
自らの学園生活がわずかでも明るくなりそうな期待を胸に膨らませ、彼は鞄を閉じるのだった。
放課後、授業が終わるなりジーグたちが昨日の仕返しに来ると思っていたアルジーノだったが、予想に反して、彼らはジョンを連れてどこかへ消えて行ってしまった。
部活動がある生徒は着替えのためにそれぞれの部室へ移動を始め、部活が休みか、そもそも所属していない生徒たちは、教室に残って談笑をしていた。
今朝からずっとそうであったが、どうやら彼ら彼女らの今日の話題は、アルジーノについてのようだ。
多少周りの目は気になったが、昨日学校を休んだ際に出ていたという数学の課題を片付けていると、一人の女子生徒が話しかけてきた。
「ろ、ローゼンベルグ君……」
アルジーノが顔を上げると、茶髪のロングヘアの女子生徒が隣に立っていた。同級生の女子たちと比較してもスラっと長身で、その腰まで伸びた長い髪はふわりと巻かれており、縁が太い黒メガネをかけていた。
一度も話したことはないが、アルジーノも名前だけは知っていた――ソフィア・ローレンだ。
「……き、昨日……放課後に、教室……」
「あぁ……」
アルジーノは一瞬周囲を伺った。
話したことはないが、授業中に人前であまりうまく話せない彼女を幾度も見たことがあるため、人間関係の構築があまりうまくないということは概ね分かっていた。
そんな彼女がわざわざ話したこともないアルジーノに話しかけてきたということは、クラスメイトの誰かが彼女に話しかけに行くよう差し向けた可能性が高いとアルジーノは考えたのである。
「そうだよ。 学校はサボっちゃったけど、野暮用で放課後教室に来ていたんだ」
彼女やみんなが聞きたいのは、十中八九、魔法が使えないはずのアルジーノがそれを使ったのは本当か、ということなのだろう。
そんなことはアルジーノ自身も分かっていたが、聞かれてないことに答えるつもりもない。
「その……魔法……どうやって……」
ついに核心をついてきたかと思っていると、教室の前方から突然名前を呼ばれる。
「アル! ちょっといいかー?」
ジョンだった。先ほどジーグたちと一緒にどこかへ行っていたはずだが、何用だろうか。
「あ、あぁ……今行くよ。 ごめんね、ローレンさん。 また今度」
数学の課題も片付いたので、ついでにそれも提出しに行こうとアルジーノは席を立つ。
ソフィアはその場に立ち尽くしたまま、寂しそうな表情でアルジーノを見送るのだった。
「なんだよ。 数学の課題出しに行きたいんだけど」
ジョンに呼ばれてついていくと、職員室からは遠い体育館裏でようやく二人は話し出した。
「アルってさ、お母さんって……」
唐突なジョンの質問に、アルジーノは動揺する。
「なんだよ、急に……」
「あーいや、どんな人なのかなー、って。 ちょっと、気になってさ」
ジョンの背中は、普段ジーグに殴られている時よりも、さらに小さくなっているよう見えた。
ジーグたちに殴られている時も、金を巻き上げられている時も、彼らの機嫌をとるかのようにジョンは笑っている。
彼なりの処世術なのだろう。
「死んだよ。 俺が小さい頃に」
「えっ……」
背を向けて立っていたジョンが、驚きのあまりアルジーノに振り向き目を見開く。
「じゃ、じゃあ、ペンダントって、お母さんの、形見ってこと……?」
「そうなるな。 てか、なんで急にこれの話なんか……」
アルジーノの言葉に、ジョンは俯き黙り込んでしまった。
手を強く握りしめ震えているジョンを見て、様子がおかしいと思ったアルジーノがその顔を覗くと、うっすらと涙を浮かべていた。
「お、おい。 どうした急に」
「……やっぱり、俺にはできない……!」
ジョンが何を言っているのかが、アルジーノには分からなかった。初めて見るジョンの表情に動揺していると、突然その背後の物陰から声がした。
「おいおいおい! 話が違うだろ、ジョン」
物陰から現れたのは、ジーグとその取り巻きだった。
「早く選べよ? 親から金盗んで渡すか、そいつからペンダント盗むか、俺たちに殴られて、金稼げなくなる体になるかさあ!」
ジーグの言葉ですべてを理解したアルジーノは、昨日彼に止めを刺さなかったことを後悔するのだった。
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