第7話 復讐の人造魔法使い②
教室の中に吹き荒れる風は次第に大きくなり、そこにある掲示物やら机やら椅子やら、何もかもを取り込んで大きな渦となっている。
その中心にいるのは、魔法が全く使えず、そのせいで家族にすら見捨てられた、ジーグたちに殴られるしか能がないはずの、アルジーノ・ローゼンベルグだ。
それなのに、彼は取り巻きたちを魔法で吹き飛ばし、次はリーダーであるジーグに標的を定め、一歩ずつゆっくりと距離と詰めていく。
「ふ、ふざけんじゃねぇ! てめぇ、何をしやがった!」
じりじりと後ろに引き下がるジーグは声を震わせている。アルジーノごときに恐怖を感じている自分自身に、ジーグはひどく苛立ってきた。
そう、所詮相手はあの魔法が使えなかったアルジーノ――それがたまたま魔法を使えるようになったからと言って、同級生でも魔法の成績が上位であるジーグは、普通に考えれば負けるはずがない。
いつものように魔法でアルジーノを吹き飛ばし、胸にあるペンダントを壊してもう一度立場を分からせてやろうと考えたジーグは、制服のポケットに入れていた杖を取り出す。
しかし、その杖を構える隙も与えず、アルジーノの魔法が飛んでくる。
「――『
まるで大砲から放たれた砲弾のような勢いの風の弾が、ジーグの手先へ飛んでいき持っていた杖を弾く。さらに風の弾は、そのままジーグの胸部へ直撃し、その体は大きく吹き飛ばされ、教室前方にある黒板に叩きつけられた。
「がはっ……!」
そのままうつ伏せに倒れたジーグの制服を掴んで、アルジーノが持ち上げる。体が痛み、抵抗できないジーグの腹部にもう一度同じ魔法を打ち込む。
「――『
「おわっ……!」
くの字になって吹き飛ばされたジーグは再度黒板に叩きつけられると、そのまま床に落ちて力なく座り込む態勢になった。背中を強打したせいでうまく呼吸ができないジーグだったが、何とか体を起こそうと腕に力を込める。
しかし、顔を上げて目の前にある光景を見て、ジーグは絶望する。
体に風を纏ったようなアルジーノの周りには、教室に置いてあった長机がいくつも風で浮いている。それは、今まで教室に吹き荒れていた風が机を巻き込んだ様子とは異なり、アルジーノが意図してその位置で保持しているのが分かる。
そして、冷ややかな瞳でジーグを見下ろすアルジーノが、次に何をするかを察したジーグは、思わず震えた声を上げてしまう。
「……や、やめろ……そんなこと……」
「――『
ジーグが言い終わらないうちに再び突風が吹き荒れたかと思うと、ジーグの右腕に長机の一つがまっすぐに飛んできた。
昔、騎士団の訓練風景が一般公開された際に間近で見た、騎士が放った矢と同じような速さだったとジーグは後々になって思い返したが、それほどの速さの机がジーグの腕にぶつかると、そのままの勢いで教室の壁に激突した。
グシャッ
聞いたこともない音が自分の体から出たことに恐怖を感じたジーグは、腕に激痛を感じるとともに、机と壁に挟まれた自分の二の腕が潰れてしまったのだと認識した。
「うあああああ!」
壁に激突した机は風による制御を失うと、そのまま乱雑に床へ落ちる。ジーグは呼吸が荒くなり、右腕の痛みで正常な思考をすることも叶わず、いつの間にか目から涙が溢れていた。
ジーグの叫びなど、アルジーノの心には全く響いていないようで、先ほどと一切変わらない冷ややかな目でジーグの泣き顔を眺めている。
ジーグの叫び声を聞いた取り巻きたちも、目の前で起きていることが信じられないと同時に、感じたことのない恐怖に体が支配され、壁に叩きつけられた痛みはとっくに引いていたにも関わらず、体を動かすことができなかった。
自分の心臓が恐ろしい早さで脈を打っているのを感じながら、ジーグはまともに思考できないながらも、アルジーノの周囲にあと四つ机が浮いていることを確認していた。
痛みと恐怖で支配された今のジーグには、命乞いの言葉を述べることすらできず、呻き声を上げることが精一杯だった。
しかし、ジーグの懇願空しく、アルジーノは続けて呪文を詠唱する。
「――『
宙に浮いた長机は先ほどと同じような速度で、順番にジーグの左腕、右足、左足をそれぞれ潰していった。声にならないジーグの叫び声が、教室中に響き渡る。既に意識も朦朧とし始めていた。
そしてまだ一つ、机は残っている――
アルジーノは次の魔法の照準を、ジーグの頭部に定める――これが命中すれば、間違いなくジーグの頭部が潰れ、彼の命はそこで終わる――
――あぁ、やっと終わる
――ようやく苦しい学園生活から解放される
――もう、大事なロケットが壊されることもない
――母上……
アルジーノは、目の前で絶望するジーグの顔を見ながら、これまでの苦しい日々を思い起こした。そして、その日々に終止符を打つべく、最後の呪文を詠唱する。
「――『
――……
長机がジーグの頭部めがけて矢のように飛んでいく
――……る……
何かが頭の中で響く
――……あ……
聞いたことのある声だ
――アル……!
懐かしく、優しい、誰よりも愛しい人の声だった
――母上……
アルジーノは、咄嗟に机の軌道を修正する。まっすぐジーグの頭部へ飛んでいた長机は、横から受けた別の突風に煽られその軌道が変わり、ジーグの右耳をかすめて壁に激突した。机はそのままジーグの右側へ勢いよく転がっていった。
恐怖で目を瞑っていたジーグは、顔をかすめた机が転がっていく音を聞いて、ゆっくりを目を開ける。
涙でぼやけた視界が次第にはっきりしてくると、目の前に立っているアルジーノの瞳から、先ほどまでの冷ややかなものでなくなっていることが分かった。さらにその目からは、今にも涙がこぼれそうになっている。
何が起きているかジーグが理解する暇もなく、アルジーノが呪文を詠唱する。
「――『
その途端、アルジーノが起こした風で散らばってしまった、教室のありとあらゆるものが元の場所に戻り始めた。
さらに、壁に激突したことで傷がついたり、壊れてしまっていた机や椅子も、元通りに修復されていく。
そして、アルジーノはジーグにゆっくりと近づいてくると、同じ高さまで屈みこむ。何をされるのかとジーグが怯えていると、アルジーノはその傷を癒す魔法をかけた。
「――『
ジーグの体をやわらかな光が包んだかと思うと、机によって潰れてしまった四肢が元通りに治っていく。
だんだんと痛みが引いていき、やがて、いつものように自由に手足を動かすことができるようになった。
ジーグが驚いて先ほどまで潰れていた箇所を順番に触っている間に、アルジーノは一人、元通りになった教室を後にするのだった。
「どうじゃった? うまくいったかえ?」
研究室に戻ってきたアルジーノは、ソファの上に寝そべって天井を見上げる。博士の言葉には、何も答えなかった。
そもそも、うまくいくとは何だったのかと、自分の中で答えが出ていなかったからである。
あの時、確かにアルジーノにはジーグに対する明確な殺意があった。彼を殺せば、自分の人生が好転すると本気で思っていた。そして、今もその感情は変わらない。
しかし、彼を殺そうと思ったその瞬間、幼き日に亡くした母にそれを止められた――ような気がした。あれは一体、なんだったのだろう。
アルジーノは首から下げたロケットを握り締める。自分の体温でそれは温かくなっていた。
返事をもらえなかった博士は机に向き直ると、いつものように何なのか分からない液体を混ぜ合わせる。
いつもと変わらない時間が研究室に流れているような気がしたが、魔法を使えるようになったアルジーノの世界は、一歩ずつこれまでとは違う道を進み始めていたのだ。
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