第6話 復讐の人造魔法使い①

「魔法が……使える……! ありえない……!」


 目の前でロケットが直ったのを確かに目撃したのだが、アルジーノはまだ信じることができずにいた。


「ほお、こりゃまたキレイに直っとるな。 ほれ、他にも試してみんかい」


「ほ、ほか?」


 他にと言われても、これまで魔法を使ったことがない自分には、そもそも魔法で何ができるのかもよく分かっていない。


 とりあえず周囲にあるもので何かできないかと辺りを見渡すアルジーノだったが、床一面に広がった博士の私物で、何から試せばいいのか見当もつかない。


――そもそも汚すぎるんだよ、この部屋……


 そう考えたアルジーノは、急に視界が開けたように、次にやることが思いついた。そして、持っていた杖を、研究室の床に向かって構える――そう、まずはこの部屋を片付けてから考えようと思ったのだ。


「――『整理整頓ティディーアップ』」


 アルジーノは先ほどと同じように、『部屋を片付けたい』という思いのままに呪文を詠唱する。すると、床に落ちたガラス容器、棚へ乱雑に戻された書籍、脱ぎ捨てられた白衣など、部屋のあらゆるものが一斉に動き出す。


「おお、すばらしいのぉ」


 博士以上に、アルジーノ自身が目の前で起きていることに驚いていた。思い起こせば、この魔法は学園でクラスメイトが実演しているのを見たことがあったが、それはせいぜい辞書を一冊、棚の所定の位置に移動させる程度のものだった。


 今研究室でアルジーノが唱えた同じ魔法は、明らかにそれ以上のことをやってのけている。


 しばらくして、家中のものが全て片付くと、まるで別世界にでも来たかのように研究室の空気がきれいになったような気がした。


実際、魔法によって埃なども掃除されているようで、部屋の隅の方には、とんでもない大きさの埃の玉ができあがっていた。


――これは後で博士に捨ててもらおう、とアルジーノはそのままにしておくことにした。


「ありがとう博士……! まさか、本当に魔法が使えるようになるなんて」


「いやいや。 アルがあの発明を試したからこそじゃよ」


「ははは、最初はめちゃくちゃ怖かったけどね……」


 アルジーノは自分の頭に刺さったもののことを思い出し、また頭頂部を触る。


「そんなことよりも、せっかく魔法を使えるようになったんじゃ。 アルがしたかったことを済ませてきたらどうじゃ?」


 博士は先ほどアルジーノが直した金色のロケットを差し出した。


――したかったこと……


 そう、アルジーノが命を投げ出しても構わないと思った理由――それは、大切なロケットを壊したジーグに復讐すること。


――いや、それだけじゃない……


 アルジーノは、自分のことを虐げ続けてきた家族、母をバカにしてきた兄弟たち全員に対しても、必ず復讐すると心に決めた。


「博士――ひとまず、学園に行ってくる」


 決意を固めたアルジーノは、玄関の脇についているフックへかけられた自分の鞄を手に取る――来た時は床に置いていたのだが、『整理整頓ティディーアップ』によってこの位置に移動させられていた。


「そうかい。 帰ってきたら、昨日説明が途中になってしもうた『便秘解消ドリンク』を飲んでみるとよい。 ありゃ効くぞー」


 博士の机に置かれた、どぶのような色をした液体を目にしながら、アルジーノは研究室を後にするのだった。


「あぁ、気が向いたらね……」






 学園に着くころには、時刻は五時になろうとしていた。とっくに授業は終わり、学園では部活動が始まっていた。


 この時間に学校へ来るのは初めてなので、何だか悪い事をしたような気分になりながらアルジーノは自身の教室へと向かった。


 教室には誰もいなかった。窓から差し込んだ夕日が、人のいない寂しさを一層際立たせている。普段であれば、誰かしらが残って談笑しているため、珍しい光景だ。


 別の場所を探すため教室を後にしようとしたその瞬間、教室に一人の男子生徒が入ってきた――ジーグとその取り巻きだった。探す手間が省けたので、アルジーノは目的のため彼らへ向かって歩き出す。向こうもこちらに気づき、ニタニタ笑いながら声をかけてきた。


「おいおい、アルジーノじゃねぇの。 今日はどうしてサボったんだ? 俺がペンダント壊しちゃったから、おうちで泣いてたのか?」


 ジーグの言葉に返事もせず、アルジーノはジーグとの距離を詰める。ある程度近づくと、五人の取り巻きたちが普段羽交い絞めにする時と同じようにアルジーノの周りを囲った。


「おい、なんとか言えや! それとも、もう反抗する気力もないか? あ?」


 ジーグの挑発的な態度を冷ややかな目で見つめるアルジーノは、おもむろに制服の首元のボタンを外す。


 何をしているのかとそれを見ていたジーグは、昨日自分が壊したはずの金色のロケットがアルジーノの首にかけられているのが見えた。


「へぇ? 修復魔法で誰かに直してもらったのか。 お前にそんなことを頼める人間がいたなんてなぁ?」


 ジーグの言葉に、取り巻きたちが一斉に笑いだす。


「ほら、もう一度壊してやるから、それよこせや」


 ジーグがアルジーノの首元に手を伸ばし、強引にロケットを奪い取ろうとする。昨日ロケットを壊した時と同じ、他人を見下したような下品な笑顔を浮かべている。


その手がロケットに触れそうになった瞬間、アルジーノはジーグの手の甲に平手打ちをかました。教室に大きな音が響き、何が起きたか分からぬまま、突然自らの手に走った激痛にジーグは驚き目を見張る。そして、痛みの原因がアルジーノの攻撃だったと理解したジーグは、怒りで頭に血が上っていく。


「おい……てめぇ何様のつもりだ?」


「こっちの台詞だ――」


 アルジーノが咄嗟に言い返したので、ジーグはなぜか笑ってしまった。


 これまで、ジーグたちがどれだけ殴ろうと、アルジーノは彼らへの反抗をやめることはなかった。唾を吐いたり、暴れて拘束を解こうとしたり、足を踏みつけたりする。


 そのため、ロケットを奪った時のアルジーノの反応は、本当に珍しいものだった。どれだけ殴っても心が折れないアルジーノの、唯一の弱点、心の支え。


 それを無くしてしまったアルジーノは、果たしてどんな顔をするのだろうか。その生意気な態度を、そのまま保ち続けることができるだろうか。


――このペンダントをもう一度ぶっ壊して、お前を立ち直れなくしてやるよ……!


 心の中で呟いたジーグは、それが引きつった笑顔になって表れてしまう。


 激しい嫌悪をその顔に浮かべたアルジーノを見ながら、ジーグは取り巻きに彼を抑えるように指示を出す。


「おいアルジーノ。 てめぇ生意気だから、そのペンダント俺が預かって、粉々に砕いてやるよ。 修復できねぇようにな!」


 取り巻きたちが指示通りアルジーノを羽交い絞めにすると、ジーグがペンダントに向かって手を伸ばす。昨日までなら激しく抵抗するアルジーノだったが、今日は違う。


 そこから冷気が出ていると錯覚するほどの冷ややかな瞳でジーグを見つめるアルジーノが、静かに怒りを露にする。


「……てめぇらみたいなクズに、二度と触らせるわけねぇだろ……!」


――こんなやつら、吹き飛ばしてしまえばいい……そうだ、こんなクズども、吹っ飛ばして怪我をしたとしても、誰も悲しみやしない。


――そう、たとえこいつらを




 殺したとしても――




 どす黒い感情に支配されたアルジーノは、研究室で試した時と同じように、感情のままに口を動かした。


「――『乱風塊マルチブリーズ』」


 詠唱とともに、アルジーノの体から恐ろしい勢いの風が巻き起こり、それは羽交い絞めにしていた五人の取り巻きを軽々と教室の壁まで吹き飛ばしてしまった。


 突然吹き荒れた風に驚き、咄嗟に顔を覆ったジーグが視線を戻すと、壁に叩きつけられた取り巻きたちは、痛みのあまり床でうずくまっている。


 そして、使えないはずの魔法を放ったアルジーノを中心に、教室全体の空気が渦を巻いており、まるでアルジーノが風の衣を纏っているかのように見えた。


――こいつ……! どうして魔法を!? しかも、杖も使わずどうやって……!


 目の前の状況がとても信じられないジーグだったが、一つだけハッキリと分かることがある――それは、次にアルジーノが放つ魔法の標的が、自分であるということだった。

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