第2話 ローゼンベルグ家
「遅いぞ。 五分前には食卓に着けと何度言わせる」
アルジーノが到着する頃には、既に家族は集まっていた。騎士である父のベイターノが長机の一番奥に座っており、左右には兄弟たちが並んでいる。
アルジーノはローゼンベルグ家の十三人いる兄弟のうち、十三番目の末っ子であり、唯一の異母兄弟でもあった。
元々騎士である父は名家の女性魔法師と結婚し、十二人の子供を授かった後に離婚してしまったらしい。その後、すぐに再婚したアレクシアという女性との間に生まれたのが、アルジーノだった。
父と優秀な魔法師だった前妻との子供である上の兄弟たちは、誰もが魔法や剣技に優れた才能を持っていたのに対して、アルジーノはからっきしそれらができなかった。
実母であるアレクシアは体が弱く、アルジーノがまだ小さい頃に病気で亡くなってしまっている。
血のつながりがない兄弟たちに囲まれていたアルジーノにとって、アレクシアは実の母であるだけでなく、唯一その孤独を共有できる相手だったのだ。
一人ローゼンベルグ家に嫁いできた寂しさを抱えた彼女にとっても、アルジーノはかけがえのない存在であり、病床に伏すアレクシアの心の支えになっていた。
母が亡くなった際、彼女が身につけていたロケットを、アルジーノは形見として常に持ち歩いており、その中には幼い頃母と二人で撮った写真が入っている。
辛くなった時にその写真を見ると、天国にいるアレクシアに励まされているように感じられるのだった。
「早く座れよ、能無し!」
長机の一番手前に座っている、少し小太りな黒い短髪の少年が吐き捨てるように言った――ひとつ年上の兄であるキングーノである。
アルジーノと同じ学園に通う彼は、五年生となる今年、例年多数の希望者が募り倍率が非常に高い魔法科に、成績トップで進級した学年一のエリートである。
しかし、今の言葉から分かる通り、成績とは裏腹にその性格は横暴で、歳も近く魔力がないアルジーノに昔から暴言を吐くのだった。
生活習慣も褒められたものではなく、甘いものを欲しがる体は次第に肥えていき、半年前に買った制服用のシャツは、もうボタンを留めることができないらしい。
「キングーノ! 口の利き方を慎め。 無能な人間対して無駄な労力を使わないことも、優秀な人間であることの条件だ」
「失礼しました、父上」
実の父に包み隠さず『無能な人間』と言われることも、アルジーノにとってはいつものことだった。
生まれてからすぐアルジーノに魔法の素養がないことが分かると、父は彼に愛情を注ぐことをしなくなった――そしてそれは、彼を生んだ母である、アレクシアに対しても同様だった。
可能な限り後継ぎを残そうとした彼が離婚直後に急ぎ再婚した名家の娘――しかし、事を急いた結果、生まれてきたのは他の兄弟とは比べ物にならないほど無能な男児。
このことがあって、父ベイターノはアレクシアの死後、しばらく再婚をしていない。同じ轍を踏むのを恐れ、妻選びに時間をかけていた結果、この十五年間独身のままであった。
子育てについても、アレクシアと再婚する以前より半ば放棄しているような状態だった――これが離婚の理由の一つであると、昔から屋敷で働いる召使からアルジーノも聞いたことがあった。
騎士団で副団長を務めるベイターノは、任務で家を空けることが多かった。戦果を挙げてはいるものの、騎士団長は常にそれを上回る戦果を残し、長い間その座に君臨し続けている。
これを快く思っていないのはアルジーノを含めた兄弟たち全員が知っており、優秀な人材を輩出しようと、子育てに時間を割かない代わりに前妻へその躾について口うるさく指図していたのだという。
「それにしても、キングーノ。 成績トップで魔法科への所属が決まったそうじゃないか。 素晴らしい事だ」
「ありがとうございます、父上。 兄上たちに負けぬよう、これからも一層努力してまいります」
それからも父は他の兄弟たちのことを順番に褒めていった――まるでアルジーノがそこにいないかのように。
確かに、他の兄弟たちが学園や自らの職場で残している功績は素晴らしいものだったのに対して、魔法が使えないアルジーノの成績は、やはり芳しいのもではなかった。
魔法ができない分、その他の勉強は努力しており、アルジーノ自身は将来農民として作物の品種改良などの研究をしたいと考えていたのだ。
しかし、父の定義する『優秀な人物』とは騎士や魔法師のことを指しており、過去に自分の将来について語ったアルジーノは、兄弟の前で罵声を浴びせられる結果となったのだ。
「農民だと!? 貴様、魔法師になれないのであれば、どうして剣技を究め、騎士になろうとしない? それでも騎士である私の息子か! 恥知らずだとは思わんのか!」
――農民だって立派な職業だし、優秀な人だってたくさんいる
心の中で思ったことを口にすればどうなるかは目に見えていたため、学園に入学したばかりのアルジーノは、ただ父に謝ることしかできなかった。
その後、結局アルジーノ以外の兄弟を父が褒めちぎった末に、夕食はお開きになった。
どうせ話しかけないなら、わざわざ夕食に呼ぶ必要はないはずなのに、アルジーノが同席しなければ父はひどく彼を叱るのだった。
毎度ながら納得がいかず自分の部屋へ戻ろうとするところを、キングーノに呼び止められる。
「おい、お前、来年騎士科に所属できそうなのかよ?」
魔法が使えないアルジーノにとって、父の定義する優秀な人材になるには、騎士科に所属するしかない。
しかし、アルジーノは騎士科に所属できるほどの剣技を身につけていなかった。キングーノもそのことを分かったうえで聞いてきている。
黙ったまま部屋へ向かってアルジーノが歩き続けるので、キングーノはその肩を掴み強引に止めた。
「まぁ無理だよなぁ? お前、俺たちと違って無能な女の息子だもんなぁ? 何にもできやしないよなぁ?」
実母のアレクシアのことをバカにされたため、アルジーノは怒りのあまりキングーノに殴りかかる。それをかわした彼は、アルジーノの右頬にきれいなカウンターを入れる。重い一撃を食らったアルジーノは、一瞬視界がふらついて壁に手をついてしまう。
「調子に乗んじゃねぇぞ、無能が。 てめぇごときに俺が負けるわけねぇだろ」
そう言ってアルジーノの脇腹に蹴りをお見舞いして、キングーノは自分の部屋へ去っていった。
アルジーノは悔しさのあまり、殴られたことで出血した口の中で、歯が割れてしまいそうなほど食いしばるのだった。
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