1-2

少女が目を向けた先から現れたのはボロ布を纏った背の高い何か。ソレはゆっくりとガラクタを踏み歩きながら少女の元に近づいてくる。


「よぉ、そこのお嬢ちゃん。」


ソレから聞こえてきたのは低く少し枯れた男の声であった。そして血色の悪い手が少女に向かって手を振った。


「あなたは...?」


「おいおいそんな警戒してくれるなよ。」


睨みをきかせる少女のすぐ前までやって来て、ソレは纏っていたボロ布から顔を出した。


「ほら、警戒するもんでもないだろ。」


ボサボサで伸び放題の黒髪に、不揃いな髭。男はニッと笑って両手を上にあげ、敵対していないことを少女に伝えようとした。


「...どうしてここにいるの?」


少女は少し警戒をといたが、依然として疑いの目を隠しきれていない。そんな少女の質問に、男は溜息をつきながら返答する。


「あ゛ー...迷子になっちまったんだ。」


男の言葉に少女はうーんと唸った。


「ほんとに?」


「俺は嘘はつかないぜ。」


少女はそこまで言うならと、やっと疑いの目を戻した。男も安心したのか両手を下ろしてガラクタに腰掛けた。


「お嬢ちゃんはここで何してたんだ?」


「なに...してた?」


男からの質問に、少女は困惑して黙ってしまう。少女は何も考えずに作業をしていたのだから、何をしていかという質問の意味がよく分かっていなかった。


「その本を読んでたんじゃないのか?」


男は少女が片手に抱えている本を指さしてそう言った。少女も先程拾った本に視線を向けるが、男の質問に対して首を横に振る。


「わたしは文字はよめない。」


少女が無機質にそう答えると、男はバツが悪そうに顔を顰めた。ちょっとデリケートな質問だったかと心配しているようだが、絡繰り人形の少女にとってはそんなこと気にも留めていないようだ。


「ずっとここにいたのか。」


その質問に、少女は今度は首を縦に振る。


「気がついたらここにいたよ。」


「へぇ...その本はどうしたんだ。」


男が目線を本にやると、少女は薄汚れた本を見つめながら答える。


「ひろった。」


「...まぁここにはゴミは沢山あるからな。」


暫くの沈黙が流れたあと、男が本に向かって腕を伸ばした。


「ちょっと見してくれよ。俺は字が読める。」


言われた通り少女が男に本を手渡すと、男は先ず表紙をじっと見て、それから丁寧にページをめくり見始めた。その姿はとても真剣で、少女もじっと男を見ていた。


「ふーん、なるほどな。この本は自然のことについて書かれているみたいだな。」


「しぜん?」


男の口から出された"自然"について少女は首を傾げた。当たり前の反応である。なぜなら少女は学がないし、そもそもこの世界は自然とは程遠い世界である。


「自然っていうのはつまりな...うーん...」


男はどう自然を説明しようか迷っているようで、素早く本をめくっていると、あるページを見つけてそこを開いて少女に渡した。


「そのページに書いてあるのは"空"ってやつだ。この鉄の蓋の上にある、澄み切った青色をした、果てしなく続くものだよ。」


「そら...」


少女は一生懸命"空"文字を探したが、どれが"空"かまったく分からない。眉をひそめて必死に文字を探すその少女の姿に、男は呆れたように笑って本の上に指を乗せた。


「ほら、これが空の文字だ。」


男が指さした"空"はカクカクの線で繋がれた1つの文字であった。少女は目を細めてその文字を見つめてみるが、よく分からないまま男に視線を向けた。


「そらってほんとにあるの?」


「あぁ、あるさ。」


「だってわたしがいつも見てるそらは青くない。」


少女は上を見つめて男にそう言った。男は確かにそうだなと頷く。


「でもな、これは本物の空じゃない。さっきも言っただろ、鉄の蓋の上にあるってな。空はあの青くない空のもっと上にあるのさ。」


「そら...空...」


少女は薄くなった青色を指でなぞってみるが、全くもって空が想像できない。


「まだ疑ってるってんなら、実際に確かめてみりゃあいい。」


ふと男がそう呟いた。


「たしかめる?どうやって?」


少女が首を傾げると、男はガラクタから立ち上がった。


「あの鉄の蓋を取っちまえばいいんだよ。」

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