第九話:白き焔
『中々、やるな』
「まだまだ!」
一進一退の攻防を続けていたアイリとドルゴ。
互いに傷こそないものの、やはり長く打ち合う中で戦っていたが、先に崩されたのはアイリだった。
「ぐっ!」
やはり熊の剛腕から繰り出される威力ある拳撃が、アイリの握力を削ったのか。
拳を受け止めた盾が、勢いよく天に飛ばされる。
『さあ、喰わせろ!』
反動で仰け反らされたアイリに、体格に似合わぬ素早さで顔から勢いよく突っ込んだドルゴは、そのまま肩当てごとアイリの肩に噛みつく。
瞬間、一気に伸びた牙が鎧をも貫き、一気に血が吹き出した。
「があああああっ!」
思わず悲鳴を上げたアイリに、顔に血を浴びたドルゴの目が喜々としたものになる。
『さあ、もっと、喰わせろ』
『ぐわぁぁぁっ!』
肩を噛む力をあげ、同時に両腕でアイリを締め上げるドルゴに、悲鳴をあげたあいつは身体を仰け反らせる。そしてその瞬間、俺と目が合った。
……俺は師匠だ。
本当ならここで助けに入るべき。本能に身を委ねるなら、それがあいつにとっての最善だ。
だが、俺は視線を重ねながらも、その場から動こうとはしなかった。
デルウェンは、俺こそがこの戦いの鍵だと理解している。もしこれでアイリを助けようとすれば、その隙を突き俺を殺しにかかるに違いない。
今、それだけはできねえ。それをしたら、俺達は負ける。
それが分かっているからこそ、ぎりっと奥歯を噛んだ俺は、敢えて吠えた。
「アイリ! お前の力はそんなもんじゃねえだろ!」
「……はい!」
それを聞いた瞬間、悶えていた彼女がぐっと歯を食いしばる。
そして、喰われた肩をそのままにぎゅんっと身を丸め、そのまま奴の腹に両脚で思いっきり蹴りを入れた。
予想外の威力の蹴りが、強力な力で締め上げていたドルゴの腕を背中で弾き、同時に自由になった右手の剣を、勢いよく振り上げた。
その鋭い一撃が、奴の左腕を吹き飛ばす。
『ぐおぉぉっ!』
思わず悶えたドルゴは、思わず勢いよく身体を振ると口を開き、アイリを放り投げる。
彼女は痛みのせいで受け身を取れず、そのまま大地を転げるも、途中で無理矢理身身体を使い跳ね上がると、何とか大地に着地する。
互いに激しい血を残す二人。だが、アイリは聖騎士。
『こ、
前かがみになったまま強くそう叫び、剣を持ったままの手を肩に当てると、傷口が一気にふさがっていく。
とはいえ、受けたダメージもあってか。彼女の息は荒い。
ドルゴもまた、片腕を失い肩で息をする。が、未だ目に宿る闘争心に揺らぎはない。
『ほう。これでも動かんか。己をよく心得ているな』
「俺は奴等が勝つと信じているからな」
『そうか。さて、どうなるか』
デルウェンに対し、俺は平静を装い笑ってやる。
……そう。
あいつらは俺の
俺は己の駆け出したい気持ちをぐっと心の奥底に仕舞うと、デルウェンを警戒したまま、二人の戦いを見守る事に専念した。
『もう、斬らせん。そして、今度は、逃がさん』
と、ドルゴが静かに口にすると、血が流れ出る肩に反対の手を当てる。
すると、その血が残った右腕を伝い、身体全体を鎧のように赤黒い血が奴を覆う。
その表面には棘のように細い突起が無数に存在している。
あれに刺さろうものなら、確かにもう逃げられねえだろう。
これに対抗できるのか?
俺がアイリを見つめていると。
「師匠、すいません。僕は、まだまだ未熟でした」
彼女が荒い息をしながら、そうポツリと口を開く。
「師匠のように、手の内を隠してでも相手を圧倒する。僕は、そんな姿に憧れました。でも、やっぱりそれは無理みたいです」
俯きながらそう語ったあいつが手にする
『まだ、俺に勝つ気か?』
「力で負けても構わない。でも僕は、疾さじゃ絶対に負けない!」
その叫びと共に、アイリを眩い光が包んだかと思うと、全身を剣同様、白き炎が彼女を覆う。
これは……魔力を予想以上に使う。それを理解するには十分。
だが、それだけじゃねえ。
……アイリ。お前まさか、生命を削ってやがるのか!?
『この炎は?』
「神術、
『ふん。
ドルゴが何処か楽しげに、その場で前屈みになり、アイリめがけ飛び掛からんと構える。
すると、片腕を覆っていた血が鋭い槍のように尖る。
対する彼女もまた、両手で
『俺の拳、届けば、死だ』
「もう僕は迷わない。師匠は僕を信じてくれた! だから僕は、ちゃんと師匠に応えてみせる!」
二人は瞬間、弾けるように踏み込むと、互いの拳と剣で再び打ち合う──かに見えた。
最初の一閃は、ドルゴの背後から。
瞬間、覆っていた血が一気に蒸発し、むき出しになった背中に白き炎が残痕を残す。
奴が驚き目を見開いた瞬間、次に胴が薙ぎ払われ、また白い炎が奴を露わにする。
……それはもう、白き炎が一瞬にしてドルゴの周囲を覆い尽くすようにしか見えない奴も多かっただろう。
俺だって、辛うじて目で追えた。が、あの炎の力でより加速したアイリは、俺の全力に匹敵する疾さを見せている。
『こ、これは……!?』
奴の驚きの声。
そう呟いた時には、既に奴の全身を白き炎が覆い、アイリはその背後に抜けていた。
が、そこに全力を投じたのか。あいつはそのまま剣を支えに大地に片膝を突くと、身体を覆っていた焔が消える。
『くそ。まだ──』
「……燃えろ!
ドルゴが慌てて振り返ろうとした瞬間。
『ぐわぁぁぁぁっ!!』
酷く耳障りな絶叫と共に、奴を焼き尽くさんとする火柱が上がると、奴の姿が一瞬で白き炎の中で消える。
そして、炎が消えた時。そこには塵ひとつ残ってはいなかった。
残されたアイリは、その場で動けないまま、びっしょりと汗を流し、苦しげに息をする。
と、次の瞬間、露骨に隙を晒すそのすぐ側で、金属がぶつかり合う音がした。
それは、シャーミーがアイリを狙った鋭い連続突きを、弓で往なすエルの姿。
『あら。射手が仲間の為に身体を張るなんて。なってないわね』
そう言いながら、シャーミーが連続でエルに斬りかかる。
それを受け切るエルだが、射手が足を止められ、それを受けきれってのに無理がある。
「ぐっ!」
何とか弾いても、連続する突きは止まらず、エルの頬や腕、腹に掠めた
『さて。そこの子を何処まで守れるかしら? それとも、あなたが先に死んじゃう?』
愉しそうに自由に剣を振るうシャーミー。
が、次の瞬間はっとした奴は、瞬間後方に跳躍した。
ドドドッと奴がいた場所に刺さる矢。
それは間違いなく、エルが接射したもの。そして彼女の何度かの矢による牽制が、シャーミーをアイリから引き離す。
「……あら残念。今の距離なら当たるかと思ったのに」
『へえ。そんな隠し玉を持っていたの。中々やるじゃない』
互いに煽るかのような澄まし顔。
とはいえ、シャーミーは未だ余裕そうだが、エルの息は荒い。
……頼むぜ、エル。
誰か一人でも負けりゃ、俺達の未来に暗雲が立ち込めるからな。
あいつの立ち姿を見ながら、俺は心の中でそう願っていた。
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