第八話:決戦の始まり

『あら。頭数は揃えているのね。あの聖騎士はドルゴ。あなた向けかしら?』

『あれは、俺が喰う』

『じゃあ私は、あの色男とでも遊ぼうかしら』


 ドルゴと呼ばれた灰熊人グリズリアンの返事に、猫娘キャットレディが舌舐めずりをした後、唇を指でなぞり色気を出してみせたが。


『シャーミー。あれは俺が相手をする。お前はあの青髪の女を殺れ』


 意外にも、俺を指名してきたのはデルウェン本人だった。

 ま、光栄な話だし、こっちにとっちゃ好都合だ。


『そんな事をせずとも、全て私の星霊術で葬りされば済む話』


 っと。折角話がまとまったかと思いきや、ザルベスはそう言うや否や、俺達との間に巨大な炎の塊を幾つも生み出した。

 あれは、炎の彗星フレイムメテオか。あの量をあの大きさで生み出せるってのは相当。


「な、何だよあれ!?」

「あれを食らったらひとたまりもねえだろ!」


 流石のイシュマーク軍の兵士達も、あれを見りゃどよめくのも仕方ねえ。


『消えなさい』


 あいつが腕を伸ばすと、それらは勢いよく俺達四人や師団向け、降り注ぐ。

 と、そんな中、ティアラが片手に魔導書を手にし、もう一方の手を伸ばすと、俺達の正面に高き障壁ハイウォールが展開され、それに激突した炎が激しく爆発を起こした。


 あれだけの数、これだけ威力ある術を受け止めても、びくともしない輝く障壁。

 流石。ティアラも力負けしちゃいないな。


『ほう。あれを止めるとは……』

『あら。威勢のいいことばかり言って。あっさり止められてるじゃない』

『ふん。別に、この程度は想定内だ』


 予想外だったのか。驚きを禁じ得ないザルベスを、シャーミーがやれやれといったポーズで嘲笑うと、奴は少しだけ不機嫌な顔をする。


「流石だな! ティアラ!」

「ありがとうございます。ただ、あの方の術も相当。皆様への支援をしている暇は、ないかもしれません」

「構わないわ。こっちも手助けできるほど、甘くなさそうだし」

「そうだな。あの圧は本気で強そうだしな」


 対するアイリ達は、未だ緊張した面持ち。とはいえ、空気に飲まれきっちゃいないようだ。


『では、いくぞ』

『そうね』

『ふん。まあいいだろう』


 ドルゴがまたも手甲をかち合わせると、シャーミーも猫のように低く身構え、その両手に禍々しい細身剣レイピアを手に取り愉しげに嗤い。ザルベスは嫌悪感ある表情でこっちを見つめてくる。

 唯一デルウェンだけは、武器を構えることもせず、未だじっと俺だけに視線を向けてくる。


 そんな奴等の動きに釣られ、アイリ達も各々に武器を構えると、それを合図に六人が一斉に動き出した。


 アイリの鋭い袈裟斬りをドルゴが片手の手甲アームナックルで弾き、もう一方の腕で打ち込んできた拳撃を、騎士盾ナイトシールドで受け、弾く。

 鋼のぶつかる重々しい音が、緊張感をより高めていく。


 エルとシャーミーは互いに軽快な身のこなしで、それぞれの距離での戦いを狙う。

 後方に跳躍しつつ矢を狙い撃つエル。それを左右に避けながら、彼女との距離を詰めようとするシャーミー。

 素早さは五分。後はそれぞれの自力が物を言うって所か。


 ザルベスとティアラは、互いに場所を動かずに派手な術合戦を展開していた。

 互いに足元からの奇襲を警戒し、闇の沼ダークスワンプ光の床ライトフロアの魔方陣を張り、それぞれ光の剣と闇の剣を互いに向け撃ち合っている。

 互いに相殺される術。これもまたいい勝負になりそうだな。


「さて。俺達もやるか?」


 じっとこっちを見つめたままの風格ある獅子に、俺も腰の小剣ショートソードの柄を手にし、静かに構えを取ったんだが。

 あいつはそんな俺ににやっと嗤うと、地面に大剣を突き刺し、どかっとその場で胡座を掻いた。


『お前も弟子の事が気になっては実力が出せまい。まずは戦いを見届けようではないか』


 ……ったく。

 これだけ見りゃ隙だらけ。が、ここまでされても奴を殺せやしない事もわかる、それだけの圧。

 こりゃ骨が折れそうだな。


「ったく。獣魔王様は余裕だな。ま、いいけどよ」


 俺もまた、剣の柄から手を離すと、その場で同じように胡座を掻く。

 が、アイリ達の動向に目をやることなく、デルウェンをじっと見つめた。


「何故俺を指名した?」

『単純だ。ここにいる中で、最も強いと感じたからだ。そしてお前を倒せば、この戦い、お前達に勝ちはない』

「ふん。随分と俺を買っているようだが。いいのか? お前達にとっての厄災は、今戦っているあいつらだぞ? 厄災に仲間を狩られりゃ、そっちだって痛手だろ?」

『構わん。獣魔軍も十年前とは違う。急に俺の前にやってきて、俺を王とし世界を穫ると言い出すような者など、別に仲間とも思っておらん。俺がいれば世界は穫れる。それにあやかりたいと言うなら拒まんし、それで死んでもあいつらの責任。俺には関係ない』


 嗤うでも嘲るでもなく、物静かにそう口にするこのデルウェンって男。

 メリナの仇のはずだが、その威風堂々とした態度は嫌いじゃねえ。

 ま、だからこそ、アルバース達も苦戦を強いられたんだろ。闇神あんじんラーグの加護もそうだが、これだけの自信を持てるだけの腕もあるって事だからな。


『しかし、お前も俺が現れてから、随分と憎悪ある目を向けてきたが』

「……気のせい、と言ってやりたいが。流石に隠せはしねえか」

『そこまで露骨ではな。だが、以前の戦いで見た顔もいるが、お前はそうではないな』

「ああ。俺は卑怯者の盗賊でな。当時は別の戦場を駆け回ってた」

『……ということは、あの聖女の男か?』


 その言葉に、思わず眉を動かした俺を見て、奴はニヤリと嗤う。


『図星か』

「……ああ。俺はずっと、あいつの仇を討つ機会を狙っていたんでな。復活してくれて何よりだぜ」

『愛する者を追って死ぬ。それもまたいいだろう』

「そうだな。だが、その時はお前もあの世行きだ」


 互いに笑みを見せながら、じっと視線を外さずにいると。

 少しずつ、周囲の戦況は変わり始めていた。

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