第六章:未来への鍵
第一話:互いの願い
皆に
俺は一人、王都シュレイドを離れると、一路南西に向かっていた。
駅馬車で幾つかの街を経由し、辿り着いたデリムの村。
朝早く。その村を出ると一人徒歩で、すぐ側に広がるファインデの森に入って行く。
鬱蒼と茂った感じはフォレの森と同じ。ただ、木の密度は間違いなくこっちの方が上だ。
このファインデの森は、別名迷いの森とも呼ばれる、イシュマーク王国でも最も広い森だ。
他国に抜ける街道も幾つかあるが、それは森を入って間もない端の方だけ。奥に行くほど、まるで人の侵入を阻むかのように木々が密集し、方向感覚を狂わせていく。
一説では、森の星霊が人々を狂わせると言われているが、実の所はわかっちゃいない。
ただ、この場所で行方不明になった者も多く、それ故に冒険者でもほとんど近づかない森になっている。
俺が目指しているのは、森に囲われた奥にあるファラド山。越えるのも至難な森の先にある、決して大きくはないその山は、人がいない霊山とも言われ、辿り着けた者なんていないと言われる未開の地──と呼ばれている。
そんな所に向かおうとしている理由は単純。
そこに人が住んでいるからだ。
§ § § § §
「どうしてそのような場所に?」
四日前。
アイリ達と入った高級な喫茶店で、丸いテーブルを囲んだ俺達。
そこで紅茶を口にしながら彼女達に目的地を告げると、左手に座るティアラが不思議そうな顔でそう尋ねてきた。
ちなみにここはお高いだけあり、金を払えば二階の見晴らしのいいバルコニーの付いた個室を提供してくれる、王都ならではの高級店だ。
「ああ。俺は俺なりにデルウェンを倒すための策を用意しないといけないんでな」
「という事は、そこに何か鍵となる物でもあるのかしら?」
ティアラと同じく、要領を得ないと首を傾げている正面のエル。
まあ、確かに未開の地なんていや、そういうお宝があると思うのも最もだが。
「分からん。が、メリナの故郷ならその可能性もあるだろ」
「え? メリナ様の!? どういう事なんですか!?」
俺が澄まし顔で紅茶を口にすると、興味津々と言わんばかりに右手に座るアイリが身を乗り出し食いついてくる。
「余計な詮索はするな。そこはメリナの故郷。そして母親が住んでいる。それだけだ。誰にも話なんざするな。いいな?」
「は、はい」
俺が鋭い目で牽制し口止めすると、アイリが緊張した面持ちで、素直に頷く。
「で、話を戻すが。そこに行く理由は単純だ。あいつの母親なら、きっとあいつが聖女だと知っていたはずだし、デルウェンを封じる策のひとつくらい、知ってるんじゃと思ってな」
「確かに、それならば可能性はありそうね……」
顎に手を当て、何かを思案するエル。
ティアラもまた、少し何かを考え込んでいたが、ふと何かが気になったのか。俺に顔を向けてきた。
「ですが、周囲に広がるファインデの森は、迷いの森として有名。どのように抜けられるおつもりで?」
「ん? ああ。過去にメリナに連れて行ってもらった際にコツは聞いてる。問題はねえ」
俺はそう安心させるように答えてやる。
まあ実際は、道を指し示す
「ああ! そんな凄い場所、僕もヴァラード様と一緒に行って見たかったなあ!」
「おい。お前達には強くなってもらわねえと困るんだ。俺がいねえ間、しっかり気張れ」
目を爛々とさせるアイリに、俺はさらっとそう返してやる。まあ、観光に行くわけじゃねえし、行ったから良いことがあるとは限らねえしな。
っと。
そういやこいつらに、もうひとつ話をしておかなきゃいけなかったな。
「アイリ。エル。ティアラ。お前達に強くなってもらうついでに、もうひとつ頼みがある」
「え?」
「どうしたのかしら?」
「何かございましたか?」
俺がカップを皿に戻し、組んだ両手をテーブルに乗せ真剣な顔をすると、三人の視線が俺に集まる。
「お前達は、三人の力を合わせた技を身につけろ」
「三人の力を合わせた技、ですか!?」
「ああ。お前達に疾さを求めたが、これに関しては多少放つまでに時間が掛かっても構わねえ。その代わり、とにかく威力がでかい技を編み出せ」
目を丸くしたアイリを横目に、さらりと俺がそう言い切る。
「それはやはり、決戦で必要となるのでしょうか?」
「まあな。たった三週間しか与えねえ中で悪いが、アルバース達に助言を求めながらでもいい。何とかしてみてくれ。できるか?」
俺のいたく真剣な雰囲気が
「ヴァラード様が望むのであれば、僕は、頑張ります!」
「私も異論はないわ。あなたに応えられるよう努力するだけだもの」
真剣な顔で先にそう返事をしたアイリとエルだったが、ティアラだけはすぐに言葉を返してこない。
こいつがすぐに返してこねえとは。
気負わせる事を言っちまったか? と俺は内心ひやっとしたが。
「でしたら、
と、椅子に腰掛けたまま、神妙な顔で俺に向き直った。
「何だ?」
「決戦が終わるまでの間、貴方様を引き続き、師匠と呼ばせていただきたいのです」
「……理由は?」
「ヴァラード様の言葉を信じ、応えられるように」
じっと澄んだ瞳を向けてくるティアラに、俺はふっと笑う。
……信じる、ときたか。
まあこいつが俺を信じねえ訳はねえが。俺が勝手に離れるのが不安で、心の拠り所を欲しがったって所か。
「あ、あの! 僕からもお願いします!」
「私からもお願い。その代わり、あなたから助言を受けた弟子として、絶対に期待に応えてみせるわ」
アイリは相変わらず勢いよく頭を下げ、エルは落ち着いた表情でそう答える。
……ま、いいだろ。
こっちだってこいつらを危険に巻き込み、責任を負わせてる。少しは褒美もねえとな。
「……ま、決戦が終わるまでなら」
「え? いいんですか!?」
「ああ。その代わり、俺を待っている間にしっかり成長しておけ。師匠なんて呼ぶ気なら、泥を塗るような事はねえようにしろ。あと、三週間も留守にするが、ちゃんと決戦の為に戻ってくる。だから、信じて待ってろ。いいな?」
敢えて信じろという言葉を強調し、俺は改めて三人を見る。
ま、これはどちらかと言えば、ティアラに向けた言葉。きっとあいつはこの言葉を約束としたいだろうからな。
「はい、師匠! お任せください!」
「安心して。戻ってきたら驚かせてあげるから」
「……信じて、お待ちしております」
三者三様の個性を見せ、三人はしっかり頷いた後、互いに顔を見合わせ笑っていた。
§ § § § §
……ったく。
こんな森の中であいつらの顔を思い出すとか。俺も何処かおかしくなってるのかもな。
俺は腰のポーチから、赤く輝く宝石を手にする。そこに魔力を込めると、薄っすら赤く光ったそいつの光が一点に集中し、向かうべき方向を指し示す。
この宝石こそ、
特定の場所を記録しておけば、その方向を正しく指し示す。
ま、これは俺が見つけた訳じゃなく貰い物。
十年振りに使うこいつは、昔と同じ輝きを見せている。
……本当はもう、使う事なんてねえと思ってたんだがな。
さて。日が暮れるまでには何とか抜けねえといけねえからな。
もう少し気張るとするか。
俺は再び宝石をポーチに戻すと、ふっと息を吐き捨て、再び森を進み始めたんだ。
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