リリアの帰還と作戦の報告

 カタリナから黄金の腕輪を受け取った日以降、王都の外には出られなかったが、平穏な日々が続いた。


 城での生活に慣れ始めた頃、ベルンに向かった部隊が戻ったことを耳にした。

 リリアも無事に帰還したと聞いて、とても安心するような気持ちになった。


 いい知らせを聞いた後、何となくそわそわして落ちつかなかったので、部屋から出て歩き始めた。

 半ば我が家のように感じる廊下を歩いて外庭に向かう。

 最近も見回りは続いていて、ほとんどの兵士とは顔見知りになっていた。

 

 適当に歩いていくらか気分が落ちついた後、外庭の一角の椅子に腰を下ろした。

 これまでに何度も眺めたものの、庭園の様子は見飽きないと思った。

 庭師が日々手入れをしているため、花や庭木は整った状態になっており、調和のとれた空間を作り出している。


 外庭を眺めていると、誰かの足音が近づいてきた。

 特に意識することなく、音がする方向に目を向けた。


「――あっ、リリア」


 彼女の姿を目にした瞬間、思わず立ち上がっていた。

 美しい庭園に光が差すような瞬間を感じて、感動さえも覚えるようだった。


「無事に帰ってくることができました」


「長旅、お疲れ様でした」


 リリアは軽装備に帯剣している状態だった。

 防具を身につけていないのは、戻ったばかりで非番だからなのだろう。 


「あっ、座りますか」


「はい」


 俺とリリアは椅子に腰かけて会話を続けた。

 旧知の友人のように自然と言葉がつながる感覚があった。


「城を出てからはどんな感じでしたか?」


「お話しできるのは限られた範囲になりますが、それでよろしければ」

 

 リリアの明るい表情から、好ましい結果であることが予想できた。

 

「暗殺機構のことが気がかりで、近況を知りたくて」


「結論から言えば作戦は成功しました。ロゼルとデュラスの精鋭たちが腕利きで、暗殺機構の者たちと交戦する時は優勢になることがほとんどでした」


「なるほど、それで暗殺機構はどうなりました?」


「主要な関係者を捕らえられたので、ほぼ解体できたと言えます。残党は各地に存在しているようですが、すでに手配されているので捕まるのも時間の問題でしょう」


 エバン村で出会ったイリアだけでも強力だったのに、同盟部隊は解体に成功するほどの強さだったということか。

 今回の件でロゼルとデュラスがそれだけの戦力を隠していたことは衝撃だった。


「冒険者の間の噂話ではベルンと暗殺機構がつながっているなんて言うんですけど、ベルンへの対応はどうなるんでしょう?」


「今回の進軍で確証は掴めませんでしたが、その噂は間違っていないと思います。ベルンが言い逃れをしたとしても、同盟側が何らかのペナルティを課すことが予想されます」


「なかなかシビアな話ですね」


 リリアと話しながら、この世界にも国同士の争いがあることを実感した。

 そういったことがないに越したことはないが、大昔には始まりの三国同士でさえ戦っていたのだ。

 受け入れられないほどではないものの、複雑な感情を抱いたことも事実だった。


「マルク殿の考えはもっともだと思います。ただ、ベルンが他国を攻撃しようとする意図があったのならば、第二の暗殺機構は作らせないというのが私たちの総意です」


 リリアの目は一点の曇りもないように見えた。

 ギルドの冒険者だった俺と、ランス王国を守るために戦う彼女とでは見えている世界が違うのだと悟った。


「しがない市民の一人としては、戦火が拡大しないことが一番かなと」


「それは大事なことですね。私も同じ気持ちです」


 リリアは表情を緩めた。

 彼女は優れた力を持っていても、戦いを望むような性格ではないと再認識した。


「やっぱり、これからも衛兵を続けますか?」


「基本的にはそのつもりなのですが、今回の功績が認められて、ベルン監視団も兼務することになりそうです」


「おおっ、それはすごい!」


「ありがとうございます」


 今回の作戦でリリアの活躍が認められてよかった。

 まるで、自分のことのようにうれしかった。


「私からお話しできるのはこれぐらいだと思いますが、よろしいでしょうか?」


「もちろん、十分です。教えてもらってありがとうございました」


「それでは、失礼します」


 リリアは椅子から立ち上がると、明るい笑みを見せて立ち去った。

 彼女の背中が以前よりも頼もしく見える気がした。

 

 俺はリリアと話し終えてから、客間に戻った。

 仕事が落ちついた様子のアンが冷やしたお茶を用意してくれたので、それを飲みながらくつろいでいた。


 元々はカタリナに焼肉を振る舞うために呼ばれたわけだが、いつの間にか居候のようになってしまっている。


 椅子に腰かけた状態でリリアと話した内容を思い返していると、ブルームが部屋を訪れた。

 俺とブルームは申し合わせるまでもなく、自然な流れで椅子に腰かけた。


「どうだ、リリアとは話せたのか?」


「はい。少し前に外庭で会いました」


「まさか、暗殺機構の解体を成し遂げるとは思わなかった」


 ブルームはどこか遠くを見るような目で言った。


「リリアから聞いた感じだと、これからベルンへの対応で忙しくなりそうですね」


「わしも平和な時代を生きた世代だから、制裁を加えるための手続きは気が重い」


「……そういえば、何か用事でした?」


「ああっ、すまんな。年寄りの与太話と流してくれ」


 ブルームは恥ずかしそうに頭をかいた。

 そんな話をしたくなるぐらいに忙しいのだろう。    


「それで、バラムへ戻る話の見通しが立ちそうだ」


「えっ、本当ですか?」


 近いうちに話があると思っていたが、実際に耳にすると喜びが高まるのを感じた。

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