第4話

 ウズマは、自分が布団の中に横たわっていることに気づくのに、しばらく時間がかかった。



「琵琶っ!」



 頭に浮かぶと、布団からガバッと起き上がり、周囲を見渡した。


 ウズマの部屋だった。鈍痛がするのでみると左腕には包帯が巻かれていた。


「気がつかれましたか。」


 ミナモト家の使用人、老婆のサクが驚いた顔をした。




「それよりも琵琶だ、琵琶はどこにある?」


「ウズマ様、琵琶は盗まれたとお聞きしました。」


「盗まれた?」


 箱の中の琵琶を思い描いて、また、任務に失敗したことで、ウズマの心は酷く傷ついた。



「どこにあるか見当もつかないのか?」


「それにつきましては、フジワラ様よりお話が御座いますそうで。それよりも三日も熱にうなされながら寝ておいでだったのですよ。」



 育ての親の老婆サクの静止も聞かず、ウズマが自分の屋敷から外に出て、大急ぎで近くの貴族屋敷のフジの所へと向かう。



 困惑顔の使用人を無視してフジとの面会を頼み込んだウズマは、フジの部屋の襖の前まで通されると、板張りの床に手をついた。


「ミナモトノウズマ、ここに」


「入れ」


 ウズマが襖を開けると、心配そうなフジの顔がそこにあった。




 中に入って襖を閉めるなり、ウズマはその場に土下座した。


「誠に申し訳御座いません!琵琶を盗まれたとお聞き致しました!某の手落ちで御座います!」


「誰がお前の手落ちか、鵺などに襲われたのだ。運が悪かったとしか言いようがない。」


 フジは開いた書物を手に取ると、ウズマに見るように差し出した。


「鵺の記述だ。読んでみろ。」


 ウズマは顔を上げて書物を手にとると、開かれたページに目を落とした。


 鵺の挿し絵があり、説明書きには隕鉄銀でもってのみ切り伏せられる、とあった。



「隕鉄銀…」


「そうだ。隕鉄銀の小太刀など、霊験あらたかなものでしか倒せない。そんな奴を相手に良く生き延びたものよ。お前同様生き残った犬士によれば、琵琶は狩衣を着た男に取られたらしい」


「狩衣?」


おおよそ賊の衣装とは思えない。


 この時代は貴族(白狐の民)は長烏帽子に狩衣、武人(犬人)は侍烏帽子に直垂、平民(狸人)は何も被らず小袖に袴が普段着である。


 つまり、相手は貴族か?


 ウズマは戦慄した。


「それでは白狐の者が琵琶を?」


「いや、狸の者らしい。」


 フジは暗い表情になった。


「もしかしたら、そやつは陰陽師かも知れぬ」


「陰陽師?」


「国が認めた、種を超えて霊感鋭き者達よ。天文と占いを主とし、呪禁術や式神という鬼を操るらしい。中には禁として妖魔の類を操る者もいるとか…」


「何と!」


 ウズマはうずくまったまま床を叩いた。悔しいという気分がウズマの中から沸き上がった。


「何故連中が琵琶を狙ったかは分からぬ。しかし、この件は一癖ありそうだな。」


 フジは思案顔になり、ウズマに立つように命じた。


 フジも立ち上がるとウズマの肩に手をかけた。


「お前には琵琶を探して貰う。首尾良く琵琶をモノオサメに持っていけば、今回のことは許されよう。よいな。」


「はい。」


「素直な良い男だ。いいから、烏帽子を被り直垂に着替えてから陰陽寮に行ってこい」




ウズマは寝具を着たままだった。

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