第8話 援軍

 フィラメントとの戦いが、膠着状態となったエーデミラス城塞。

 まだ朝霧の立ち込めるその城塞の屋上を、一つの影が疾走する。


「ハァ、ハァ……将軍、シスプラム将軍!」

 早朝にもかかわらず、厳しい表情を浮かべたまま敵軍を警戒していたシスプラムの下へ、彼の副官であるイリノンは息を切らせながら全力で駆け込んできた。


「どうしたイリノン、そんなに息を切らせて。まだ現在のところ、敵軍に攻撃の兆候はないぞ」

「いえ、敵の話ではありません。援軍が……そう、援軍が到着致しました!」

 首を傾げながら問いかけてきたシスプラムに対し、イリノンは息を切らせながら興奮気味に報告する。

 そのイリノンの報告に対するシスプラムの反応は、まさに劇的であった。


「それは本当か!」

 目を見開いたシスプラムは、その報告とほぼ時を同じくして、微かに動く気配を見せ始めた敵軍からわずかに視線を外す。そしてそのまま彼は、イリノンの顔をまじまじと見つめた。


「はい! 先ほど先行してきた伝令兵の報告によると、トール皇子とパデル長官に率いられた援軍は、敵軍を射程距離内に収め次第、速やかに攻撃を開始する模様です!」

 イリノンはそう口にすると、エーデミラスの東側へと移動しつつ有る影を指さす。

 その示された方角に視線を向けたシスプラムは、距離と朝霧の影響からぼんやりと小さくしか見えぬものの、確かに増援軍の増援の姿をそこに見出した。


「当初の帝都からの増援計画から考えると、もう数日は我らだけで持ちこたえねばならないかと思っておったが……いや、さすがはノイン殿下。予想よりもフィラメントの襲来が早かったにも関わらず、援軍をこれほど早く編成し、そして派遣してくださるとは」

「はい。これで状況は変わります」

「うむ、その通りだ。もちろん先走りは禁物だが、この好機を逃すべきではないな」

 イリノンの発言に対し、自らを戒めるようにシスプラムは厳しい顔つきへと戻しながらも、気持ちは同じだとばかりに彼は大きく頷く。


「では、いつでも反攻作戦へと移れるよう、兵達を至急集結させます」

「ああ、任せた。目の前のフィラメント軍へ突入できるよう、急ぎ準備を整えねばならん。味方援軍の例の魔法によってフィラメントが混乱したところを、彼らと連動して一気に突く。これはこの戦いにおける我らの戦略の根幹なのだからな」

 予め帝国軍内で計画していた防衛計画。

 その中でも集合魔法を核とする作戦案においては、その後詰を迅速にかつ確実に行うことが勝利への鍵とみなされていた。


 それ故に、味方の増援が到着した時点で、次の一手を整えるためにも、シスプラムはイリノンへと指示を下す。

 すると、イリノンもこの膠着した状況から、迫り来る明るい未来を脳裏に描き、笑みすら浮かべつつ返事を返す。


「はっ、直ちに。直ちに手配致します!」

「うむ。この城塞から打って出る際は、わし自らが直接陣頭で指揮を行う。では、皆の者、早速出陣の準備を行え!」

 シスプラムはイリノン含めた周囲の兵士たちに向かい、勝利を強く意識させるようそう宣言すると、兵士たちから歓声混じりの返事が返される。

 その声を耳にしたシスプラムは覚悟を決めたように、眉間の皺を深くしつつ大きく頷いた。





 予期せぬタイミングでのフィラメント侵略の報を受けて、大急ぎで編成を行い急遽派遣された一万五千名の増援軍。

 エーデミラス城塞がやすやすと陥落することはないと信じられてはいたものの、かなりの強行軍にて到着した為に、増援軍全体では三千名近くの脱落者を出してはいた。

 そして疲労の色は隠せなかったものの、エーデミラス陥落という事態が陥る前に到着できたことに、増援軍の指揮官を務めるトール第二皇子は安堵する。


「ふぅ、なんとか間に合うことが出来ましたか。シスプラム将軍のことですから大丈夫とは思っていましたが、一安心ですね」

「ええ、まったくその通りです。ですがトール様、まだ我々は何も成し得たわけではありません。ここからがいよいよ本番です」

 今回の増援軍の副指揮官であり、実際に部隊を取りまとめる軍務長官のパデルは、トールの発言を肯定しながらも念を押すように窘める。

 かつて自らの教育係を務めていた鬼教官のその言葉に対し、トールはわずかに苦い笑みを浮かべながらも一つ頷いた。


「わかっていますよ、長官。私達は別にここまで楽しいハイキングに来たわけではないのですからね。では、如何しましょう? ここで一度休憩を取らせ、その後に作戦行動にとりかかる形でよろしいでしょうか?」

「そうですな。今回の強行軍でかなりの脱落者も出しております。まずは城塞の無事を確認したことですし、一息つけさせましょう。その後、手はず通りに敵軍の側面へと部隊を移動させる。それでよろしいかと思います」

 トールの確認に対し、パデルは険しい表情を崩すこと無いままそれを推奨する。しかしここまで強行軍で駆けつけた彼らに安息の時間は訪れることはなかった。


「トール様、パデル様。先ほど先行部隊が敵軍の斥候を発見致しました」

「……それで、ちゃんと敵の目は潰すことができたのかい?」

 彼らのもとに駆けつけてきた伝達兵からの芳しくない報告に、トールは溜め息混じりにそう問いかける。そしてその兵士から返される報告は、トールの予測したとおり望ましくないものであった。


「それが……敵兵確認後、至急追跡を行いましたが敵兵の魔法により逆に迎撃されたと、そのような報告でございます」

「奴らは全ての兵が魔法士であり、その個人能力もが優れていることはわかっていたが、斥候を取り逃した上に返り討ちに合うとは……」

 軍務長官であるパデルは、自軍の不甲斐ない報告に思わず首を左右に振って目をつぶる。


「ここまで強行軍で駆けつけましたから、やむを得ないですよ、長官。それよりも、これで我が軍の存在が敵に知られてしまいました。そうすると、我らも行動の選択肢が自然と狭まったとそう解釈すべきでしょうね」

「はい。この帝都から連れてきた増援軍は、一つの目的のために選別して連れてきた部隊です。万が一、敵軍がそれを察知し、こちらへ急進して混戦状態を生み出されたら元も子もありません。望ましい状況とは言いがたいですが、早急に部隊を展開し、敵軍へ先制の一撃を加えるとしましょう」

 渋い表情を浮かべながらパデルがそう提案すると、トールも仕方ないと覚悟を決め、その提案を肯定する。


「ですね。ならば早速作戦行動を開始しましょう。当初の予定では敵軍の側方を大きく迂回し、ゆるやかに部隊を展開するつもりでしたが、この状況では困難と思われます。ですので、敵軍を我らの魔法の射程距離内に捉えた時点で速やかに集合魔法を編み上げる。それでいいでしょうか」

「それしかありませんでしょうな。ではトール様、早速魔法士たちに連絡を行います」

 トールの言葉に一つ頷いたパデルは、彼の周囲を固めている幕僚たちに向かい、魔法士部隊へ準備を行うよう伝達させる。

 そして敵軍の動向に注意しながらも、彼らはゆるやかに軍を前進させ、おそらく斥候の報告が届いたばかりでまだ十分に対応ができていないと予測されるフィラメント軍を、いよいよその射程に収めた。



「トール殿下。敵軍中枢が射程範囲内に入りました。グレイツェン・クーゲル、ご指示が有ればいつでも作成可能です」

 今回の増援軍の魔法士隊の指揮を執り、集合魔法の運用を一手に任されたテラジムは、やや緊張した面持ちでそう報告すると、鋭い視線を敵軍へと向ける。


「ありがとう。しかし、そろそろ我らの存在の報告が届いている頃でしょうが、敵軍はまだ散開する様子がありませんね」

 帝都からの増援軍の存在を知った時点で、現在密集しているフィラメント軍は、集合魔法の被害を最小限にするためにも、一度軍を散開させるのではないかとトールは考えていた。

 しかし、フィラメント軍にそのような動きは認められず、依然として密集隊形を維持していることから、トールはやや違和感を覚えて首を傾げる。


「ですな。ふむ……まあ彼らは三つの家の寄り集まりです。いくら一つの国の軍隊という体裁をとっているとはいえ、やはり情報伝達に支障をきたしているのかもしれませんな」

「なるほど、確かに連携はフィラメントの抱える最大の問題でしょうからね。だとしたら、つまり今こそが好機ということでしょう。彼らの全軍に指示が行き渡る前に、我らは敵軍を狙い撃つべきだと思います。長官、歩兵及び騎馬兵の突入の準備は如何ですか?」

 パデルに向かいトールはそう問いかけると、彼の元には力強い返事が返ってきた。


「もちろんいつでも突入可能です。あとはトール様のご指示を仰ぐのみというところですな」

「よし。ならばフィラメントに対し、彼らの魔法は既に時代遅れだということを、我らの魔法を持って教えてあげるとしましょう」

 トールが兵達の士気を高めるように高らかとそう宣言すると、指示を受けたテラジムは自らの指揮する魔法士隊の下へと向かう。

 そして彼は見渡せる限りの魔法兵をゆっくりと見回し、そして一度彼らに向けてうなずきを見せた後に、彼らの切り札となる集合魔法の詠唱の口火を切った。


「グレイツェン・クーゲル」

「「グレイツェン・クーゲル!」」


 テラジムの声を受けるなり、配下の魔法士達は一斉に精神を集中させて呪文を編み上げていく。

 そして彼らの頭上には小さな光輝く球体が出現すると、次第にその球体は膨張を始め、煌々と周囲を照らす太陽の如き高温の光の球体へと肥大化していった。


「放て!」

 球体の膨張が現在の人員でコントロールしうる最大径まで肥大化し、魔法の成功と完成を確信したテラジムは、あらん限りの声でそう叫び、集合魔法を解き放つ。

 その号令が放たれるとともに、彼の頭上の巨大な光の球体は緩やかに加速を始め、そしてそのまままっすぐに疾走を開始した。


「よし、では我らも続くぞ。全軍進撃を開始する。目標、フィラメント軍!」

 自らの頭上をグレイツェン・クーゲルが通過していったことを確認したパデルは、後方を振り返り、今回魔法士とともに連れてきた全軍を見渡す。そして、その球体を追いかけるように全軍目がけて指示を下した。


 そうして集合魔法を追いかけるように、帝国の増援軍は一斉に進撃を開始する。彼等の表情は引き締まっていながらも、彼等の誰もが集合魔法の描く軌跡は勝利への花道であると確信を抱き、戦勝に対する高揚感を隠せずにいた。






 緩やかに日が昇り始め朝霧がゆっくりと晴れ始めた頃、フィラメントの陣地からも煌々と光る巨大な光の球体が、次第に膨張を開始していることを、その視界内ではっきりと確認できていた。

 そして斥候から既に帝国軍の増援が到着しているとの報告を受けながらも、あえて全軍を散開させなかったフィレオは、皮肉交じりの笑みを浮かべる。


「ふん、増援部隊がノコノコと準備を始めたか……しかし、馬鹿の一つ覚えみたいに、集合魔法を編み上げるとはな」

「キョッキョッキョ、集合魔法。そう集合魔法。あんなブサイクな魔法で、ボクのモルモットクン達を殺そうとするなんて、全くもって度し難い。フフ、その罪は万死に値するヨ」

 しゃぶってふやけきった人差し指で完成された集合魔法を指さすと、明らかに周囲より明らかに三段階以上高いテンションで、ウイッラはそう口にする。


「ああ、既に種の割れた作戦が通用すると考えているとは、奴らもほとほと脳が足りていないと見える。ウイッラ殿、集合魔法を破れるのがクラリスのユイ・イスターツだけではないと、あの馬鹿どもに教えてやってくれ」

 巨大な球体が緩やかに自軍へと向かい始め、そしてその下方に蠢く黒色の帝国軍の増援部隊をその視界に捉えたフィレオは、顔面に喜色を浮かべながら隣で延々と指をしゃぶり続けるウイッラに向かい声をかける。


「ウヒヒヒヒヒッ、もちろんだヨ。カレラの半端な魔法が、どういう結末を導くのか、カレラがその事を理解する瞬間を思うだけで、実に、そう実に愉快ダ。ああ彼らの絶望が……そう絶望がミエル。このボクに早く殺してくれと歌っている、カレラのゼツボウがサ。さあ、ウタをウタオウ。サント・エスペッホのウタをネ」

 ミラホフ家の当主であり今回の遠征軍の副指揮官を務めるウイッラは、興奮のあまり唾液を回りに飛ばしながら、上機嫌で引き笑いをする。そして、フィレオに向かって歪な笑みを浮かべると、視線を向けられた彼は躊躇しながらもコクリと一度頷いた。


「ああ……ま、任せたぞ、ウイッラ殿」

「ヒヒヒヒ。ウン、ウン、任せたまエ! じゃあ、ボクの可愛いモルモットクン達、準備はいいかナ?」

 やや引き気味のフィレオの言葉を受けたウイッラは、ニタリとした笑みを顔に張り付かせたまま、後方にいる自らの部下たちを振り返る。

 すると彼の部下である深緑色のローブに身を包んだ兵士たちは、無表情のままウイッラの言葉を受けて一斉に構えを取る。


「ヒャッヒャッヒャ、イイヨ、イイヨ。じゃあ、ウタってあげよウ。聖なるウタを。聖なる鏡のウタを。サント・エスペッホ!」

 狂気を顔面に張り付かせたウイッラが、空に向けて大声で呪文を口にする。そして間髪入れずその声に続くように、彼の部下たちが一斉に呪文を唱えた。


「「サント・エスペッホ!」」

 その魔法はかつて帝国の中枢へと潜り込み、クーデターを狙った際にゼリアムが使用した魔法。

 ただし一斉に唱えられたその呪文が生み出したものは、以前にゼリアムが単独で作り上げたものとは次元が違うものを生み出す。


 それは一つ一つは小さな光の壁であるが、無数の魔法が隙間なく並べられ、まるで巨大な一枚の光の鏡とも言うべきものが、彼らの前方に出現した。


 満足すべき魔法が編み上がったと確信したウイッラは、右の口角を吊り上げて微笑む。

 それは美しい景色を、いやより正確に言えば、彼だけが美しいと感じるであろう凄惨な光景が、彼の前に繰り広げられることを予期したが故の笑みであった。






 援軍部隊の上空に集合魔法が編み上げられていく様を眼にしたエーデミラスの帝国軍は、シスプラムの指示の下、当初の計画通りに城塞を打って出る態勢を整えていた。


「将軍、準備完了いたしました。ご指示があり次第、いつでも出陣可能です」

「うむ、いよいよだな。これまでフィラメントの連中とちまちまとしたやりとりを繰り返していたが、これで終局ということかな」

 イリノンの報告を受けたシスプラムは満足気に一つ頷く。


「ええ。しかし連中も、今頃は慌てふためいていることでしょう。我らの諜報網を撹乱し、集合魔法を時間的そして距離的な観点から防いだつもりだったのでしょうが、我が国の未来の皇帝を甘く見ましたな。まあ、これほど早く我らの援軍が到着するとわかっていたら、彼らももっと早くにこの城塞を力攻めしようとしていたでしょうが」

「時間と距離による集合魔法の封じ込め……か」

 イリノンの口にした内容に僅かな引っ掛かりを覚えたシスプラムは、急に黙りこむと、顎に手を当ててその場に立ち止まる。

 そんな彼の姿を目にして、イリノンは顔に疑問符を浮かべながらシスプラムへと問いかけた。


「どうかいたしましたか? なにか、気になる点でも」

「いや、そのような封じ込めを前提にしていたら、既に力攻めに出ているべきであった気がしてな。にもかかわらず、彼らは今の今まで我々と遠距離戦に終始してきた。妙だと思わんか?」

「確かに、それはそうかもしれません。ですが、やはり彼らの予測を我らの援軍の来訪が上回ったと、そういうことではないでしょうか? 現に敵は動揺のあまり散開する様子も見られません。完全に想定外だったということでしょう」


「ふむ。ただの取り越し苦労ではあるば……ん、待て。あれは何だ?」

「あれ? あれとは何のことですか?」

 シスプラムの顔に視線を向けていたイリノンは、その言葉の意味がわからずキョトンとした表情となる。

 すると、そんな彼に指し示すように、シスプラムはフィラメント軍の前方を指さした。


「フィラメント軍の前方、そこに何か眩い光のようなものが現れている。鏡……いや、光の壁?」

 一瞬、鏡か何かがそこに生み出され、太陽の光が反射されているのかとシスプラムは感じた。しかし、すぐに出現したそれが、自身で光を放つものであると理解し、その形状から彼は壁と表現する。

 遅ればせながらその存在に気がついたイリノンは、目を見開き、その存在に懸念を示した。


「な、何ですかあれは? フィラメントの……防御魔法ということ何でしょうか?」

「わからん」

 目にしたこともない現象、もしくは魔法にシスプラムは首を左右に振る。


「あんな魔法は見たことがありません。しかし魔法なのだとしたら、あのような薄い一枚きりの防御魔法で、我らの集合魔法を防ぐと、そういうつもりなのでしょうか? だとしたら、あまりに愚かというべきでしょう」

 イリノンはフィラメントの創りだした光の壁が、エーデミラス城塞から見るとその非常に薄い横断面がはっきりと分かり、その頼りないと表現してもよい薄さを嘲笑する。

 しかし隣に立つシスプラムは、その壁の薄さではなく、壁とエーデミラスの角度、より正確に言うならば、援軍から解き放たれた集合魔法とその壁とエーデミラスの三角形が織りなす角度に気づいたが故、その脳裏にはけたたましい警鐘が鳴り響く。


「もし、あれがただ防ぐためだけに創りだされたものではないとしたら……い、いかん。退避するのだ!」

「は? 将軍。一体何を?」

 突然、予期せぬ事を口にしたシスプラムに驚くと、イリノンは彼に向かい慌ててその意味を問いただす。


「普通、防御結界を編み上げるなら自らの軍の正面に垂直に形成するはずだ。だがあの壁は明らかに意図して斜め向きに作り上げられている。くそ、奴らがわざわざ今日までエーデミラスに総攻撃を仕掛けなかったのは、そういうことだったのか」

「何を言っているのですか、将軍?」

「我らは、まんまと奴らの術中に乗せられたのだよ。とにかく今は何も考えんでいい。全員、この城塞から退避するのだ!」

「意味がわかりません。集合魔法が奴らに直撃する今こそが、攻勢に出る――」

 当初の作戦案とはまったく異なることを突然指示したシスプラムに向かい、イリノンへ怪訝そうな表情を浮かべたままそう口にしかける。


 しかし彼がその言葉を最後まで紡ぐ直前に、彼らの視線の先でグレイツェン・クーゲルとサント・エスペッホが、そう巨大な光の球体と巨大な光の壁が接触した。

 そして次の瞬間、光の球体は突然それまでとは明らかに異なる軌道へと、その疾走方向を変える。


 その軌道の先には、イリノンたちがいるエーデミラス城塞が存在していた。


「ば、馬鹿な。なぜ、どうして!」

 イリノンは眼前で起こった出来事が信じられず、叫び声を上げながらその場で固まる。それはエーデミラス城塞に所属する他の兵士たちも同様であった。


「馬鹿者、叫ぶ暇があれば、今すぐここから退避せよ。少しだけでもいい、この場から逃げるんじゃ!」

「む、無理です。直撃、来ます!」

 シスプラムの怒声も虚しく、彼ら全体を包み込むほどのサイズの巨大な光の球体は、まったく速度を変えること無く城塞へ迫り、驚愕と絶望に包まれた兵士達を飲み込みながら、エーデミラス城塞へと直撃する。


 こうして帝国の誇った不落の城塞は、たった一瞬で、しかも味方の魔法によりこの地上から姿を消した。

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