第6話 親衛隊

「エインス、お前も呼ばれたのか?」


 二ヶ月ぶりに謹慎が解除されるや否や、すぐさまユイからの手紙によって呼び出しを受けたリュート。

 彼は軍務庁舎の三階で何かを探している様子のエインスに気づくと、そのまま声を掛ける。


「リュート先輩もあの人の手紙で呼び出された口ですか……ところで手紙に書いてあった、親衛隊本部ってところを探しているんですがどこかわかりますか?」

「さあ……俺もいま来たところだからな。とりあえず奴の手紙には三階と書いてあったし、戦略省本部はこの階にあるんだ。そこで尋ねればいいんじゃないか」



 エインスもそれはそうだと思い戦略省の受付に向かうと、受付の眼鏡の女性へと声をかけた。


「すいません、この階に親衛隊の本部という部屋があると思うんですが」

「し、親衛隊本部ですか。ええっと、親衛隊の本部はですね、それが、その……そちらの通りを真っ直ぐいきまして、突き当たりを右に曲がって頂いて、一番奥にあるお部屋なのですが……」


 経路の説明をしながらも、眼鏡の女性は何故か視線を合わせないようにして途切れ途切れにそう答える。

 エインス達は漠然とした違和感を覚えながらも、彼女にお礼を告げて教わった方向へと歩き始めた。


「僕も戦略省ですからこの建物にはよく来るんですが、そんなところに部屋はあったかな……」


 誰に言うとも無くそう呟きながら、二人は女性に指示されたとおり突き当りを右に曲がる。

 そしてそのまま真っすぐに突き当りへ向かうと、物置のような倉庫へと行き着いた。


「……おい、物置しか無いぞ」

「ですね。僕の記憶でも、こんな場所に部屋なんて無かったはずですから」


 なにか言い様のない不吉な予感を覚えながら、二人はその場でお互い首を傾げる。

 そして考えてもしかたないと結論付けると、二人はもう一度場所を確認するため受付に戻ろうと踵を返した。


 しかし彼らがまさに一歩目を踏み出そうとしたタイミングで、彼等の背後から立て付けの悪い倉庫の扉が開く音が響き渡る。


「お前たち、遅いじゃないか」


 どこかで聞いたことのあるその声を耳にして、二人は頬を引き攣らせながら後ろを振り返る。

 すると、開かれた倉庫の扉の隙間から、見慣れた黒髪の男が顔をのぞかせていた。


「なぜか無性に聞かない方が良い気がするのですが……先輩、こんな倉庫で何をしているんですか?」

「何って……ここで待っているって手紙に書いていただろ?」


 エインスが口にした言葉の意味がいまいち理解できていないユイは、首を傾げながらもあっさりとそう返答する。


「ここでって言われても……確か手紙には親衛隊本部と書いてあったんですが」

「ああ。だからここだよ、ここ。ここが親衛隊本部。ほら、そこに書いてあるじゃないか」


 そう口にしたユイは、ドアのとなりに無造作に立てかけられた古い木の板を指さす。

 そこで初めて小汚い木の板があることを認識すると、エインスたちは汚い字で書かれた『親衛隊本部』の文字にげんなりとした。


「……どうせそんなことだろうとは思っていたがな」


 リュートは諦めたかのように肩をすくめると、いつもの事だとばかりに受け入れる。

 しかしもう一方のエインスは未だその現実が受け入れられないのか、露骨に嫌そうな表情を浮かべその口を開いた。


「先輩、一応は親衛隊という名前なんです。だからさすがにこの部屋はちょっと……」

「仕方ないだろ。そんな綺麗な部屋を遊ばせておく余裕なんて、軍務庁舎にはないんだ。昨日の今日で、この部屋を確保することさえ苦労したんだぞ」


 親衛隊の辞令が出るや否や、人事と予算関係はエリーゼに任せ、彼自身はすぐに隊の為の場所探しを始めた。

 そして大急ぎで軍務庁舎へと訪れた彼は各部門でたらい回しにあった上、紆余曲折の末に倉庫扱いで放置されていたカビ臭い部屋をどうにか確保するに至ったのである。


「とりあえず、立ち話も何だから中に入ってくれ。一応、いろんな部署から椅子と机は借りてきたからさ。まぁ、全部バラバラのやつなんだけどね」


 ユイはそれだけ口にすると、自分はさっさと中に入ってしまう。

 そうして扉の前で取り残された二人は、お互い顔を見合わせて溜め息を吐き、そのまま覚悟を決めて部屋へと足を踏み入れた。



「さてそんな訳で、ここに集まってもらったわけだが」

「……ユイ、どうせお前のことだからアレックスにも声をかけているんだろ。奴はどうした?」


 部屋の中に転がされていたボロボロの椅子にリュートは腰を掛けると、話を切り出そうとしたユイに向かい機先を制してそう問いかける。


「ああ、確かに呼ぶには呼んだけどね。ただ、今日の修行のノルマがあるから、この時間には間に合わないってさ。だから、遅れて来るって連絡があったよ」

「あいつは全く……まあ仕方がないか。しかし謹慎を解除されて久しぶりに外へ出られるかと思えば、まさかお前に呼び出されるとはな。それで、親衛隊とは具体的に何を行う組織なんだ?」

「今のところはなにも決まっていない。ただ私なりに表現するとすれば、王女の願いを叶えるための何でも屋というところか」

「何でも屋……ですか」


 ユイの説明にいまいちイメージが湧かないのか、エインスは顎に手をやりながらそう口にする。


「ああ、何でも屋さ。王女の護衛任務に関しては、その名称のとおり行うことは当然だけどね。ただそれ以外の活動は自由にしていいということだそうだ」

「エリーゼ王女らしいといえばらしいが……」


 リュートはそう一言呟くと、両腕を組んだまま目を閉じてしまう。

 そうして僅かな沈黙が訪れたところで、立て付けの悪い入り口のドアの開く音が室内へと響き渡った。


「やあ、ごめんね。ついつい入れ込んでしまってさ」


 起伏の少ない穏やかな声がその空間に広がると、赤髪でキツネ目の青年は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ室内へと入って来る。


 アレックス・ヒューズ。

 ユイに呼び出されていた三人目の士官にして、かつてユイ達の同期として士官学校を四席にて卒業した陸軍省所属の士官であり、圧倒的な剣の技量でかつてはリュートと学内最強の座を競い合っていた男である。


 実際、士官学校時代の争いにおいては、それぞれの得意分野から剣のアレックス、魔法のリュートと呼ばれ、今なお比較の対象とされ続けていた。


「遅いぞ、アレックス」

「あれ、リュートまでいるんだ? へぇ、君達が一緒に行動しているなんて、何時以来かな。一体、どういう風の吹き回しだい?」


 アレックスが珍しいものを見たとでもいうかのように、興味深そうな表情を浮かべる。

 すると、リュートはやや忌々しげな口調で答えた。


「ふん、こいつに借りを作った……その借りを返そうと思った。ただ、それだけだ」

「へぇ、おもしろいね。あれ? そっちにいるのは、エインス君じゃないか。君達二人に加えて僕を呼ぶ……と。ふふ、なるほどね」


 その場に呼ばれた面々を順に見回し、アレックスはただでさえ糸のように細い目を更に細めると納得したかのように一つ頷く。


「さて、アレックスも来たことだし、これでこの隊の中枢メンバーが揃ったわけだ。まず先に一番大事なことを言っておこうか。この中で隊長職をやりたいって奴がいれば、ぜひ今すぐ名乗り出てくれ。そうすれば、すぐにでも君が隊長だ!」


 ユイは目を見開き、三人を順に見ていく。

 しかし彼の淡い希望も虚しく、彼の言葉は空をさまよう事となった。


「……先輩。働きたくないのはわかりますけど、国王陛下に頼まれたんですよね。それにエリーゼ様にもやるって引き受けたみたいだし……申し訳ないですけど、いい加減諦めてください」


 エインスが諭すかのようにそう口にすると、リュートは軽蔑の眼差しでユイを睨みながら溜め息混じりに口を開く。


「とにかくだ。まじめに考えて、これから実際にどうするかだが……本当のところユイ、お前はどういう方向性を考えているんだ?」

「さっきも私は大真面目だったんだが……いや、リュート、冗談だよ。そんな怖い顔しないでくれ。これからの事だよね、わかっている。わかっているから」


 次第に視線がきつくなったリュートに向かい、ユイは慌てて言い訳を口にし慌てて言葉を続ける。


「基本的にこの組織はエリーゼ様の護衛を建前としたものになっている。たとえ彼女の設立目的が違っていたとしてもね。それ故に当たり前だけど、エリーゼ様の護衛は全ての業務の中で最優先。だからその護衛に関してはリュートに一任したいと思う」


 ユイは真摯な視線でリュートの目を見つめると、彼は僅かな迷いが振りきれないのか、さっと自らの視線を外した。


「……先日失敗した俺で、本当にいいのか?」

「ああ。あのクロセオンでの襲撃は、それを未然に防ぎえる人材はいても、事が起こってから防げる人材なんていないさ。だってリュートでさえ失敗したんだ、他の誰にもできるはずがない。それを踏まえてもう一度聞くよ。護衛の責任者を引き受けてくれないかい?」


 ユイは一切視線を動かすこと無く、リュートに向かってそう尋ねる。


 僅かな迷いはもちろん存在した。

 しかしそれを断ち切る覚悟を固めたリュートはゆっくりと一度頷くと、決意に満ちた表情を浮かべてユイを見返した。


「いいだろう。ただ四六時中、俺だけで張り付くわけにもいかんから部下が必要となる。とりあえずは、俺の元部下達に打診してみよう。さすがに全員を引き抜くことはできんだろうが、幾人かは来てくれると思う」

「ああ、任せるよ。たぶん各省庁毎に数名程度ずつの引き抜きなら、エリーゼ王女の命令ということで通せるだろう。その辺りは君に一任する」


 ユイのその言葉を受けて、リュートは再び目を閉じると深く頷く。


「それでは次に、この親衛隊という組織の運営なんだけど……これはエインスにお願いできるかな」

「運営……ですか。つまり他の省庁や組織との折衝だったり、金銭の管理あたりのことですね。確かにそういった細々としたことをユイ先輩に任せてしまったら、嫌気が差して三日で仕事を辞めそうです。わかりました、承りましょう」


 冗談めかして言いつつも、ユイだけに全てを抱えさせる訳にはいかないと、エインスも自らの役割を受け入れる。


「ありがとう。では、この組織の独立性を維持するために、最後に必要な物といえば――」

「武力だね」


 ユイが言葉を言い終えるより早く、アレックスが先回りをして回答を口にする。


「ああ、そのとおりだ。頼めるか、アレックス?」

「良いよ、ユイ。なんか面白そうだから、手伝ってあげることにするよ」


 アレックスは陰りのない笑みを浮かべながら、ユイに向かって肯定の返事を返した。


「では、君に任せるよ。というわけで、それぞれの担当に関する細々としたことは、各自の判断で自由に対処してくれたらいい。今後の組織全体としての長期計画に関しては、もう少し組織の体をなしてから身の丈にあった範囲で考えていくことにしよう。取り敢えず今日は顔合わせということで、これにて解散としようか」


 ユイがそう宣言すると、リュートはそのままスッと立ち上がり一番に部屋から出て行く。

 次にエインスが「馬車を回しておきますので」とユイに声をかけ、そのまま部屋から立ち去っていった。


 そうしてアレックスとユイだけが、部屋の中に残される。


「どうしたんだい、アレックス。なにか気になることでも?」

「ユイ……君のことだからわかっていると思うけど、こんな組織が出来ればたぶん大なり小なり周りからの圧力がかかってくると思う。君にはそれを振り払う覚悟はあるのかい?」


 笑みを浮かべたまま、アレックスはこれから予想されうる現実的な問題を口にした。

 一方、ユイは誤魔化すかのような曖昧な表情を浮かべると、わずかに考えこむ素振りを見せつつその口を開く。


「……私は覚悟なんてしたくはなかったんだけどね。でも世の中はままならないものでさ、残念ながら覚悟しなければならない立場に追い込まれてしまったようでね」

「なるほど……君らしい回答だ。僕が思うに、当面は表立ってこの組織を潰しにかかる者はいないと思う。何しろ国王陛下が設立して、第一王女が運営する組織だからね。その上、幹部にライン大公の子息までいるとなればなおさらだよ。問題は……」


 アレックスが悩ましげにそう口にした所で、ユイは彼が言いかけた言葉を引き取った。


「そう、問題は裏側からによるものさ。裏で暗躍されてしまった場合、王女だとか国王だとか、そんな看板はなんの役にも立ちはしないからね」

「ちゃんとわかっているようだね……ならば、僕がその辺りを引き受けてあげるよ。武力ってのはさ、戦うためではなく抑止力として使ってこそ、最も有効に機能するものだからね」


 汚れ役を引き受けるというアレックスの言葉に、ユイは感謝と申し訳なさの入り混じった表情を浮かべた。


「……正直言ってさ、そういった汚れ仕事は他の者に任せるつもりはなかったんだけどね」

「ダメだよ、ユイ。君はこの隊の看板なんだ、看板にそんな裏仕事をさせるわけにはいかない。英雄イスターツには、それにふさわしい仕事がお似合いさ」


 アレックスは首を左右に振りながら、ユイに向かってそう口にする。

 すると、ユイは照れたように頭を掻き、そして申し訳なさそうに口を開いた。


「英雄はやめてくれ。それと……ごめん、苦労をかけるね」

「なあに、それはお互い様さ。僕も陸軍省の中では、いわゆる腫れ物のような扱いをされていてね。だから君が声をかけてくれたのは本当に嬉しかった」

「そうか……そう言ってくれると助かるよ」


 笑みを浮かべながらそう口にするアレックスに対し、ユイも思わず釣られて笑みを浮かべる。

 しかしユイがそんな穏やかな心境を保てていたのは、この後のアレックスの発言を耳にするまでであった。


「ユイ……君と共にやっていく事に決めたから、君には本当のことを伝えておくよ。僕が今日遅れたのは、本当は訓練のためじゃない」

「……どういうことかな」


 先程まで浮かべていた笑みがアレックスから失われると、ユイは言い知れぬ不安を覚える。


「いいかい、ユイ。これはまだ陸軍省に入ってきたばかりで、上層部に届いていない情報だ。実は帝国軍が南部国境を超え、この国への侵攻を開始している。そして彼らの最終目標は……ここエルトブールさ」


 突然の話に、ユイは一瞬言葉の意味を理解することができず、呆然としてしまう。

 しかしアレックスの言葉がゆっくりと脳内を溶け込み始めると、ユイは思わず右手を頭にやりそのまま強く髪を掻きむしった。

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