第10話 思い出と誓い

 それは今から十年ほど前の話だ。

 傭兵一家であるブラド家に生まれたクローシェは、幼くしてその天稟を発揮しはじめていた。

 剣を振れば振るだけ、槍を扱えば扱うだけ強く、速く、鋭くなった。


 同年代を相手には常に負けなし。

 急激に成長を続けるクローシェを大人は頼もしく見つめ、誉めそやした。


 だが、同時に同年代には鍛錬の相手を避けられるようになった。

 強い相手と戦うことが上達の近道とはいえ、小さな子供にとって負け続けるのはツラい。

 せめてたまに一本取り返すことができれば違ったのだろうが、クローシェの実力は頭一つ以上突き抜けていて、勝負にならなかった。

 おまけにやればやるほど差が開いていく。


 強さは孤独を生んだ。

 別にクローシェが疎まれているわけではない。

 元々結束の強さで知られる黒狼族である。

 一族全体としては強さを貴ぶ性質もある。

 普段の仲はとてもよく、クローシェを忌避するどころか、同年代からも尊敬された。


 だが、尊敬と親しみとはまた別物だ。

 幼少期において自分と対等の相手がいないクローシェの心には、常に孤独があった。


 わたくしは誰よりも強い。

 だから、こんなことで苦しんだり、寂しく思ったりしませんわ……。


 自分にそう言い聞かせながらも、心にひんやりとした寂しさと虚しさは消えなかった。


 そんな時、久々に金虎族と交流が行われた。

 両者が同じ国の陣営に着くということで、親睦を深めることになったのだ。

 前回の交流が数年前ということで、クローシェは前の交流をはっきりとは覚えていなかった。


 そこでクローシェは、エアという自分と対等以上に戦える好敵手を初めて得ることになる。

 お互いが実力を認め合えば、打ち解けるのはすぐだった。

 クローシェはエアに懐いた。


「あなた、とても強いのですわね!!」

「お前こそ、なかなかやるじゃん」

「でも次はわたくしが勝利をいただきますわ! 最強の座はこのクローシェのものですの!」

「んふふ、それはどーかニャー? アタシこそ最強だし?」

「もぉー! ちょっと連勝したからって調子に乗らないでくださる!」

「ニシシシ!」

「勝負ですわ! 次はわたくしが勝ちます!」


 楽しかった。

 初めて寂しさから解放された気がした。

 話をしていても、自分の言っていることを理解してくれる。

 理解できるだけの感性や能力といった土台を持っている。


 戦場が終わるまでの数カ月、クローシェはエアとべったりと交流を重ねた。

 好敵手との出会いはクローシェから驕りを拭い去り、謙虚に鍛錬に挑むようになった。

 日々に活力が生まれて、目に輝きが生まれた。

 上達もずっと早くなった。


 エアは悪戯好きでよく大人に怒られていたが、そんな所も真面目なクローシェにとっては新鮮で、ドキドキさせられた。

 戦いだけではなく、営倉から食料おやつをくすねる悪戯や、戦場跡に残ったお金や宝石を拾う小遣い稼ぎなど、悪い遊びも教えられた。

 自分よりも一つ年上だったエアは年上ぶることが多かった。

 同年代でただ一人、自分よりも強い存在ということもあって、自然とお姉さまと呼ぶようになった。


 


 戦は順調に勝利を重ねた。

 西方諸国でも有数の傭兵団を二つも抱えるような戦だ。

 優勢がずっと続いた。


 戦いが終われば稼ぎを失う。

 次の戦場へとまた移動するのが傭兵だ。


 当然、クローシェとエアは分かれることになる。


「お姉さま、お別れですのね。わたくし、寂しいですわ」

「また生きてたら会えるでしょ! その時は今よりももっと強くなっておくんだよ」

「ふん、次に会う時にはわたくしのほうが強くなっていますわ!」


 寂しがるクローシェに対して、エアは自然体だ。

 だけどそれは、エアがとても自由な性格だから。

 クローシェは表情が曇りそうになる気持ちを、頑張って押さえつけた。


「お姉さま、お姉さまとお会いできて、とても良かったです。わたくし、本当に助かりましたの」

「そうなの? まあ別に大したことはしてないけど」

「そんなことはありません! わたくしにとっては、とても大きなことでした」

「ふうん、じゃあ恩にきてくれていいよ」


 そうだ。とても感謝している。

 だからこそ、このお礼の気持ちをただ言葉で伝えるだけでなく、何かの形で返したい。


「では、お姉さまがいつか困ったときには、わたくしがきっと助けてみせますわ!」

「ニシシ、まあアタシがそんなに危険な状況になるとは思えないけど。……でも、その時はよろしくね、クローシェ」

「はい、お姉さま! クローシェ・ド・ブラドの名に誓って!」


 それは微笑ましいような小さな頃の、約束だった。

 だが、クローシェにとっては大切な誓いだった。


 自分の孤独を癒してくれたこの人の力になろう。

 自分が悩みきったときに助けてくれたエアの助けになろう。


 そのためなら、どんなツラい鍛錬にも、どんなに厳しい戦場にも耐えられる気がした。

 クローシェは孤独から孤高へと変化した。




 それから歳月は流れた。

 エアが剣闘士として流浪の旅に出たと聞いて、寂しくも応援していたクローシェだが、ある日罠に嵌められて奴隷に堕ちたと噂を耳にする。

 クローシェはかつての誓いを果たす旅に出た。


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【戦場跡について】戦場では貴重品を持ち歩かず、近くの木の枝の上やうろの中に入れて隠す者が多い。

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