第45話 王都②
王都の入城待ちの列は非常に長かったが、動き自体はとてもスムーズだった。
一人ひとりにゆっくりと時間をかけていたら、それこそ夜になっても検問待ちで入れない人が出てきてしまうから、当然だろう。
検問に次々と吸い込まれていく人の姿を見ていて、渡は駅の改札を利用する人々を連想していた。
「王都に入る目的は?」
「観光が理由ですね。後は俺の奴隷が昔学園に通っていたようなので、旧知の人と会うつもりです」
「ほう。良い出だったんだな。よし、では通行税を支払ってもらおう」
「はい」
渡たちは今回は商人として物品を売るより、仕入れと観光が目的だったため、特に支払う大きなお金も必要ない。
当たり前だが、王都ほどの規模になると、ここでぼったくっても利用者が減って悪影響でしかないため、三人集めても銀貨に届かない。
これが砂糖だったり、香辛料だったりとお金になるものを持ち込んでいたら、かなりの税金が取られているところだ。
おそらくはマスケスもその税をたっぷりと支払っていることだろう。
なお、これら関税はモイー男爵領であれば無税で済ませることができる。
「じゃあな、またタイミングが合えば船に乗ってくれ!」
「短い間でしたが、お世話になりました!」
「商談も楽しみにしてるぜ」
「その際はぜひお願いします!」
マスケスは商品の点検などで時間がかかるということで、ここで別れることになった。
世話になったし、気持ちのいい人だった。
今後、取引相手として付き合いを続けるのに異存はない。
渡とマスケスはお互いに手を振り合って、それぞれの予定に進む。
城壁を超えると、西洋建築で統一された、背の高い建物が並んでいた。
石造りの三階建て以上の建物が並んでいる。
人々がひしめき合うように沢山歩いていて、喧騒がすごい。
建物が高いのは、それだけ人口が密集している証拠だろう。
城壁都市は二の囲い、三の囲いと拡張していくにしろ、お金も手間もかかるから、どうしても縦に伸びやすい。
人口の密集度合いは大阪市内の梅田や難波の繁華街に等しいほどだった。
「おおおお、すごい人の数だな。モイー男爵のお膝元でも同じようなことを言ったけど、それをはるかに上回る人通りだ」
「領都と王都では規模が違いますから」
「これは護衛が大変。主、マリエル、浮かれてフラフラ出歩かないで」
「お、おう」
すでにキョロキョロとお上りさんのように見渡してウキウキとしていた渡にとって、エアの忠告はドキッとさせられた。
露天が多く、商店街のようなものもあって、とにかく目を引くのだ。
おまけに香ばしい何かを焼いた匂いがどこからともなく漂ってきて、食欲を刺激される。
とはいえ、スリの標的になったこともあるだけに油断はできない。
それぞれに持っている鞄や財布の類は引ったくられないように、あらためて注意した。
「とにかくまずは宿の確保だな」
「こちらに行きましょう。案内します」
「やっぱり知ってる人がいると楽だな。おっ、吟遊詩人がなにか唄ってるぞ」
「いい声」
耳が良いだけに声にもうるさいのか、エアがうっとりとした表情をして、詩に耳を傾けた。
小さな台の上に立って、吟遊詩人が英雄の詩を朗々と唄っている。
神代の堕ちた神に立ち向かい、世に平和をもたらす詩だ。
この世界では本当に神が顕現していた時代があったのだという。
「大昔は本当に強い戦士がいたんだなあ。エアの実力は道場の腕試しとかでも見てるけど、比べたらどっちが強いんだろうな」
「ア、アタシは負けないし!」
「俺もエアの実力は疑っちゃいないけど、相手も詩になるような戦士だからな。いつか夢のカードを見たみたいなあ」
エアがプンプンと怒って袖を引っ張ってくる。
たとえ相手が伝説のような戦士が相手でも、負けたくないという勝ち気の強さも、エアの魅力の一つだ。
「んー……アタシが本気で戦う相手だと、戦場とか迷宮とか、すでに誘拐されてるとか、主は近くで見れる状況じゃないと思う」
「そ、そうか。まあ俺はエアの実力は信頼してるし、見る機会が訪れないことを願っておくよ」
誘拐は洒落にならない。
実際にそんな事態を引き起こしてもおかしくないぐらい、今は稼いでしまっていることも、現実感を伴わせていて怖かった。
今後さらなる稼ぎを持てば、それこそ貴族たちや大きな犯罪組織に目をつけられる恐れだってあるのだ。
「それが良いと思う」
「さあ、宿もすぐそこですよ」
マリエルの先導で道を歩く。
ヒューポスが馬車を牽いて道を走っているため、その左右の歩道をゆっくりと進んだ。
宿泊施設が並んだ通りになっていて、宿泊街と言っても良い状態だ。
表から見る限りでは、どこもそれなりにしっかりとした造りになっていて、大差ないように見えた。
近くに公衆浴場があって、大銅貨で利用することができる。
「私の家が王都に一時滞在するとき、定期的に利用していた宿がここですね。料理の味がとても良いんですよ。ご主人様も気に入られることかと」
「へえ、それは楽しみだ。しかし、貴族って王都に館を構えるんじゃないんだな」
「それは豊かな領地を持ってる人に限られますよ。私の家のような辺境の貧乏領主はとても……。屋敷も手放しましたし」
「そっか、悪かったな」
ちょっとした疑問だったのだが、言いたくないことを言わせてしまった。
宿は明り取りを大きく設けているからか、思った以上に明るかった。
一階が受付と食事処になっていて、二階からが宿泊部屋になっているようだ。
調度品の一つ一つが美しく手間がかかっていて、さすがに貴族御用達になるだけはある。
カウンターにいた宿の男がマリエルに気づいて目を見開いた。
「こ、これはハノーヴァー家のマリエル様では!。ご無事でしたか」
「長らくお暇しております。部屋を一つご用意していただけますか」
「はい。すぐにご用意します」
男は目になにか問いかけるような思いを込めながらも、何も言わず迅速に手配を進めた。
おそらくは、マリエルの事情について知っているのだろう。
――――――――――――――
*以前マリエルの家をイースト家と書いていましたが、あまりに安直なので、途中でハノーヴァー家に変えており、こちらに統一します。
・変身の装身具では政府が積極的に回収しようとしている、と記述していたのに、透明化はそのままなのはおかしいと思ったので、後日修正します。連日更新で詰めきれてない部分がありました。ご容赦ください。
なんだか着々と色々なフラグを設置しておりますが、渡がいつ踏み抜くのか楽しみですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます