第23話 薬草
(まったく、遠慮がなさすぎるんだよなあ)
渡は少しの間、実家に帰ってきたことを後悔した。
祖父と祖母は渡の小さい頃から育ててくれて、とても大切な人たちだ。
成人後、一人暮らしを始めてからも、食べ物を送ってくれたりと散々に世話になってきた。
良いところも悪いところもすべて知られているからこそ、実家の心安らかがある一方で、いい関係の女性を連れ帰るのが気恥ずかしい。
とはいえ、二人とも買った奴隷です、とは素直に言えないし、異世界の住人です、とももっと言えない。
がんばって説得すれば最終的には納得してくれるかもしれないが、その労力があまりにもかかりそうだ。
お土産を腹に収めた後、渡は徹とともに畑に出ていた。
とはいえ、家のすぐ横に広がっているので、移動時間はまったくかかっていない。
商売でやるような大きさではないが、個人で細々とやるにしては少し広い畑は、よく手入れされていて、美しかった。
青々と茂った葉と、ナスやトマトが大きな実をつけていた。
外には多少雲が出ているとは言え、盆の日中は死ぬほど暑い。
それでも畑に出て話をするのは、余人には聞かせられない内容だったからだ。
「それで、話ってのはなんだ?」
「ああ、ちょっと育てて欲しい苗があってさ。これなんだけど」
「何の苗だ?」
「どう説明したものか迷うんだけど、医療用に使う植物なんだ」
「また珍しいもんを」
「外国のものだから、日本で上手く育つかどうかまったく分からないけど、試して欲しい」
渡の頼みごとは、異世界から持ち込んだ薬草の栽培だった。
渡が苗を徹に手渡すと、興味深そうにそれをじろじろと見つめる。
薬師ギルドに薬草の苗か種が手に入らないか打診したところ、どちらも用意できることが分かった。
とはいえ、野生のものと栽培したものとでは、微妙に効能は変わるようで、天然物のほうが効果が高いと教えられている。
異世界の土壌や気象条件で、あるいは肥料と影響でこれがどのように変化するのか、そもそも栽培できるものなのかは、まだ誰も分からない。
その上、こちらの世界で道具を揃えさえすれば同じものが作れるのかも分からないと、何も分かっていないことばかりの状態だ。
一つ一つ試してみるしかないが、上手く行けば、地球産の回復ポーションが生産できる可能性を秘めていた。
「爺ちゃん、これについては他言無用でお願いしたいんだ」
「そりゃ構わねえけど、なんだ、ヤバい物なのか?」
「ワシントン条約だとか、大麻とかとはまったく関係ないから、その点は安心して欲しい。ただ医療用に使うって言ってただろう。とても貴重なもので、上手く行けば大金になるかもしれない」
「そういえばイチゴとかブドウが海外に盗まれたりして問題になってたな」
「そうなんだよ。万が一にも外に漏らしたくないし、出処を明らかにしたくないんだ」
「よし、分かった。内緒にしておく」
徹は身内であり、その人柄も信頼していた。
退職後の身であり、お金に汲々としているわけでもない。
まだどう転ぶかまったく予想できないポーションの薬草栽培を頼むには一番適していた。
下手に農家に依頼するよりも、よほど信頼できる。
「ちなみにどれぐらいの金になるんだ?」
「さて、一株で一万円とかになるかも」
「ぶっ!? 一万!? 癌でも治るのか?」
「それはどうだろう。とにかく、最先端医療に使われるかも、しれない植物なんで、信頼できる人にしか頼めないんだ」
金額を聞いて徹が目を見開いて驚いた。
販売価格が五百万円なのだ。
原価として考えても一万だと安すぎるかもしれないが、すべては栽培に成功し、同じ効能が期待できる場合の計算だ。
今のままだと取らぬ狸の皮算用にも等しい。
「多年草で高温にも低温にもそれなりに強いみたい。水やりはやりすぎないようにだけ注意してくれると助かる」
「分かった。一万なあ……」
「かもだよ、かも。もしかしたらゴミになるかもしれないし」
「上手く行ったらワシにも多少儲けさせてくれよ」
「そのときは考えるよ。スーパーのパック寿司でも奢ろうか?」
「バカ言え。板前の時価の寿司を奢ってもらうぜ」
下手な冗談に、徹は歯をむき出しにして笑った。
さっそく植えてみようということになった。
渡がエアが運んでくれた鞄から苗と種を取り出し、徹がスコップを納屋から出す。
準備が整うと早速畑の一角に植えてみることにした。
必要な水の量や肥料の量は分からないため、場所ごとに量を変えて、それをラベルに記しておく。
多年草ということだから、季節の影響は今は考えない。
秋にも種は植えてもらう予定だ。
薬草の栽培がもし成功すれば、日本に流通するポーションの数は大きく増えることになる。
慢性ポーションは現時点でもアスリートに大きく役立っているが、急性ポーションも医療や災害現場で驚くほど効果を発揮するだろう。
現代医療に革命すら起きる可能性を持っている。
そもそもの許可や生産設備を整えたりとやることは多くなるだろうが、これが成功するかもしれないと思うと、お金とはまた違う、世界を変えられるのではないか、という未来を作る楽しさを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます