第06話 倉庫
ウィリアムの案内で訪れた不動産屋は、一見すると不動産を扱っているようには見えなかった。
袖看板に家のマークがあることから辛うじてそれと推察できなくもないが、知らなければ渡自身の力では気づくことができなかっただろう。
(表に物件の間取り図とか描いているの、意外と良い広告媒体なんだな……)
「こちらです。この辺りでは顔の効く人で、かなり広く手を伸ばしています」
「一発で決まると良いんですけどね」
「おそらくは大丈夫でしょう。事前に条件を伝えた上で候補を上げてもらいましたから」
「どうも、ウィリアムです」
「おお、ウェルカム商会の! こちらが?」
「はい、今回の依頼人のワタル様です」
「渡です、今日はよろしくお願いします」
「ゴアウェイです。よろしくお願いします。早速ですが案内しましょう」
ゴアウェイは五十歳ぐらいの男性で、かなり話し方が早口な人物だ。
頭頂部がかなり薄くなっていて、でっぷりと肥えている。
挨拶をするとすぐに書類を取り出して動き始めるところは気忙しいのか、あるいは有能なのか。
ウィリアムが紹介してくれるくらいなのだから、ひどい人物ではないのだろう。
ゴアウェイは足早に歩いて先導してくれる。
すでに何度も通った道であり、見知った光景が目に入ってきた。
本当に祠のすぐ近くだ。
これならば祠から倉庫まで手押し車で荷物を運んでもほとんど目立たず行き来できることだろう。
「家賃は月々銀貨三枚です」
「安いですね。そんなものなんですか?」
「ええ。倉庫としては広くかなり安いと言えるでしょう。搬入口が少し狭いところが欠点でしょうか。前は大通りではありませんし、また商業区とも工業区とも少し距離がありますからね」
「馬車や荷車での搬入は可能なんですか?」
「問題ありません。どうぞ、こちらですね」
倉庫の入り口は高い塀に囲まれていて、敷地内に馬止めの柵が設けられていた。
ガチャガチャと錠を外し、扉が開かれる。
馬車がそのまま入れるほどの両開きの扉が開くと、なかの広々としたスペースが目に入った。
渡たちは中に入って、物件を確認する。
なるほど、本当に広い。
今は棚も入っていないので余計に広く見えるのだろう。
高さは四メートルほど、幅は十メートル、奥行きは二十五メートルほどはある。
手前に待機室のような非常に小さな部屋が設けられていた。
ここで事務員や警備員を雇って待機させておくのだろう。
エアは正面入り口以外の出入り口や窓がないか周りを見渡したり、壁を叩いて厚みを確認していたりと、これで立派に仕事をしている。
彼女の頭の中には倉庫としての機能よりも、護衛対象の無事が守れるかを基準に判断しているのだろう。
「うーん、俺はこれだけ広ければ問題ないように思えるけど、一応マリエルとエアの意見も聞いておこうか」
「この辺りの治安はどうなっていますか?」
「衛兵の巡回ルートではあるから、悪くはありません。ただ屯所が近くにあるわけではないので、ものすごく良いとも言えませんね」
「アタシは特に問題ないかな。塀もそれなりに高いし、見晴らしも悪くないから、誰か侵入しそうなら、何かしら目につくと思う」
二人が気にしているのは防犯上の備えのようだった。
ウェルカム商会は常に多数の店員が入っているし、奴隷商のマソーの店には衛兵が構えていた。
防犯装置らしいものもない現状、治安が懸念材料になるのだろう。
鳴子でも今度備えようか。
「それで、契約年数なのですが、一応一年前払いだと、一月分の家賃を減額させていただく契約になっていますが、どうされますか?」
「ああ。じゃあとりあえず五年分まとめて支払っておきます」
「はっ? わ、分かりました」
「いたりいなかったりすることが多いので、月々集金に来られても結構困るんですよね」
「なるほど……」
ゴアウェイは不思議な人物を見る目で渡を見ていたが、一応は発言に納得した。
不払いで揉めることのほうが多いのだから、金払いが良いのを拒絶する理由はどこにもない。
むしろ上客の部類だろう。
「マリエル、支払っておいてくれるかな」
「了解しました。今後お任せいただくことが多くなるなら、印章も作っていただいたほうが良いかもしれませんね」
「なるほどな。その辺りも含めてこれから準備しようか。せっかく倉庫も借りたし、また必要な物をリストアップしよう」
賃貸契約書にサインを求められて、渡はまた他の人には読めないサインを行った。
今後商社として継続的に商いをしていく準備も整えていく必要があるだろう。
その最初の拠点ができたという意味で、とても有意義な出費だった。
渡の賃貸契約が終わるまでほとんど黙って見守っていたウィリアムが、締結が済んだ途端に話しかけてくる。
「無事に借りられたようですな。私は今日はこれで失礼します」
「あ、忙しい中お世話になりました! ありがとうございました!」
「ふふふ、次回はもう少しまとまった時間をお互い取れると良いですね。では、私はまた貴族に商品を納めてまいります。またお会いしましょう!」
今が稼ぎ時のチャンスであると、ウィリアムは風のように去っていった。
慌ただしい背中を見ていると、稼ぎたくはあるがあそこまで急きたくもない、という複雑な気持ちになってしまう。
仕事がうまくいかず稼ぎが少なかったときは、もっと仕事が欲しいと悩んでいたというのに。
人はどこまでも贅沢になっていくのだな、と渡は思った。
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