第34話 王都での噂

 渡がモイーとの初の交渉を終えて二月後のある夜のことだ。

 王都で開かれた晩餐会は今回規模が大きく、貴族や豪商など、国を左右する重要人物が一堂に会していた。

 テーブルには色とりどりの趣向を凝らした料理が並び、壁には沢山の華が並んでいた。

 ダンスを踊るものがいれば、会話に花を咲かせるものもいる。


 同じ派閥で、あるいは派閥や立場を超えて交わることができるのが、晩餐会の役割だ。

 その一角には、貴族たちの中でも実力や教養があり、同じ趣味を持つ者たちが集まっていた。

 人と人が集まれば、自然と会話が生まれ、情報が行き交う。


 近頃王都では噂が活発に流れていた。

 出所不明の驚くほど精製された砂糖が突然披露されたかと思うと、見たこともない美術品が現れる。

 これは一体どういうことか。

 何かが起ころうとしているのかと、誰もが耳を澄まして情報を集めようと必死になっていた。


 そして、その日の中心となるのはモイー男爵だった。


 ハンサムな壮年男性であるモイーはしっかりとスーツに身を固め、人々の興味を引き寄せていた。

 誰もがモイーの話を聞きたがり、そして希少な物を見たがった。

 いま、ある男の手元には王都で話題になったばかりの万華鏡がある。


 穴のあくほど熱心に観察し、そして実際に覗き込んで大きな感嘆の声を上げる。

 その声に誘われて、また一人、同好の士が集まってきた。


「ほおおお、これが世界に一つしかないという、噂の『変幻絵図』ですか! なんと美しい!」

「外見は質素なぐらいですが、装飾を加えないのですか?」

「中を覗いた時こそがこの美術品の本質でしょう。美しい内面を見るのに、派手派手しい外見は、むしろ邪魔になるのです」

「なるほど。たしかに一理ありますね」


 万華鏡はモイーの説明により、噂の中で呼び名を変えていた。

 同じものを見ても説明の仕方にはその人の特徴が出る。

 たまたま王都で広まったとき、変幻絵図という説明が伝わっていった。


 同じ趣味を持つものたちにとって、自分が手に入らない他人の貴重な品は気になって仕方がないものだ。


「モイー男爵はこの変幻絵図をどこで手に入れられましたか。もしよければ商人を教えていただきたい」

「それがたまたま我が領地に用があったために来た遍歴の商人のようで、まだ拠点を持っていないそうなのですよ。ただ、名だけは伺っているのでお伝えしておきましょう。たしかワタルというはずです」

「不思議な響きの名だな。よほど遠方のものだろうか」

「おそらくはそうでしょう。我らとは顔立ちも微妙に違いましたからね」


 収集家にとって、自分の蒐集品が注目を集め、説明しているときほど気持ち良いものはない。

 金のためではなく自己満足のために集めるものだからこそ、よりその価値にこだわってしまう。

 自分よりも高位の貴族たちが、その権力にもよらず、珍品を手に入れられずに悶えるさまは、見ていて胸がすくものがあった。

 ただ、それも次の瞬間までだ。


 晩餐会の人の列をいくつも作っていた主が挨拶を終え、モイーたちの場へとやってきた。

 それまで夢中になって話をしていた集団も、やってきた人物を見て、ハッと会話の勢いが途絶える。


「どれ、余にも見せてもらえぬかな」

「へ、陛下!?」


 ヘルメス朝の第五代王、その人であった。


 ○


(まさか、王自らが興味を示されるとは……)


 モイーは胆力も自信もある男だが、あまりにも権力に差がありすぎる。

 粗相をするようなことはないが、頭を働かせ反応を伺う必要があり、多少の緊張を強いられた。


 王の名をヨゼフと言い、この時四六歳。

 全身から滲み出るような覇気があり、その治世にも揺るぎがなかった。

 無理な外征は避け、外交と内政を重要視しつつ、法体制の改革を行ったりと、国力の充実を図る姿は名君と断じてまず間違いない。

 跡取りにも恵まれ、本妻との間に生まれた王太子は健康で明晰だと言われているし、次代にわたって王権は盤石と思われる。


 そんなヨゼフの数少ない疵瑕しかが、無類の珍しいもの好きということだ。


(話を聞きつければ必ず興味を示すと思っていたのだ)

(さて、王はこの稀少品にどのような価値をつけるだろうか)


「これは陛下。必ずや興味をお持ちになられると思っておりましたよ」

「ふふふ、話を聞いたときからひと目見たくて仕方がなかったのだ。話の途中に席を立ってこちらに来れたらと、どれだけ思ったことか。妻がこんな目で見るから、余もさすがに席を立てなくてな」


 ヨゼフが目の外を指で吊り上げた。

 王妃はヨゼフをよく補佐している良妻であり、むしろこの場合はヨゼフに問題があっただろうが、誰もそれを注意するものはいなかった。

 万華鏡をひと目見たいと集まった気持ちは、この場にいる誰もが持っていたからだ。


「ははは。それほどまでに期待いただいていたとはありがたいことです。いかがでしょう、早速ご覧になられますか」


 モイーの勧めにヨゼフは頷いた。

 さっそく手に取り、表裏と返して確かめる。

 すでにどういう物かについては話を聞いていたのだろう、いそいそと万華鏡を持ち上げて、筒を覗き込んだ。


「ふうむ……これは美しい。たしかに如何様にも姿を変える姿は万華と呼ぶにも変幻と呼ぶのにも相応しいな」

「そうでしょう。我もこれを見たときには、世の中にはこんな不思議なものがあるのかと実に驚きました」

「ふうむ……このような素晴らしい物があったとは……」

「陛下、どうかされましたか?」

「ほ、ほしい……」


(出た……。陛下の数少ない悪癖が始まった)


 思わずといった様子で呟いたヨゼフの言葉に、モイーは顔を顰めるのを我慢しなくてはならなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――

渡たちの物語の前に、万華鏡の行方について、あと一話書きます。

その後、交渉時に時間を戻します。

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