第26話 モイー男爵領への出発の準備②

 ウェルカム商会への道もすっかりと覚えてしまった。

 相変わらず大路しか歩かないため、ショートカットはできないが、自然と脚が運ばれていく。

 今回は次の用事を控えているために、三人の歩みはそれなりに速かった。


「こんにちは」

「こんにちはウィリアム様」

「こんちは!」

「おや、ワタル様。それにマリエル様にエア様、ようこそいらっしゃいました。今日は珍しい格好ですね。どこかにお出かけですか?」


 渡たちはモイー男爵領に行くため、泊まりの用意をしている。

 日々の着替えや道中に食事処がなかった場合に備えたパンやビスケット、水筒などを入れているため、旅装と一目で分かる装いだった。

 特にエアはその膂力を期待されて、登山用のバカデカいリュックを背負っている。


「実は俺たち、これからしばらく南船町を離れて、モイー男爵に会いに行くんですよ。先日のエアの武器を交換してもらえないかと思って。その前にもし必要なら砂糖をお渡ししておかないと、連絡が取れないと困るかもしれないじゃないですか」

「なるほど。お気遣い頂きありがとうございます」

「あれから一週間ぐらい経ちましたけど、砂糖はどんな感じですか?」

「二・三日後に王都でお披露目されるようですので、その結果次第ですね。私としても一日も早く結果を知りたいところです」


 となるとタイミングとしてはちょうど良かったのかもしれない。

 片道で最長五日、往復で十日。

 向こうで観光でもしようという気分になれば、二週間弱は戻ってこない可能性もある。

 追加の発注を受けて、在庫がありませんでは、ウィリアムの面目が立たないだろう。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「離れている間に追加の注文が起きて困るといけないと思って、一応二袋だけ持ってきたんですよ。こちらは不必要になれば回収するので、預けておきます」

「よろしいので?」

「ええ。代わりにこれから旅に慣れない俺の相談に乗ってください」


 砂糖の価値は誰よりもウィリアムが理解している。

 それだけに大金を預けるような渡の態度に驚いた表情のウィリアムだったが、続く言葉で破顔した。

 それが言葉だけの厚意であると、気付いたからだ。


「それぐらいのことでしたら、いくらでもお役にたちましょう。こちら二袋、たしかにお預かりさせていただきます」

「俺たちはモイー男爵領に行ったことないんですけど、移動するのに、どうするのが一番良いですかね?」

「私は乗合馬車を利用するのが一番だと思ってるんですが、そもそも馬車があるのかどうか分からなかったんです」


 マリエルの提案はこの国の人が予算さえあれば誰もが一番に考える交通手段だ。

 王都から主要な街道には、運行馬車が走っている。

 値段は高くつくが、護衛もいて馬や馬車も良質。

 早くて安全とメリットも大きい乗り物だった。


「そうですね、たしか乗合馬車はありません。途中までであれば走っているのですが、男爵領が主要街道から脇にそれる形になるのです」

「そうでしたか……。ご主人様、申し訳ありません」

「いや、手段が知れただけ助かったよ、ありがとう」

「モイー男爵領に交易に出ている隊商があれば、一緒させてもらうのが良いのではないですか。こちらは結構な頻度で出ているはずです」


 行商人が集まって集団で行き来する隊商はメリットが大きい。

 人々が寄り合うことでより安全で快適に移動できる上、立ち寄った先でも注目を集めやすくなる。

 欠点といえば、道中の村々に立ち寄ることが多いため、急ぎには向かないことだ。

 今回の旅は期限の決まった急ぎのものではない。

 安心や安全を優先する方が良いのは確かだった。


「お金を払えば身の回りの不便もありませんし、集団で移動するため、比較的に安全ですよ。あとはヒューポスを買うなり借りるのもおススメです」

「そういえば、それはエアがおススメしてくれてたな」

「左様ですか。荷物を載せるのにも、人が乗るのにも最適です。ワタル様は乗馬の方は?」

「いえ、まったくの未経験です」

「でもご主人様はヒューポスにいきなり舐められてましたから、案外すぐに乗れるようになるかもしれません」

「なんとまあ。それは得難い才能ですな。羨ましい」


(あなたの店のヒューポスにベタベタにされたんだよ)


 喉のあたりまで声が出かけたが、渡は自重した。

 ヒューポスに不用意に近づいたのは自分で、ウィリアムの責任ではない。

 責めるのはお門違いというものだ。


「馬房はいくつかありますが、私の顔の利く店を紹介しましょう」

「助かります」

「砂糖の預かり金には足らないぐらいですよ」

「あと、俺が商談から帰ってきてからで良いんですけど、以前言ってたこの辺りの家や倉庫を借りられたらと思ってるんです」

「分かりました。ご希望があればできるだけ合致した物件を探しておきましょう」

「よろしくお願いします。希望については――」


 渡は祠から近い位置で、家賃を聞いて思った以上に安かったため、大きめの家と倉庫を一つずつ押さえておいてもらうことを伝えた。

 できるだけ転移した場所から離れないことで、引ったくりなどの被害に遭わないようにしておきたかった。


「では帰られてから一度物件を下見して、問題なければ契約ということですね」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

「いえいえ、私としてもワタル様と商品の受け渡しが円滑になったり、連絡が取りやすくなるのは助かります」

「ありがとう。そろそろ行かないと」

「またのご来店を心からお待ちしております。ウェルカアアアム」

「ウェルカアアアム!」

「こ、こらエア。失礼だぞ」

「ウシシシシ!」


 息を合わせて叫ぶエアの姿に、渡は慌てて頭を下げた。


(まったく、奴隷の責任は主人が負うんだぞ。恥ずかしいことはやめてくれ!)


 顔に火がついたかと思うほど恥ずかしかった。

 後でお仕置きだ。

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