第47話 宣戦布告
亜梨子ちゃんの言った通り、あの後すぐにコミマのスタッフさんが来てくれた。
僕にセクハラしてきた女の人たちは全員その場でスタッフさんから厳重注意を受けて退場処分となった。
中でも直接僕にアレコレしようとしていた四人に関してはそのまま返すのは危ないという判断になったようでスタッフさんがどこかへと連れて行ってしまった。
その内の一人がずっと僕、というか青刺郎の名前を狂ったように叫んでたのは正直めっちゃくちゃ怖かったけど――とにかくそういう顛末で今回の件は片が付いたのだった。
「でも、どうして二人はここにいるの?」
人が押し寄せたせいでぐちゃぐちゃになった机や椅子、散らばった頒布物なんかを片付けながら、僕は気になっていたことを手伝ってくれてるふたりに聞いてみた。
「実は予定よりリハがすんなり終わって午後が丸々オフになったんです。ハレちゃんは用事があるから先に帰っちゃって、ひかりちゃんとこの後どうしようかって話してたんですけど、その時ちょうど秋良くんがSNSでバズってたのが回ってきて」
「僕がSNSで?」
「はい。青刺郎本人が降臨したーって騒がれてましたよ?」
「ほらぁ、これだよこれ~」
ひかりちゃんが差し出してきたスマホを見てみると、それはコミマ参加者のとある投稿だった。そこに添付されてた画像に写っていたのはまぎれもなく青刺郎のコスプレをした僕で。
そう言えばサークルに押し寄せてきた内の誰かがそんなこと言ってたっけ。
「にしてもなんで僕の写真なんかがこんなに伸びてるんだ」
なにげに万バズしてるし。
自分で言うのもなんだけど僕のコス姿は結論似合ってる。けどあくまでも素人だからウィッグやメイクとかまで凝ってないし、コスの技術自体はお粗末なものだと思うけど。
そんな僕に亜梨子ちゃんがやれやれといった感じで肩をすくめた。
「秋良くんの自己評価の低さは相変わらずですね、プロと比べても遜色ないくらい青刺郎に成り切っているのに。……私にとってはいつもの素敵な秋良くんのままですけど」
「ん゛っ!!」
「あ、いま照れました? 照れましたよね?」
まったくこの人は。
隙があればすぐ僕のことからってくるんだから。
「ふふっ、可愛い。まあ種明かしをしてあげると、実はこの投稿をした方も毎回コミマに参加しているコスプレイヤーさんなんですよ。それもフォロワーが数十万人もいる方で」
「なるほど……」
そもそも導線になった人が有名人なのね。
僕単体の話題で伸びたってよりその人の知名度と相乗効果って感じで。ならまあ納得かも。
「だけど、それがどうしてこにに来る話になったんですか?」
ただ今のところ本筋に繋がらない。
首を捻っていたら今度はひかりちゃんが息荒く答えてくれた。
「それがねそれがね、『写真の男の子が危なそう』って書いてる人がいたの!」
「それって同じSNSにってこと?」
「そうそう! 気になって調べてみたら、他にもおんなじようなコト投稿してる人が何人もいてね。それで秋良っちヤバくな~いって」
補足して亜梨子ちゃんが続ける。
「それでマネージャーさんに車を出してもらって大急ぎで会場まで来たんですが、秋良くんたちのサークルスペースだけ不自然に人が集まっていて中の様子が分からなくて。少し賭けでしたが私の判断でスタッフさんを呼んで、無理やり割り込んでみれば案の定――という感じですね」
「マジでカンイッパツだったよね~! 秋良っちが無事でほんっとよかったぁ」
「……そうだったんだ」
あの状況はひとりじゃどうしようもなかったし、もしあと5分、なんなら1分遅かっただけでも男として大事なナニかを奪われていたかもしれない。そう考えるとぞっとする。
「あの、改めてお礼を言わせてください! 二人が来てくれなかったらどうなってたか……本当にありがとうございました!!」
感謝の気持ちを込めていま一度お礼を言うと、亜梨子ちゃんとひかりちゃんは困ったように顔を見合わせた。
「いいっていいって~、ひかりたちはべつに感謝されるためにやったわけじゃないし。ちょっと悪者をセーバイしてやっただけだもんっ☆」
「そうですよ秋良くん、そんなに畏まらないでください。友達が困ってたら助けるのは当然じゃないですか。それに――」
亜梨子ちゃんはそことで言葉を切って、僕の頭にポンっと手の平を置いた。
「わっ、髪の毛さらさら。女としてなんだか複雑な気分です……」
「あ、あの? なにしてるんですか?」
「いえ怖い思いをした秋良くんを慰めてあげようかと。よしよし、よく頑張りましたね~。もう大丈夫ですからね~」
なにをするのかと思えばそのまま頭を撫でられる。
推しに頭ナデナデされるとか、アイドルオタ垂涎の理想シチュだけどーー亜梨子ちゃんも変装はしてるとはいえ、こんなとこ誰かに撮られたらマズいよなぁ。
「も、もういいですから! 僕なら大丈夫なんで」
「あら残念」
ちょっと惜しいことした気もしつつも飛び退くと、亜梨子ちゃんは口ほどには残念そうでもなく続けた。
「まあ実のところ、秋良くんの件がなくても元々コミマには行くつもりだったんですよ。だから改まって感謝する必要はありませんよ。ね、ひかりちゃん」
え? どゆこと?
「そーそー、サプライズで秋良っちたち驚かせよーってね。ホントはハレちゃんも連れて来るつもりだっただぁ。そっちの娘ってハレちゃんのファンなんでしょ?」
「まあ、確かにえびすさんはハレちゃんのファンだけど……」
ちらっと目をやれば、そこには一人だけ離れたところで黙々と作業しているえびすさんがいた。
そう実はえびすさんもさっきからずっとこの場にいた。
ただしなんでか一言も喋ろうとしないもんだから傍目にはえびすさんだけ無視しちゃってるみたいに見えたかも知れない。
僕と違って人見知りしたりはしないと思うんだけどなぁ……。
「えびすさん、さっきからなんか静かじゃない? せっかく二人が来てくれてるのに」
「っ!!」
いい加減気になって話しかけてみると、えびすさんは身体をビクッと震わせて後退りした。
「えびすさん?」
「…………」
あ、あれ。
僕が近付いた分だけ後ずさりされるんですけど。
「ちょっとなになに、どうしたのさ!」
「…………………。(こっちに来るなと言いたげに首を横に振る)」
いや急に北先輩みたいなことされても。ていうかやっぱり僕のこと避けてるよね!?
あれぇ、おっかしいなぁ……なんか怒らせるようなことしたっけ。
まったく心当たりがなくて首を捻っていたら、いつの間にか亜梨子ちゃんが僕のすぐ隣に立っていた。
「――さしずめ自分は秋良くんのピンチに力になれなかったのに、同じ輪の中に混ざれない。そんなところですか?」
「っ!!?」
「うふふ、なんで分かるのって顔。それくらいは分かりますよ、あなたのことは色々と調べさせてもらいましたから。少しお金はかかりましたけどね」
以前えびすさんから告白されそうになって誤魔化した後、亜梨子ちゃんに朝まで尋問されてえびすさんとの関係から僕が知っている限りは洗いざらい白状させられたけど、当然お金のやり取りなんてしてない。
ということは興信所とか探偵を使ってえびすさんのことを調べた?
一体なんでそんなことして、
「ごめんなさい秋良くん、さっき一つ言い忘れちゃいました」
「え?」
口には出してなかったけど顔に出ちゃってたのか、亜梨子ちゃんは僕の考えを見越してネタばらしをしてきた。
「サプライズで秋良くんを驚かせようってひかりちゃんと計画してたのは本当なんでですけど、個人的にもう一つ目的があって。どうしても会っておきたかった人がいたんです」
「それって、もしかして」
こんな状況じゃほとんど答えを言ってるようなものだ。
亜梨子ちゃんは黙って頷くと、警戒しているのか険しい顔をしているえびすさんと向かい合った。
「初めまして湊えびすさん、月城亜梨子です。私の秋良くんといつも仲良くしてくださってるみたいでありがとうございます。よかったら私ともこれから仲良くしてくださいね?」
そして正面から堂々とえびすさんに喧嘩を吹っ掛けたのだった。
オタク、髪を切る。~冴えない陰キャオタクの僕が髪を切ったら大変身して人生逆転ハーレム生活~ 宮前さくら @shamosan
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